79:【閑話】イーサンのここだけの話
王宮突撃前にイーサン視点で一回休憩させて頂きます・・・。
ここだけの話です。
ネイサンが、変わった。と思う。
僕らは、この世に生れ落ちるその前、母上のお腹の中からずっと一緒の大親友だ。
言葉として聞かなくとも、ネイサンが何を考えているのかなんてお見通しだし、僕たちの間には誰も入り込むことは出来ない。それを、疑ったことはなかったし、ずっと、一生続いていくものだと思っていた。
でも、変わってしまう時が、ついに来たのだね。
本当に、ここだけの話だけれども。
実は僕だって、ステラが大好きである。
いつからかなんて知らない。
最初の自覚は、ステラがベルトランのワームホールに落ちて、行方不明になった時だと思う。
ネイサンが、兄上より早くステラを追った、あの時。
ネイサンがステラを、特別な意味で好きなことに、気付いた。
胸にぽっかり空いた喪失感と焦燥。
ああ、僕とネイサンが違ってしまった。
僕もステラの事を好きになっていたと、時同じくして気付いたのだが、僕のステラを思う気持ちは、ネイサンのそれと違うことも、同時に理解した。
今までいつも同じものを好きになり、同じものを嫌いになり、言動も行動も考えも一緒だったネイサンと僕は、別の人間なのだと自覚したのも、あの時だった。
でも、ネイサンはまだ、ステラへの恋慕を僕に伝えてこようとはしない。
うん。兄の情けだ。知らないフリをしてあげよう。
何といっても、数秒とはいえ、僕の方がお兄ちゃんだからね。
そんなこんなの、いつもと変わらない(?)スタンレイ家の日常を過ごしていたある日のこと。ステラの言葉が、ネイサンの心を揺さぶった。
「みんなそっくりだと思います」
ある夜のいつもと変わらない夕食の席だった。
いつもと多少違っていたことと言えば、スタンレイ本家男子が何故かの全員集合となり、お祖父様、父上、レオ叔父上、兄上、僕、ネイサン、ジョシュ。が、横並びに並んで座っていた、そこだけだった。
「大中小、年齢順に並べると、とても成長過程がわかるわよね」
母上がコロコロと鈴を転がすように笑って、ステラもソレに同意して小さく笑った。
どうしてその席順になったかは謎なのだが、男性陣と女性陣が対面で座ってみましょうと提案したのは、母上だったはずだ。
「どうステラ?」
「どう―――とは?母上」
「ステラの好みはどのスタンレイ男子?」
母上……爆弾投下はおよしください。
お祖父様と父上は男親のセオリーとして「ぴきっ!」と額に青筋を立てておられますし、レオ叔父上は大きく手を上げ立ち上がり、兄上に力の限り足を踏みつけられて飛び上がっている。当の兄上はいつも通りの涼しい顔をしているが、残りの僕とネイサンとジョシュに、物凄い冷気のプレッシャーをかけてくる……うう、寒い……。
ジョシュは、何もわからないといった無邪気なニッコリ笑顔をステラに向けているが、その表情は策士の黒さが透けて見える。末っ子っ、恐るべし。
おいおい、ネイサン……目が、目が―――かなり本気だぞ。
そうして飛び出したのがステラの「みんなそっくりだと思います」の一言である。敢えてなのか、天然なのか……その発言は、ある意味物凄い稲妻のような緊張を一同に落としてくれた。
「スタンレイ家の男系遺伝子は強いんですね。皆、ストレートの白金の髪に、多少の色味の違いはあっても蒼瞳です。ああ、ジョシュだけちょっと癖毛だね」
ジョシュに向けて微笑むステラに、末っ子勝者が、満面の天使の微笑みを返した、その時……。ネイサンが何かを決意したことは、ちょびっと触れた左肩からなんとなくは感じていたのだが、まさか、ソウ来るとは、流石のお兄ちゃんにも予想がつかなかったです。
「髪色を、変えようと思う」
マジですか?ネイサン……。
まあ、自分を見ろって主張するには、良い手とも思うけど、この白金の髪は、スタンレイの誇りとかって、お前いっつも言ってたよなあ?
好きになった女の子の為に、そこまでするんだ……。
うん。偉い!
お兄ちゃんは、同じお腹で一緒に育った弟を応援することに決めました!
「いいかもな。僕も変えてみようかな?」
「……え、イーサンもって、……いいの?」
お前ひとりだけ髪色を変えたら、昨日のステラに反応したのが丸分かりでショ。
僕はネイサンのダミー役に紛れて、お前の初恋を守ってあげたいんだ。
「面白そうだからさ。二人でいきなり髪色変えたら、きっとみんな驚ろくだろ?何色にしようかな~僕らの地毛なら、何色にでも出来るだろうしさ」
これも本音である。
うちって、母上とステラの言う通り、男子はみ~~~んな、白金の髪だし、髪色を変えたら、それに合わせて服も合わせたり、色々出来るし―――。悪戯も、街への脱走も、思いつくだけでも、いろんなことが出来そうだ。
さて。何色にしようかな!
楽しみになってきたぞ~!
僕は、いろんな色を考えて、悩みに悩んだ。ネイサンは明日すぐに髪色を変えるっていうから、僕も今晩中に髪色を決めなきゃいけない。
どうしようかな?と、寝台の中に潜り込んで、そこで思い出したのが、ある日見た、名前も知らなどこかの令嬢の印象的な「赤髪」だ。
同年代の貴族子女を集めたガーデンパーティーで、真昼の光を浴びて、真っ赤に輝いてたストロベリージャムみたいな赤髪が、とても綺麗で美味しそうに見えて、ちょっとだけ見惚れたのは、ネイサンにも内緒にしていた。
「……あの、赤色がいいかも」
後ろ姿しか覚えていないけれど、炎みたいに波打ち揺れていた、あの赤色が、凄く印象に残っている。
「うん。あの赤にしよう!」
自分の記憶の中にある、あの印象的なストロベリージャムみたいな赤色より、仕上がった赤髪は色が濃くてちょっとだけ残念だったけれど、あの赤は、あの子だけの色だからと、ひとまず納得することにした。
僕の髪は濃いめの赤に落ち着いて、ネイサンは意外と冒険しない質なので、無難?に黒を選び、存外と似合っていた。
二人して意気揚々とみんなの前に登場したら、父上は「やらかしたな」と苦笑いし、母上は「わかりやすくて、いいわ~!」と大喜びしてくれて、ネイサン最大の目的であったステラは、何の反応もなかった……。
ステラ曰く。
「イーサンはイーサンで、ネイサンはネイサンに、変わりはないから」
だそうです。
ステラ。
君はその言葉が、どれだけ僕たちを嬉しくさせているか、知らないのだろうね?
だから僕は、君の事が大好きなんだよ。
きっと、そんな君だから、ネイサンも本気で君を特別に好きになったんだ。
僕たちは一卵性の双子で、本当に髪の毛一本まで同じで、父上も、母上でさえも、僕たちを間違えたことがある。
実の親でさえ間違える程なのだ、他の人間など、僕たちの区別がつかなくて当たり前だ。
それは、当事者にとっては、結構、しんどいことなんだよ?
僕とネイサンの姿は同じで、互いの事を誰よりも理解している、代わりの利かない兄弟であって大親友であっても、僕たちは、違う人格を持つ違う人間なのだ。
それを、周囲の人間全員に理解して欲しいわけではないが、僕とネイサンを混同されて区別がつかないまま対応されることは、かなり、腹が立つものなのだ。
だから、僕たちは悪戯という名の罰を、周囲の人間に与える。
僕とネイサンの区別がつかないのを逆手にとって、僕らを間違える相手達にワザと僕らを混同させて、罰を与え続けているのだ。
逆恨みと言われても、別に構いはしない。
これが、僕たちの矜持なのだから。
でも、ステラは、僕たちがわかるのだ。
結構、いや、かなり、意地悪をしてきたし、ステラからしたら許しがたいことだって、本当に多かったと思う。だというのに、ステラは、幼い時のあの森で、僕たちを救い、そして、絶対に―――僕たちを間違えない。
ステラの目には、完全に僕とネイサンの区別がついているのだ。
ソレを感じ取った時、僕はステラが世界で一番、ネイサンと同じくらいに大切になったんだ。
くやしいけれど、ネイサンは僕を飛び越して、ステラが一番になってしまったようだけれど。
それから僕らは、元の白金に髪を戻したり、違う色にしてみたり、悪戯によってカラーリングを変えて楽しんでいるのだが、真似をする輩が現れた。
「「……セオドア殿下。どうしたんですか、その髪色は?」」
期せずして、ネイサンと声が揃ってしまった。
「イーサン!セカンドネームが同じ者同士、お前の真似をさせてもらった!お忍びに使えるから、髪色を金からグレージュに変える魔法を学んでみたんだ、どうだ?!」
「いい迷惑……ではなくて、どうだ?とは、いったいなんですか?」
ネイサン!
ご指名だから任せるって、消えるな?!
ここにいてくれ!
「これなら、身分を隠して、ステラと城下にデートに行けると思わないか?」
「思いませんね!」
くるりと反転しネイサンが戻ってきてくれた。ほっ。良かった良かった。
この王子様のお相手は、僕一人では手に余るので、ああ~助かった。
手に負えない王子殿下と本気の口論を始めたネイサンにすべてを任せ、やれやれとソファーに崩れ埋まる。
勘弁してもらいたい。
城下にステラを連れて行くなど、変な虫でも寄り付いたらどうする気だよ?
僕たちのステラは、小さな頃から誰よりも可愛かったけれど、最近なんてハッとするほどに綺麗になって、僕たちは気が気ではない。
ステラの視界に入りたいのであれば、我らスタンレイ4兄弟全員に勝ってから、それからにして欲しい。
まあ、普通ならば、兄上のひと睨みで脱兎のごとく逃げ出すのは目に見えているのだが……、この王子様だけは、どうしても引いてくれなくて、本当に悩ましいところである。
そういえば、悩ましいことが、もう一つあった。
毎日ステラと顔を合わせることで、僕には重大な問題が沸き上がっていた。
こんなに可愛くて綺麗な妹を毎日見ていたせいか、僕の審美眼は天井知らずで爆上がりしてしまって、そんじょそこらの令嬢などには、目が向かなくなってしまったのだ。
ステラ狙いは無理だし、もともと、僕はステラが毎日僕の傍で笑ってくれていれば、それでいい。
だけれども、僕が、なんとかほかの女の子と仲良くして結婚まで持っていって、子を成さないと、もしかしたら、スタンレイの直系は途絶えてしまうかもしれない。兄上と、ネイサンと、レオ伯父上が、あんな調子だからね?ステラも、一体どうする気でいるのやら……。あのメンバーはかなり、いや大分……ステラを含めてソッチ方面は鈍そうだからなあ。
次男としては、色々考えるわけですよ。
う~ん。どうしたものか……。
困ったなあ、と腕を組んで、サンルームのソファーに埋まっていたら、目の前に緩やかなカーブを描く髪のひと房が降ってきた。
パンに塗ったらさぞかし美味しそうな、ストロベリージャムみたいな色だ。
「鬼双子兄。なんですの?その大溜息は……」
「……赤狐」
そっか。
あの時見た、印象的な赤髪の持ち主は、お前だったんだな。
ところで、だけれどね。
今日の僕の髪色は、もともとの白金に戻しているのだけれど、どうしてお前は、僕を「鬼双子兄」と判別したんだ?
「赤狐―――」
「な、ななな、なんですの?いきなりそんな真面目な顔……」
「鬼双子兄って、僕、ネイサンなんだけど」
ちょっと、確認してみる。もし、お前が本当に僕をわかってくれるなら―――。
「うそおっしゃい。その目つきっ!確実に鬼双子兄に間違いありませんわ!」
どうしてそんなに、真っ赤になってるんだ、お前は?
そしてどうして、僕はなんだか口元が緩んでくるのだろうか?
「―――お前ってさ、婚約者とかいる?」
「は?」
兄上の氷魔法を受けたみたいにガキン!っと凍り付く赤狐を目の前に、それはそれでアリか。と、にやりと笑んでしまったのは、どうしてだろうか?
まあ、この先何があるかわからないけどさ。
このストロベリージャムみたいな髪は、美味しそうでいいよね?
意外とお似合いと思うのですが、いかがでしょうか?(笑)