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86:ネイトの想い


ネイトは普段とは様相の違った王宮内の回廊を、ひた走っていた。


回廊に現れる者達は皆、視線の定まらないどんよりとした目で、自分を殺しにかかってくるが、構っている時間は、ない。ネイトはステラの剣となるべく、誰に命じられたわけでもなく、断りを入れてきたわけでもなく、転移ゲートを潜り、()()に来た。



スタンレイ配下の魔導士には、このような有事の為に、根回し済みである。いい顔はされなかったが、あいつらは、俺の真意を知っているから、止められることはなかった。現時点でのスタンレイの指揮系統を担っている、ヘルベルト翁とクロエ様にも無断での行動ではあるが、恐らくは許されるはずである。



お嬢には、間違いなく「来るな!」怒鳴られるはずだけれどね。



俺の為すべきことは、お嬢を守護すること。

俺は、お嬢には告げてはいないが、お嬢の剣となることを、決めている。


騎士としての、生涯の誓い。

それを心に誓ったのは、いつの頃だったか……。



誘拐された若様の捜索中に、俺は、お嬢と出会った。



薄汚れた、貧民街にゴロゴロいる浮浪児のひとりだろう幼い子供。

浮浪児にしては綺麗な顔立ちをしているし、洗って育てれば将来は別嬪さんになりそうだ。俺を含めた同僚の騎士たちからのお嬢への印象は、当初はそんな感想のみだった。


魔の森の洞穴で出会ったお嬢は、ちっちゃい子供のくせして、「お前はどこぞのオカンか?」と言いたくなるほどに、甲斐甲斐しく俺達の面倒をみてくれた。腹を空かせた俺達に肉を焼いてくれて、喰わせてくれて、お嬢が笑うと、なんだかとても心が温かくなった。そして、気付く。


誰に対しても、両親であるスタンレイ侯爵夫妻に対してでも、表情も変えず、感情も現わさない若様が、お嬢を見つめて、小さく笑っていた。


お嬢への最初の興味は、若様を変貌させたからだった。


将来、自分の主となる筈の若様を変えた、少女。コレは、面白いかもしれない。最初の興味は、それだけだった。


俺は自分で言うのもなんだが、面白いことが好きである。

だから、お嬢付きの護衛を任じられた際は、諸手を挙げて了承した。いい玩具が手に入った―――当初は、そんな風に失礼な思いをお嬢に抱いていたんだ。


ずっと、お嬢に付いてきた。


お嬢はちょっと目を離せば、どこぞに消えてしまうし、それでいて、誰かに探して欲しいような所が見受けられて、危うくて、目が離せなくなった。笑うと可愛くて、スネても可愛いい。それでいて、そんじょそこらの大人達よりも冷めた目で、世界を見ているのに、命を狙われても、双子の坊ちゃんの画策や、汚れた大人に酷い目に遭わされても、泣き喚きも悲しむこともせず、真っ直ぐに明日を見ていた。


気付いたら、目が離せなくなっていた。


自分の命は育ててくれた人に貰ったものだから、この命を次に渡すことが自分の役目。なんて、子供らしからぬ世界の真理みたいな事をさらりと言ってのける。どんどん綺麗になって、どんどん手が届かなくなって、わかった。


この気持ちは、そういうモノなのだと。


ずっとお嬢を見てきた。思い起こせば、ほとんど母の記憶もない俺が、あの魔の森での肉祭りの時の、小さなお嬢に「母親の母性」を感じた時から、俺はお嬢に一目惚れしていたのかもしれない。あんな薄汚れた小さな子供に……心を掴まれてしまっていたんだ。


ずっとお嬢と共に在って、ずっとお嬢を見ていた。


だから、お嬢が誰を見ているのかなんて、誰よりも、お嬢よりも俺は知っている。

そんな過去からの感傷に心を焼きながら、やっと二人の気配を見つけた。剣戟の音が聞こえてきて、接近戦を思わせる物々しい喧騒が回廊の先から聞こえて来る。お嬢と、若様の気配がそこに在る。


次の回廊を曲がればお嬢と合流できる!と、ネイトがあと一歩を踏み出そうとした時だった。




「婚約を飛ばして結婚にするか」




若様の言葉に、お嬢が固まっているのが見えた。

そりゃあ、固まるよな、お嬢……。

ずっと好きだったのに、それを誰にも見つからない、心の奥底に仕舞い込んでいたお嬢だ。若様から、そんなこと言われたら、そうなるしかないよな。


お嬢と若様が初めて出会った魔の森から、俺は二人をずっと見ていた。

恐らくは、二人がお互いの気持ちを自覚するずっと前から、俺は、二人が互いに惹かれ合っているのを知っていた。何故ならば、俺は、ずっと―――お嬢だけを見てきたのだから。



おう……。お嬢。本当に動けなくなってるな……。

ここからでもわかる、耳まで真っ赤で、魂がすっ飛んでいる。



ここは、お嬢を愛する一人の男として、救い出して差し上げるほかあるまい。と、ワザとらしくお道化て、場の空気を緩和し、石化するステラをネイトが救おうとした、その時。


ネイトの視界上部に、見知った男二人の影が掠めた。


お嬢と若様が倒したろう、近衛騎士と同じでそれよりも一段上の装飾の隊服をまとった男の剣が、雷撃の一閃の様にアイザックを狙う。もう一人は、隊服ではないモノの、その姿は一目見るだけで一目瞭然で―――。



「―――っ若様!!直上からド阿呆な恋敵二名が強襲!!」



ネイトの絶叫にステラは振り向き、アイザックは振り向きもせずに瞬時に上部に向け反応し剣を構えた。ステラとアイザックの叔父であるレオナルド近衛騎士団長と、セオドア第一王子殿下が、双眸を真っ赤に光らせて、回廊上部のテラスから飛び降り、アイザックに向かい剣を振り抜く。



「―――………間抜けにも程がある!金瞳の傀儡にされているとはな!」

「お嬢への恋心を上手いこと利用されたんでショ。哀れですねえ」



流石の若様でも、レオナルド殿の本気を超えた剣には、サシで対応せねばならぬようだ。では、俺はお嬢の剣となり盾となり、王子殿下をぼこぼこにして差し上げる役割を頂きます。


阿吽の呼吸でアイザックと視線で会話を交わし、ネイトはステラを背に庇い、セオドアの剣を受け流した。



「ネイト!何故来た?!」

「ここにお嬢がいるからに決まってるでショ」



今交えているセオドア殿下の剣技は、お嬢と対決した時のぼんくらな剣筋よりも、かなり鋭くて、威力がある。本気の剣技は、まあまあなことは知ってはいたが、男としての躰の作りと筋力を差し引いても、お嬢に勝てる腕ではなかったというのに……。コレは、金瞳とやらのドーピングがアリということか?


「どう思います?」と、瞬時に視線を向けたネイトに、アイザックが片眉を上げて見せた。


若様もどうやら同じ見解らしいな。では、真面目にお相手するとするか。お嬢を渡す気なんて、ないのでね。


ステラの前に出て、セオドアの剣を弾きまくるネイトに、ステラが割って入ってきた。



「―――っ今からでも遅くないから戻れっ」

「無理です。俺は、お嬢の剣ですからね」



絶対に引く気なんてないからね、お嬢。

俺は、お嬢の剣で盾なんだから。

お嬢は、俺が生涯で一人と定めた、主なのだから。


手に入れることも奪うことも出来ないけれど、この役だけは、誰にも譲りはしない。



「さて、王子殿下。反省タイムです。若様はいいにしても、お嬢に了承も取らず、剣を向けるなど、万死に値しますのでね」



自国の次期国王に向かい、打ち首決定な言葉を吐き捨てるネイトに向かい、ステラは呆れ、アイザックは「良く言った」と声を上げて笑った。


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