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兄上。このままでは私は嫁にいけません。  作者: MINORI


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87:真白の目覚め


獲物を狙う獣のような鋭い眼光をした、血の様に赤い双眸。

その目には、相手の命を奪う事への一切の躊躇は見受けられない。


レオ叔父上の剣戟は、いつもより格段に凶暴性が高い。兄上との対戦は何度も見た事はあるけれど、アレはどちらかと言えば鍛錬に近く、互いの技と力を顕示し、更に剣技を磨き上げる、修練の意味合いに近かったと思う。


セオも同じだ。どちらかといえば、王族の嗜みとしての剣技は美麗な剣筋だったのに、今は酷く泥臭い。じりじりと相手を追い詰めていくような、毒を含んだような剣が、ネイトに向かって牙を剥いている。



金瞳が、やってくれたな、とステラは唇を噛んだ。



自分と同じ、精神攻撃を二人が受けたのだと、一目でわかる。

レオ叔父上と、セオは……とても優しい人なのだ。私が係ると、いっつも兄上と喧嘩になって、剣を交えることもあったけれど、そんな血に飢えた獣のような目をして、相手を殺そうとする筈もない人達だって、私は知っている。



金瞳が、二人の心を操作している。



自分も、金瞳の異常世界に引き込まれ、大切な記憶を消されかけたから……わかる。私だって、兄上と自分を繋ぐ、銀糸の光がなかったら、ここに……兄上の傍に戻ることが出来なかったかもしれないから、二人の心の痛みが、わかるのだ。


二人は、私を大切に想う気持ちを、私を奪う者への憎悪にすり替えられて、目の前の「ステラ」には目もくれずに、(かたき)と見做した兄上とネイトに、殺意という名の白刃を向けている。


金瞳に傷を付けられずたずたにされた、二人の心が泣き叫んでいるのが見える。

赤く光る双眸から血の涙を流して、自分たちを止めて欲しいと叫ぶ、二人の声が聞こえる。


レオ叔父上とセオを、止めなければいけない。

兄上もネイトも、レオ叔父上とセオを傷付けないように細心の注意を払って対応しているけれど、二人の剣戟は、いつものモノとは違い、金瞳による「魔の色」の影響が濃い。意識を失わせるのは難しそうだし、兄上の、我慢の限界が近いようにも見受けられる。このままでは、相手をするのが面倒になった兄上が、本気で二人を殺しかねない。


ステラは、腰に帯びていたリアムの剣に手を伸ばした。



「ステラは出て来るな!」

「若様の言う通りっス!お嬢の助力は不要です!」



剣を抜こうとした瞬間に、兄上とネイトが制止の声を上げてくる。

だってこのまま放っておいたら、後数分で、兄上、本気でレオ叔父上を斬る気でしょうに?!


兄上がこちらを制止するために一瞬視線を向けた隙を逃がさずに、レオ叔父上が兄上に向かい上段から一気に剣を振り下ろした。ネイトがソレに気付き、恐れ多くも第一王子殿下を蹴り飛ばし、セオとの距離を取るなりレオ叔父上の真っ向斬りを薙ぎ払いにやりと笑う。



「貸しひとつです。若様」

「俺も落ちたものだな。直ぐ返してやる」



ネイトに蹴り飛ばされたセオが、人外の動きでもって床から飛び上がり二人に強襲するのを、今度は兄上が蹴り飛ばす。



―――セオ……受難だな。骨がイってなければ良いけれど。



本気の兄上の蹴りを受けて、回廊の柱に吹っ飛ぶセオを、ステラは痛ましい目で見詰めるしかなかった。日頃のうっ憤を晴らしたな……兄上。そんな「スッキリした」って顔したら、丸わかりですよ?


ただ、あそこでセオを一刀両断しない所をみると、兄上は存外、まだリミッターが効いているようだ。


通常状態であれば、どこぞの骨が折れていて、動くこともままならない程の衝撃があった筈なのに、セオは表情一つ変えずに、ゆらりと、立ち上がった。明らかに金瞳に操られ、人体の限界を超えさせられていることが、ソレでわかる。


痛みを消され、敵と見做したものを斬る為だけに、命を終えるまで任務を遂行させられる、傀儡。よくもそんな使い捨てみたいなモノに、私の大切な人達を使ったものだと、金瞳への怒りが止まらない。



レオ叔父上は、私の大切な家族だ。

セオだって、私の大切な友達だ。



私の大切な人達を互いに殺し合わせて、私に後悔の念を抱かせ悲しみの淵に追いやり、私を闇に落としたいのだろうことは、なんとなくわかる。わかるけどね、金瞳。コレは、逆に、私の怒りの業火に燃料投下してくれているだけだって、気付いて欲しい。


先に兄上に薙ぎ払われた、近衛騎士も近衛兵も、有象無象の貴族令嬢たちや女官たちにだって、こちらが剣を向ける謂れなんかなかった。


私を手に入れたいのだとしても、この方向性は、完全に間違えている。


もう一度生まれ変わって、例え全てを忘れて、ゼロから真っ白な人生を歩むことになったとしても、私は、お前だけは、絶対に選ばない。


どうすれば、いい?

どうすれば、金瞳の傀儡とされた二人を、救うことが出来るのか……。



「キ?」



肩口の真白が、心配気に大きな目を向けて来る。真白の瞳は、金瞳の精神攻撃の毒に侵されたレオ叔父上とセオと同じ、血の様に真っ赤な目をしているけれど、そのルビーみたいな深紅の瞳は穏やかで、自分を気遣ってくれているのが一目でわかった。



「……大丈夫、悔しいだけ。どうしたら、二人を助けてあげられるんだろうね、真白?」

「―――キキ!!」

「え。真白ができるの?」



威張るように尻尾を膨らませ、肩口でぴょんぴょん飛び上がる真白に、ステラは苦笑を溢し呟く。



「じゃあ、お願い出来るかな?」



誰でもいいから助けて欲しくて、珍しくも弱音を吐いてしまうステラに、真白は瞳を緩め頷くようにぱちぱちと瞬きをするなり、ぴょこんと宙に飛び上がった。



「真白?」



ステラの肩口から白い綿毛が飛び上がり、大きな尻尾をくるりと丸めたかと思ったら一回転して、ぐん!っと大きく体を変化させた。


大きな狐耳とリスみたいなふかふかの尻尾を持った、真っ白い毛玉みたいな真白は、ステラが拾い上げた時から、この姿をしていた。真白は魔獣の幼体で、成長と共に全身真っ黒になって魔瘴気(ましょうき)を発するようになると教えてくれたのは、今まさに魔にやられているレオ叔父上だ。


あの時からずっと、真白は真っ黒にならずに自分と一緒に居てくれた。


私の傍にいるために、真白は魔獣であることを隠し、躰を変化させてくれた。

最近は馬の姿が一番多かったけれど、鳥になって学院に付いてきてくれたことも、猫になっていきたくもない令嬢方の茶会に付き合ってくれたことだってあった。



その真白が、今まで見た事もない躰に、変化した。



ステラを乗せて駆けることができそうな、大きな大きな真っ白な狼になった真白が、ふさふさの尻尾を揺らし、ルビーみたいな瞳を嬉し気に微笑ませた。



「狼……。真白の狐耳って狐じゃなくて、狼だったのか?」



頬に鼻ずらを摺り寄せる真白のふさふさの毛並みを撫でて呟くステラに、真白は明らかに微笑んだ。



『ステラ』

「え?」



耳にではなく、頭に直接聞こえてくる、気持ちのいい風の様な声音に、ステラはびっくりと目を見開いた。



「真白?」

『そう、僕だよ。ステラが僕に『お願い』してくれたから、僕は成獣になれたんだ。もう、ずっと待ってたんだよ?『お願い』が遅いんだからステラ!』



ぷんぷんと怒って見せながら、尻尾は変わらずふさふさ、というか、ぶんぶんと振りまくられている……。


そうか、真白。曲がりなりにも、魔獣だったものね……。

もしかしてなんだけど、その『お願い』ってのは、もしかしなくても『契約』みたいなものを指すとか、言わないよね?



『あ!そうそう!契約だよ!ずっとそうだったけど、これで完璧にステラは僕の『主』になったから!これからもよろしくね!ステラ!』



尻尾を千切れそうに振っているところ悪いけれどネ、真白。

もしかして、私の考え、言葉に出さなくても全部読めてるとか、言わないよね?



YESを肯定する様に牙を見せて笑ってくる真白に、ステラはどうしたものかと苦笑いを浮かべるしかなかった。



魔獣と契約……兄上に大目玉を受けそうだ……。


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