78:アイザックの自覚
ステラを抱き締め、アイザックは考え込んでいた。
自分たちのはじめの魂からの輪廻の輪を、ステラは知らない。
どうしたらよいのだろうか?
どうすることが正解なのか?
自分は、全てを思い出したが、それを、ステラに押し付けることは出来ないし、したくはない。
それがあろうがなかろうが、自分がステラを大切に思い、愛していることは何一つ変わらないのだから、あえてそれを伝え、ステラが混乱することは避けたい。
人として生きて、人として死ぬ。
でも、きっとまた生まれて来るから、その時はまた、一緒が良いな。
最初のステラは、そう言って笑ったことを、覚えている。
また、一緒がいい。
うん。絶対にそれがいい。
だから竜の神は、ステラと共に生きると、決めた。
その対価が、生まれ変わるたびに、全ての記憶を失うことでも、構わなかった。
そんな事だけで、ステラのもとに人として生まれ変り、一緒に生きることができて、人の生を終えても、また、再び出会えるのなら、そんなモノいくらでも持って行けばいい。
神として生きた記憶も、転生を繰り返す人としての記憶も、何も残っていなくても構わない。どんな出会いであろうと、どれだけの障害があったとしても、自分は必ずステラを愛するのだから、何も持たずに生まれ変わるのがいいとさえ、思える。
何度も何度も、ステラと恋をする。それはなんて幸せなことなのだろうか。
「僕らはさ、昔っから、大分やっかんでるんだ。まあ、君みたいに、全てを投げ打つことが出来なくて、神様を降りて、ただの、とは言い難いけど、一応人間になった君に負けたのは―――確かなんだけどさ。ステラだって生まれ変わるたびに全部忘れてるくせして、何がどうなったって、どう邪魔したって、君達って、絶対出会って、どんな障害があっても絶対にくっつくんだ。本当に妬けるよ」
ステラが目覚める前にそんなことを言ったシセルの言葉には、口元が緩んだ。
生まれ変わって全てを忘れても、絶対出会って、絶対に結ばれる……。
アイザックは言葉も出なかった。
ただ、今、ステラが腕の中にいることが、嬉しくて仕方がない。
ステラを抱き締めて、その存在を感じられることが、幸せでたまらない。
「僕はそこんとこは、大分昇華して、ただステラを愛でる方向に向かってはいるのだけれど、アウレウスは、違う。未だ諦めないどころか、今世なんて遂に人の体を手に入れて、人間チックな魔人に生まれ変わって、世界を滅ぼして、ステラを手にしようとしている。いいかい?絶対に阻止するからね!君がそれに協力しないというならば、ステラは僕の精霊界に奪っていくから覚悟するんだよ?!」
そんなこと、許すわけなど無い。
ステラは、俺のモノだ―――!
「あ、兄上!!」
ステラの声がアイザックの意識を取り戻させてくれた。
「急ぎ伝えることがある。こっちに、戻る?戻ってくる寸前、金瞳の思考が、断片的だけど見えた。王宮で、アイツは何かをする気だ。忘れない内に見えたものを伝えたい。―――あと、双子と、ビーを呼べるかな?」
自分たちの宿星をステラに伝えるべきかを再考するアイザックと、突然に現れたはずの精霊王にも目もくれず捲くし立てるステラに、二人は虚を衝かれ眉を寄せた。
「アウレウスの思考が見えたって?本当なのかい?」
「―――それに、どうして双子と赤毛が必要なんだ?」
やっとお前の意識が戻り、今までのアレコレもすべて含み、誰からもお前を隠したいというのに、何故そこで敵三人を必要とするのか?
アイザックは正直腹立たしくて、寄せた眉の皺を深くして口元を歪めた。
「あの三人は頭脳戦向きで、チェスが強いからだ」
「「チェス?」」
精霊王にして古代三神の精霊神であるシセルと、過去は竜神で今世は竜憑きではあるものの一応人間のアイザックが、揃いの角度で首を傾げる。
「頭の中の整理が……必要で……」
「―――一体何を見た」
「主要メンバーを集めればいいんだね?まかせなさい!」
アイザックの言葉尻が終わる前に神の余裕で笑ったシセルが、ぱちんと指を鳴らすと、彼らを取り巻いていた風景が変化し、浮島別邸のサンルームに移動していた。
……これだから神の力というものは、紙一重なのだ。
こんな力を保持しているのならば、とっとと最古の神同士で決着をつけ、ステラに要らぬ被害を与えないで欲しいものだ。
過去の自分を棚に上げ、そんなことを思うアイザックの前には、精霊王の力によってこの場に強制的に召集された主要メンバーの面々が、現時点でのそれぞれの状況に応じた格好のまま、ポカンと口を開いていた。
母上とジョシュは夜着姿。
双子は、着替えの最中だったのか、半裸に近い状況。
赤毛のビアトリスは、大口開けて菓子を食べる寸前。
魔塔主カイ殿は、ポンポンのついたナイトキャップを被っている。
祖父様と居らんで良いベルトランは、着衣のままではあるが、力尽き眠ったままだ。
……赤毛のビアトリス以外は、就寝前だったことがよくわかる。
全員の目が(祖父とベルトラン以外)、精霊王シセルではなく、自分が抱き上げたままのステラを凝視し、氷魔法で氷漬けにしたように、目を見開いて固まっている。
さもありなん。
昏々と眠りについていたはずのステラが、こんなにも血色もよく、薔薇色の頬で笑っているのだ。信じられないのは、理解はできる。
「―――あれ?父上と、教皇猊下はいないのか?」
「二人はウィスラーの魔女ばーさんの弾劾で、王宮に行っている」
「あっちはあっちで大変そうだから、召集からは外したよ」
「王宮?!じゃあ、急がなきゃ……!」
自分の腕の中からするりと抜け出し、「チェス盤どこだっけ?!」っとサンルームのおもちゃ箱を探しに走るステラの姿を、一同の首がギギギっと追っていく。
「―――ス」
菓子を指で摘まんだままの赤毛のビアトリスが、震える指をステラに向けた。
「「「ステラ―――?!!」」」
一同絶叫の叫び声に瞬間移動してきたかのように、サンルームに飛び込んできたネイトが声なき叫びを上げて、ステラを抱き上げて、あり得ないほどに抱き締めやがった。
無意識であっても瞬時に氷魔法でネイトを氷漬けにしようとしたアイザックを、精霊王シセルが「どうどう」と宥めなければ、ネイトどころではなく、この場の全員が氷柱と化していたのは、言うまでもない。