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81:盤上遊戯1


チェス盤の敵陣にステラが駒を並べていくのを、アイザックは黙って見ていた。


最初にキングを、そして隣にクイーンの駒を置く。

キングとクイーンの両脇の正位置にビショップの駒を、その両脇にナイトの駒を、最後に両サイドにルークの駒を置き、ステラが低く呟いた。


「キングは知らない顔だったけど、クイーンの席に着いてたのは、エリザベス・ミネルヴァ・ウィスラー」

クイーンの駒の顔がステラの魔力錬成により、エイザベスに似たキツイ面差しに変化した。


「クイーンの両サイドのビショップは、僧侶(ビショップ)ではなく、プリンス―――」

「チェスには、プリンスはいないですわよ、ステラ?」

「うん。わかってる。でも、見えたんだ……」


ステラがビショップの駒に魔力を流し、キングの駒から髭を無くした「プリンス」に駒を錬成した。


チェス盤を睨みつけるステラの横顔は、厳しくも美しく、数秒間見惚れたのも束の間、駒を使ってのステラの未来予測に、アイザックが眉を寄せた。


「この、顔は……まさか……」

赤毛のビアトリスが微かに顔を顰め呟いた言葉に、ステラが口を開いた。


「クイーンの隣のプリンスは、デイビッド。キングの隣のプリンスは―――」


チェス盤を見つめる一同の誰もが、自分たちの知る面差しに似たプリンスの駒の顔付に、言葉を無くす。



「―――セオ、か」



アイザックの言葉に、ステラが小さく頷く。



「あの馬鹿が……。金瞳の闇に絡めとられたか」

「私が眠り続けて日数が大分経っているんだろう?なら、王宮はもう――金瞳の闇に覆われ、喰われている可能性が高い。兄上は、金瞳の――闇に落ちたからわかるだろう?」


ステラは、アイザックを振り返って、そう言い切った。


ああ、わかる。

あの金瞳は、人の心の内を読み取って、ソレを良くも悪くも悪夢として利用する。


人ならば、心の内に秘めて表に出さない感情を、思いを、願望を、憎しみを、金瞳はあの異常世界に映しだし、飲まれれば、闇に落ちる。



【怨嗟の闇の魔物】の名は、紛れもなく、本物である。



「ウィルたちが戻ってこないのは―――そういうこと、なのね?」



母上の目が、鈍く光る。

自分の伴侶が、闇と化した王宮に囚われているであろうに、母上の表情に揺るぎは見えない。

流石は、我が母にして、婚姻前は軍事最前線の第一騎馬騎士団の団長も務めていた騎士爵持ちの女傑である。この母のもとに生まれた幸運に、アイザックの口角が少し上がった。


さて。


ステラが金瞳の思考を読み取って、可能であれば外れて欲しかった読みは、恐らくは間違えてはいない。

セオの――ステラを想う恋心は、悪しき力により歪められ、ステラを欲っする心が闇に落ちたと見て、間違いはなさそうだと、アイザックは断を下す。


セオのステラを恋うる想いの深さは、認めたくはないが、知っている。

だが、だからと言って、可哀そうだとは、思わない。

闇に囚われる位の、薄っぺらな気持ちになど、同情はしない。

金瞳の攻撃に負けてしまう位の想いならば、とっととステラを諦めてしまえばいいのだ。


そもそも、アイザックはステラを誰にも渡す気もなければ、可能な限り誰の目からも隠したい。そんな執着心を持っていることを、不幸中の幸いというべきか金瞳のお陰で、気付いたアイザックである。


「兄上……何か、不穏なことを考えていないか?」

「別に。常識的な普通の事を考えているだけだ」

「いや……ステラの言うように、ヤバい目をしてますよ、兄上……何考えてるんですか?」

「待て、ネイサン。今は引け。命が惜しかったら、引いた方がいい」


イーサンが言うことが正しい。

まいったな。ネイサンは引く気がないようだ。

例え弟といえども、ステラに関しては、手加減は出来ないのだが、どうしたものか。


「―――ひとまず、進める。エリザベス側のルークは」


ステラは今度は右端のルークの駒を、小さな王冠を被った女の子みたいな駒に変えた。顔が、誰かに似た面差しをしていることに気付き、アイザックは面倒くさ気に息を吐く。


「このルークは、プリンセス」

「――ウィスラーの小娘か……。あのイカれた金瞳、王族と高位貴族を揃え、王宮を掌握する気か」

「だと思う……。プリンセスは、レティシア・リリィ・ウィスラー」

「キング側のルークが誰か、見えたのか?ステラ」


お祖父様の尋ねに、ステラがするりと視線を流した。

視線が捉えたのは、お祖父様の隣に並ぶ、ウィスラーの血を持つ、ベルトランだ。


「―――っ僕?」


さもありなん。

クイーンがウィスラーのばあさんで、もう一つのルーク(プリンセス)がウィスラーの小娘ときたら、ベルトランの席が用意されるのは、当たり前といえる。


「金瞳とウィスラーのおばさんは、狙っていたんだろうけど、ベルは」

「ベル?」


自分以外の男の愛称呼びに、アイザックの額に青筋が立つのを見て、ステラは「今はソレどころではない」と切り捨てた。


「……流石、ステラ。氷鬼軍曹殿を一刀両断ね」

「「……この状態の兄上を抑えられるのは、ステラだけだ」」

「大人げない孫息子だ」


ギャラリーが五月蠅い。


全員を睨みつけるアイザックの手をぎゅっと握り、ステラはぷうっと唇を尖らせ、諫めてきた。


「―――………可愛い顔をするな」

「結構切羽詰まった状況なのに、お陰様で緊張感が薄れてきた」


やれやれと大きく息を吐いて、ステラがニッコリと微笑んだ。

闇が払われるみたいな、光みたいな、笑顔だ。


「皆がいるから、何とかなる気がしてきた……。()()は、もうコッチサイドだから、キング側のルークはただの戦車(ルーク)だった。最大の問題は―――」


アイザックが顔を顰めるのを知っていながら、ベルトランを「ベル」と愛称で呼んで、ステラが、全てを吹っ切った顔で最後の駒を指さした。



騎士(ナイト)



ステラがビショップの位置に着く、プリンス「セオ」の駒の隣のナイトを指差した。


「こっちは、隣のルークと一緒で、ただの騎士(ナイト)の駒だった。この二駒は、誰が席に着くかは今のところ予想が出来ないけど、問題は、もう片方の騎士(ナイト)

「―――レオか」

「……はい」

「ステラを想うがゆえに、と言っても、修練が足りな過ぎだな。この件が全て片付いたら、セオドア殿下とレオナルドは、一から私が徹底的に叩きのめ―――鍛えなおしだな」


お祖父様。よろしくお願い致します。

ステラに横恋慕してるあのコンビは、どうやらここにいる弟共よりも、心の鍛錬が不足しているようだ。


「……騎士(ナイト)の片方―――お兄様が、置かれるなんてことが、あったら、どうしたら……」


赤毛のビアトリスが血の気を落とし、小刻みに震えだす。


その可能性は、ゼロではない。

ヴィクターは近衛騎士団に所属しているだけでなく、セオドアの側近でもある。

思い出したくもないが、ステラにも秋波を向けているのは知っているから、金瞳の闇に囚われた確率は、高くなる。



恋敵三名を、合法的に葬るいいチャンスが来たかもしれないと、黒く笑うアイザックの頭にステラから手刀の一撃が入る。



「兄上」



めっ!と睨みつけるステラが本当に可愛くて、一瞬、ステラだけを連れて、世界の果てまで逃げようかと考えたが、今度は足を踏まれて、アイザックは苦笑した。


ステラの耳が赤いトコロを見ると、自分の考えは、ステラにストレートの読まれているのだろう。


アイザックはにやける口元を抑えることが出来ず、手で覆うなり、明後日の方向に顔を向け、珍しくも肩を震わせた。


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