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84:ステラの嫉妬


私と兄上に喧嘩を売り、おまけにレオ伯父上と、セオドア王子まで闇陣営に引き込んだという割に、金瞳よ、これは、お粗末すぎやしないか?


肩口で「強い!強い!」と称えるように、頬にすり寄ってくる真白を撫でてやりながら、ステラはぼそりと呟いた。



「いくら兵士(ポーン)にしても、レベルが低すぎる」



師匠の剣を鞘から抜かぬままぶん殴り、すべて一撃で気絶させた王宮近衛兵達の屍をつまらなそうに見つめ、ステラはやれやれと息を吐いた。本来であれば剣を鞘から抜いて、鞘のみで延髄を打ちのめしたほうが安全に気絶させる事が出来るのだが、あいにくとステラの左手は塞がっていて、抜き身の剣を握ることが出来ない。


兄上が、繋いだ手を離してくれないのだ……。


転移ゲートから王宮に入り、金瞳が陣を張っているだろう王城中心部の王の間に向かおうと、兄上に手を差し出され、その手を取った。兄上と手を繋ぐなんて、しばらくぶりだな。なんて嬉しくなったけれど、あれから、兄上は……ずっと手を離してくれません。



「兄上……鞘だけの方が、けがを負わせずに済むと思うので、手を、離して貰ってもよいかな?」

「金瞳に操られたというだけで万死に値するが、王宮近衛としては不合格だ。切り捨てても問題はない」



自業自得だ。と吐き捨てる兄上は、手を放してくれるどころか、逆にその手にぎゅっと力を籠めてきた。挙句の果てに―――どうしてそんなに、真っ直ぐに私を見つめて来るのですか、兄上?表情はいつもと同じで全然変わらないのに、その目は……何というか、甘すぎる程に、甘い……。


ステラは我知らず頬に熱が集まってくるのに耐え切れず、下唇を噛んだ。


兄上が、変わった。


スタンレイ邸の湖の別邸では、()()()の告白がなかったかのように、今まで通りの兄上に戻っていた。だからこそこっちだっていつも通りに、ちょっとは残念な感じはあったけれど、以前の自分でいようとしたのに……。この、兄上の眼差しは―――どう見ても、どう考えても、そんなこと微塵も許す気はないと、そういう事なんでしょうか……?あれは、皆がいたからの、営業用だったってことなのだろうか。



「ステラ」



ついっと兄上の指が唇に伸びてきて。自分を戒めるために噛み締めた下唇を解いてきた。



「そんなに噛み締めては傷がつく。どうした?」



どうしたもこうしたもありません。兄上の眼差しが甘くて甘くて甘くて―――耐え切れないのです!



「……いや、その―――金瞳に操られた近衛をぶっ倒して、このまま放置で、いいのかな、と」

「ほうっておいていい。こいつらは、お前に要らぬ好意を持っていた奴らだから。いずれは片付ける予定だった」

「―――はい?」

「いずれ殺すリストに入れていたメンバーだ」

「へ?」



何だろうか、大変におかしなことを兄上が言い出した気がするのだが、私は耳まで、おかしくなってしまったのだろうか?



「お前が俺に会いに近衛騎士団に顔を出すたび、俺の警告も聞かずに隠れてお前を覗き見にきていた馬鹿どもだ。可能であればここで息の根を止めたいところだ」



いくらなんでもそれはマズかろう、兄上。



「私に好意を持ち、わざわざ見に来るなど、レオ伯父上はともかくとして、そんな奇特な(やから)は、騎士団にはいないでしょう?」



近衛騎士団に在籍する騎士達は、ほぼ100%の確率で貴族子弟であり、貧民街出身で運よくスタンレイの養女となった私になんて、目を向けるはずもない。


アイザックの言葉が全く理解できず、首を傾げるステラを見下ろして、アイザックは渋面に深く皺を刻みつけた眉を寄せ、不機嫌そうに口を開いた。



「お前は、自分が誰よりも綺麗で、どれだけ人目を引いているのかを、正しく理解する必要がある」

「同じ言葉をお返しします。兄上もそこのところの自覚が全く足りておりません」



兄上の言うことはイマイチ理解できないが、誰よりも世の女性から、一部男性からも、恋慕の視線を集めまくっている兄上にこそ、ソコの所を強く自覚して頂きたい。今までは―――いずれは兄上のもとに輿入れする女性がいると、すべての感情を心の奥底に沈めていたけれど、今の私には、そんなこと、もう出来そうもありません。



「俺にはお前しか見えていないのだから、他など、知らん」



これは困ったぞ。兄上が私を殺しにかかってきている。

嘘などひとかけらも見受けられない、暗青色の深いサファイアの瞳が、自分だけを見つめて来る。こんな時だというのに、ここにいる者は今すべて敵で、一瞬たりとも緊張を解いてはいけないというのに……。どうしよう。世界が光り輝いて、幸せで、息が止まりそうだ。



「お前も、俺以外を見るな」



もとより、私は兄上しか、兄上の魂しか、見えておりませんよ。私たちはずっとずっと、互いしか見えていないのだから。


金瞳に堕とされたあの暗闇の異常世界で、私は私の魂の生まれ変わりを知った。全ての自分の記憶を全部思い出したわけではない。今の自分の世界に戻って、今の自分に、ステラとしての時に戻って、あの時見たものは記憶の奥底に薄れていっている。でも、これだけは覚えているんだ。


私はずっと、兄上を探していた。


兄上がそれを知らなくてもかまわない。兄上がそれを思い出していなくてもどうだっていい。兄上は今、私の目の前にいる。それだけで私は、泣きたいほどに、幸せなんです。



『お前を嫁に貰うのは、俺だ』と言ってくれたあの時は、兄上が私にキスをくれた。だから今は―――。



ステラはアイザックの目の前直ぐ近くに近付いて、踵を上げて背伸びをすると、自分を見下ろすアイザックの唇に自らの唇を重ねた。



アイザックの目が驚きに見開かれる。



あの時の自分と同じく、泣きそうに瞳いっぱいに涙のヴェールが広がるアイザックに、今度はこちらが困ったように笑うしかない。



「私を嫁に貰ってくれるんですよね、兄上?」



その言葉にぱちりと目を瞬かせる兄上が、たまらなく愛おしい。



「……俺がお前を嫁に貰うと告げた場所も大概だったが、お前もなかなかだな」

「兄上。ご返答は?」

「――ああ。誰にも渡しはしない」

「ならば私も、兄上に近付く女どもは、蹴散らすしかありませんね」



鼻先が触れ合ったまま不敵に微笑むと、兄上もまた、口角を上げて微笑んでくれて、どちらともなくもう一度唇を合わせ、くるりと互いに背を向け合った。


数で勝負に出たのか、それとも、か弱い女性陣で取り囲めば、我々二人は手出しできないと踏んだのか。どちらにしても甘いな、と、思う。


私たちをじわりじわりと取り囲みだしたのは、運悪く宮廷に居合わさせた貴族女性と女官・侍女の皆様だ。前衛には、ウィスラーのお姫様レティシアの腰巾着筆頭、ベゼル伯爵令嬢、ローナン子爵令嬢、ベルナール男爵令嬢、コール男爵令嬢という見覚えがある顔ぶれが並んでいる。ゾンビのごとくおぼつかない足取りで歩んでくる姿は……うん。ビーに見せて二人で大笑いしたいくらいである。


幼い頃から、何かにつけていちゃもんをつけてきた令嬢方ではあるが、さほど恨みは持っていない。その辺に飛んでいる蠅も同じで、気にもしていなかったから。ただ、今の自分にとっては、彼女らにはひとつだけ許しがい大罪があるので、ここはやはり確実に、ツケは払って貰わねばなるまい。



「アイツらは―――いつもステラに絡んできてたな。この際だ、殺すか」

「いえ、こればっかりは私の獲物でしょう」



前に出ようとするアイザックを制し、ステラはうっすらと仄暗い笑みを浮かべた。


彼女らがいついかなる時もステラを害そうとしていたのは、何もレティシアの命令だからに限ったことではない。彼女たちは、「白金の彫像」と称されるアイザックに恋慕を頂き、アイザックがただ一人微笑み掛ける義妹(ステラ)を排斥しようとしていたのを、ステラは知っている。



「私も案外と、心が狭いようです」



兄上に恋慕の気持ちを向ける者がいることを、今後は一切許せそうもない。

二度と兄上にそのような目を向けることがないように、ここはしっかりと嫌という程に刷り込みを行いたいと思います。


魔力を全開に開放し、ステラは地獄の裁定者のような絶対的な強者の威圧を持って、彼女らに氷のごとく冷たい微笑みを向けた。


彼女らに掛けられた金瞳の呪縛を一気に解く前に、深層心理に記憶させる。私を怒らせるとどうなるか。私の大切な兄上(アイザック)に目を向けることが、どういうことを引き当てるのかを―――。


兄上を恋慕するならば、先ず、私を倒してからにして貰おう。


ごうごうと底知れぬステラの威圧が渦を巻き、金瞳の呪縛を受けた兵士(ポーン)であるはずの彼女たちは、無表情だった顔を青く染め、目を見開いては次々と膝を突き、床に倒れ伏して号泣し始めた。


口々に「ごめんなさい」「もうしません」と泣きじゃくる彼女たちの前に君臨する悪の女神みたいなステラは、彼女たちからするともう恐怖の対象でしかない。これでは、金瞳とステラのどちらが国を転覆させようとしてるのか、わかったものではない。


だが、そんなステラを見つめ、アイザックは何故か嬉しそうに口角を上げていた。



「嫉妬か、ステラ?」

「そうなりますね」



つらっと答えるステラに、アイザックはとんでもなく幸せそうに笑った。


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