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85/86

85:兄上が壊れ気味です


「随分と……はっきり言ってくれるな」



ステラにだって滅多に見せない、アイザックの最高潮に機嫌の良い極上の笑顔に、ステラの胸がドキリと音を立てる。もう気恥ずかしいのを超えて、目を逸らすことも出来なくて、ステラは照れ隠しの呆れたような半眼でアイザックを睨みつけた。



「先ほどお伝えしたでしょう?兄上に近付く女どもは、蹴散らすと」



嫉妬―――そうか、これが嫉妬というものなのか。

先刻気付いた、兄上に恋慕する者たちを許せない感情は、そういう種類のモノなんですね。


今まで、セオとレオ叔父上を筆頭に、相手からの好意を受ける事ばかりが先行していて、「想って想われる」という実感を持ったことのない自分である。こんな時だというのに、「恋」というものは大変に厄介なものであると思わざるを得ない。


もしかして……金瞳が私に向ける得体のしれない執着にも、それが混じっていたりするのだろうか。もしもそうだとしたら、本当に本当に本当に、厄介である事この上ない。


金瞳の私への執着は、明らかに度が過ぎている。

私一人を手にするために、師匠の命を奪い、ウィスラー一族を操り、城の人間すべてを盾に取り、世界まで巻き込むなど……。創世の三神として神の名を冠しておきながら、愚行も過ぎるというものだ。


心がざわざわしだすステラに気付いたのか、ステラの肩口に乗って大人しくしていた真白が狐みたいな耳をぴょこりと立てて、ステラの心を落ち着けるように頬にすり寄ってきた。


ふわりとした真白の毛並みに、ステラの意識が「今」に戻った。


そうだ。今は、それを考える時ではない。父上たちを救い出し金瞳を片付ける為には、金瞳の仕掛けてきた盤上のルートを進んでいくしか道はない。今はひとまず、目下の相手である雑兵を片付けることが先決だ。



「ありがと、真白。頭が冷えた」



感謝の意を込めて耳の間を撫でてやると、真白が嬉しそうに「きゅ」と声を上げふかふかの尻尾を振って、ステラの髪を巻き付ける。


真白のお陰で、頭がすっきりした。


今すべきことは、足止めにもならない烏合の衆である令嬢連合をとっとと片付けることだ。彼女らの深層心理に、兄上に思慕を向けたら「ただでは置かないよ?」と、程良く刻み込めた頃合いだし、そろそろ、一撃で気絶でもさせて、このゲームが終わるまで、彼女たちには眠っていてもらうとするか。


だが、その手法が問題で、ステラは軽く頭をひねる。


近衛兵達と同じく鞘付き剣で殴り倒しては、永久に目覚めない可能性も高く、「女性陣皆殺し」という、新たな悪名がスタンレイの称号に追加されることにでもなったら、それはそれで寝覚めが悪い。(お祖父様を筆頭に誰も気にもしなさそうではあるが……)


手刀でいくか……。と、ステラが一歩足を進めようとした、その時だった。



「あのドリルをくっつけたみたいな髪型の女は―――お前が10歳の時、王宮の庭でお前の綺麗な髪を引っ張ったド阿呆だな」

「ド……いつの話をしてるんだ、兄上?」


ドリル巻き毛がトレードマークのベゼル伯爵令嬢が、近衛騎士団の精鋭でさえも涙目になる、兄上の冷笑を浴び、目を剥いて、倒れた……。



「……ドリル女の右隣の呪詛人形みたいなおかっぱ女は、11歳のお前に、王妃主催の茶会で紅茶をひっかけた女だな」

「……よく覚えてるな、兄上」


もう五年も昔の(くだん)のあの茶会。記憶が確かならば男子禁制の茶会だったと思うのだが、兄上はどこからそれを見ていたのかな?凍てつく兄上の視線が突き刺さり、兄上曰く呪詛人形(うまい例えと思う)ローナン子爵令嬢が、ドリル令嬢に続きばったりと倒れた。



「その隣の女も、あの場に居たな―――」

「もういいって。記憶にもほとんど残ってない」

「俺はあの時からずっと、いつか合法的に必ず()そうと思っていた。お前に害為す者など、この世で息をしているだけでも、イラつく」

「……もう時効にしてあげてください。実績での『令嬢殺し』の悪名を兄上に背負って欲しくはないデス」



令嬢たちを惚れさす『令嬢殺し』の称号を兄上はもうお持ちでいらっしゃるのを、本人は知らない。それはそうと、兄上は、どうやらずっと、私だけを見ていてくれたらしい。どこから見ていたのかは、聞かない方が良さそうなので、聞きません。とんでもない流れ弾が飛んできそうで怖いので……。


そうこうしてる間に、第二陣の兵士(ポーン)がわらわらと辺りから増えだした。今度は先に片付けた近衛兵ではない。濃紺の騎士服からわかる、近衛騎士団の騎士達だ。無駄話が過ぎたと反省しながら、ステラはアイザックに向き直った。



「近衛兵よりは手練れがきたようなので、騎士達(あっち)は兄上にお任せします。令嬢方を眠らせたら、私も参戦するので」

「いや、いい」



すらりと剣を抜いた兄上が。恐ろしい笑みを浮かべて本気のオーラを纏うのに気付き、ステラの背筋に冷たいものが走った。


兄上……皆殺しにする気満々……とか、言いませんよね?

彼らは、騎士服を見るだけでもわかる、兄上の同僚の近衛騎士団の騎士様方ですよ。何故にそんなに全身から無駄に殺気を溢れ出させて、魔獣にでも向かう程の覇気を其処ら中にばら撒いているのですか?


ああああ……。私が手を下すまでもなく、兄上の覇気に当てられて、令嬢方が、ばったばったと倒れていきます。残念。相手にはしていなかったけれど、様々な面倒な貸しが大量に溜まっていたので、正当防衛で殴れると、ちょっとだけ楽しみにしていたのですが……。


とかなんとか考えている時間はないようだ。兄上が、近衛騎士に向かって間合いを詰めだしている。本当に、殺す気だとか言わないですよね?



「―――兄上!アッチは操られてるだけなんだから、殺してはダメだ!」

「真ん中の二流騎士と、アイツとアイツは、俺の目の前で、お前に邪な視線を送っていたことがある。左から三番目は、待ち伏せしてお前に手紙を渡そうとした現場を押さえて、叔父上と一緒に半殺しの指導をした三下騎士だ。これは、合法的に殺処分できるまたとない絶好の機会なんだが……」



私も兄上の事を云えない考えを、兄上の覇気にやられて屍みたいに倒れ伏した令嬢連合に抱いておりましたが、流石に殺そうとまでは考えませんでしたよ?せいぜい殴り倒してやりたいくらいなもので。


一応私の「ストップ」が効いたのか。剣を返し刃のない刀身の方で、ご指摘の近衛騎士を兄上が的確に倒していかれる姿に、一瞬見惚れてしまいました。相変わらず見事な剣筋で、本当に美しく勉強になります。



「こいつも、お前に懸想していた。俺のステラの前に立つなど、100年早い」



確か、結構な軍閥伯爵家の嫡男だったはずの騎士を、兄上が一撃で沈める。

次々に剣を向けて来る騎士たちを薙ぎ払いながら、ぶつぶつ言っている兄上の言動が、あきらかにおかしい事に、ステラは気付いてしまった。



「ステラは俺のモノだ」

「ステラを誰よりも愛しているのは俺だ」

「ステラは誰にも渡さない」



……兄上、私を殺す気ですか?


近衛騎士は人数だけは結構揃っていて、絶好調に薙ぎ払っている兄上には不要かもしれませんが、私も応戦し騎士達を気絶させるよう頑張っております。ですが、耳に飛び込んでくる、今までの兄上からは考えられない言動の数々に、私の手元が狂って、こっちが近衛騎士(かれら)を殺してしまいそうです。


ところで、兄上……ひとつだけ、聞いてもいいですか?



「……兄上。金瞳の異常世界で人格を入れ替えてきたのか?」

「あるわけないだろう。何が言いたい?はっきり言え、ステラ」

「いえ……。兄上の、その独り言?言動?が、嬉しいを通り越して、信じられないというか、びっくりしているというか……」

「あのエセ教皇に諭された言葉に、一理あると思っただけだ」

「はい?」



エセ教皇って、一緒に異常世界に堕とされて一緒に戻ってきた、本物の教皇猊下を指しての事なのだろうか。不敬にも程がありませんか、兄上?



「過不足なく正しくお前に俺の心の内を伝えないと、お前を誰かに持って行かれると言っていた。それだけは、絶対に許さん。この騒ぎが片付いたら、正式に婚約するぞ。いいなステラ」



「婚約を飛ばして結婚にするか」と、真顔で伝えて来るアイザックが光り輝いていて眩しくて、ステラの意識はどこか違う世界に、飛んだ。


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