77:ステラの目覚め
兄上と私の魂は、時を廻り、必ず出会う。
それを誰かが決めているのか、誰かの操作によってそうなっているのかなんて、わからない。わからないけれど、それは必然で、抗う気などないし、兄上以外の他の魂に、私が心惹かれることも、きっとなかったのだろうと思う。
師匠は、私に命を繋げることが出来て良かったと、笑って逝った。
私も、師匠から貰った命を、託せる人に繋げたいとは思っていたけれど、それだけではなかったんだなと、今、理解した。
兄上に、アイザックに逢うために、私は命を繋げなければいけなかったんだね?
きつく抱き締められた腕の中で、その背を抱き締め返す。
「……兄上」
兄上の胸の中に顔を埋めて、兄上の香りに包まれて、ほっと息をついて呟いてみたものの、ここで、はたっとステラは気付いた。
周囲にはウィスラー邸の瓦礫など見受けられず、静謐な緑の世界が広がっている。
ここはどこだ、っていうか、多分、自分は情けないことに、金瞳の闇領域の世界に連れていかれていたのだろう。
今、目が覚めたのはなんとなくわかるのだが……。
ええと―――金瞳の真っ黒な矢に射られて、兄上の言う「異常世界」とやらに引き込まれる前に、なんだか、物凄い言葉を兄上から聞いた気がするのは、気のせいではないと、思う……。
聞きたいけど、聞けない……。
どうしよう。どうしたらいいんだ……。
兄上は無言で、声を枯らすほどの慟哭を超えた歓喜に、言葉を無くしていることは、わかる。心配させたんだね?本当に、ごめんなさい。
でもね?私の頭と心は今、爆発寸前です。
兄上……嫁に貰ってくれるって、言ったよね?
金瞳も、アウレウスも、前世も、神様も、そんなのはもう、どうでもいい!
今の私にとっては、ソッチの方が大事なのに……この状況は……聞くに聞けない?!
「……ステラ」
万感の思いを込めたと思われる、アイザックの低く呻くような声に名を呼ばれ、ぼっ!と着火音が聞こえる程の勢いで、ステラの全身が赤く染まる。
業火に焼かれるが如く、脂汗を流しながら、ビアトリスの燃えるような赤毛よりも真っ赤に顔から湯気を出すステラに、アイザックは見た事もない程に狼狽する。
「ステラ!ステラ!!大丈夫か!意識はっ、全身真っ赤だぞ?!」
「ああ、あ、えと、うんと……その……ね?」
「―――あのクソ金瞳……ステラに何を」
「……ええと、一回記憶を消されて、一気に戻って、ついでに」
前世の記憶とか、神様に育てられていた一番最初の自分とか、そんなのまで、全部思い出してしまいました。って、言っていいんだろうか?
どうしたものかと、人生初位に焦りまくって目を泳がせた視界に、ふと、今回の人生では初めて対面する、濃緑の髪に翡翠の瞳を持つ、精霊神シセルの実体が映り、ステラは瞬間石化した。
何故、シセルがここにいるんだ?
びっくりするしかないだろう……。
さっき思い出したばかりだけど、どうして緑の神様が、実体を現わしてニコニコして、こちらに向けて手を振ってくれているのだろうか?
え?違うな。手を振っているのではなくて、ブロックサインだ。
うんと、周囲を見ろ?
金瞳のアウレウスから受けた精神攻撃に激高するアイザックを置いておいて、ステラは周りに視線を走らせた。
そこには、見覚えのある風景が広がっていた。
ここは、スタンレイ本邸の森の中にある湖の畔だ。
兄上と一緒に月を見て、眠気に負けそうな兄上を背負った、別邸の浮島だ。
ああ、今思えば、シセルはずっとここに、私の傍に居てくれたんだね……?
幼い頃、やんちゃ盛りの双子の風魔法攻撃で馬糞まみれになった時、湖面の魔法陣を無効化して、水浴びをさせてくれたのも、シセルだったんだね。
ありがとうの意味を込めて微笑むと、シセルはとても嬉しそうに笑ってくれて、それから自分を指さしバッテンマークをしてきた。
―――知らないフリをすれと?
ああ……兄上は、自分が今見てきた事を、覚えていないのだろから。
そうだよな。
自分だって、まだ信じられない。
過去の自分たちを、兄上には押し付けることは、出来ないな。
でも、いい。
あの言葉を貰えたから、自分は今のアイザックの傍にいれるだけで、いいんだ。
そう、あの言葉―――。
誰にも言われてないのに、自分で思い出して、ステラはもう一回真っ赤っかになった。
アレは、破壊力が凄すぎる……。
「ステラ?!」
「……あ、あにう、え。あの、その……あの人、誰、ですか?」
ここはもう話題を変えるしかあるまい。
何とか尋ねたステラの視線を追って、アイザックは面白くなさそうにシセルを振り返り、端的に返答した。
「―――精霊神だ」
それはわかっておりますが……どうしてここにいるのかとか、どうして兄上と一緒にいるのかとか、そういうことをお聞きしたいのですが、いかがでしょうか?兄上……。
「はじめまして、ステラ?」
兄上から紹介されたからもう大丈夫と踏んだのか?シセルが音もなく近付いてきて、初対面のフリをして、美麗な顔で美しく微笑んできた。
「君を失うと、こちらの竜憑きが、世界を滅ぼしかねないからね。君の目を覚ますお手伝いを、ちょこっとさせてもらったんだよ」
「……神様のお力添えを頂けたこと、お礼、申し上げます」
とかで、大丈夫なのだろうか?
何というか……勝手がわからないぞ……。
茶番だとは思うが、付き合うほかはなさそうだ。
こんなあり得ない前世話をして、兄上に、嫌われたくはないから。
「ソイツのことは、後回しだ。ステラ、記憶を消されて、一気に戻ったって―――大丈夫なのか?俺を、俺との記憶は、今もあるのだろうな?!」
創世の古代三神のうちの一神を指して「ソイツ」って……兄上、神は祟るんですよ?言葉は選んだ方がよろしいと思います。例え自分が、過去に竜神だったとしても、今は、人間なんですからね。
両肩をつかまれて、ぐわんぐわん前後に揺すぶられながらも、例の言葉がぽろぽろと零れて行ってくれて、血の気が少しづつ下がっていくことが、ステラには大変にありがたかった。
「アイスガード。ステラを壊すんじゃありません。ひとまず、何があったかのか聞き取りをしよう。ね、落ち着きなさいって、アイスガード?!」
そろそろ脳がづれそうなので、兄上を止めてくれるのは嬉しいのですが、ひとつお聞きします。
シセル様……アイスガードって、誰の事ですか?