76:神様の養い子
人は、自分の事を、【はじめの神子】と呼んだ。
なんですかそれ?って思った。
私は、神子なんてもんじゃない。
ただの、神様の養い子だよ?
人に捨てられて、神様に育てられた。
だからちょっと、人としての常識が、足りない。
だからなんでも、神様に聞いて、神様に手を借りて、神様と共に、生きている。
『神様を顎で使うな』
創世の三神は、そう言っていつも笑いかけてくれた。
緑の姿を持った精霊神は、精霊たちと友達にしてくれた。
金の瞳を持った魔の神は、身を守るための魔力をくれた。
銀の鱗を纏った竜の神は、心を、くれた。
三神は人に捨てられた自分を、それぞれに大切にしてくれたけれど、その中でも、銀色の竜は私の事を「ただひとつの星」と呼んで、大切に大切に愛しんでくれた。
最初は記憶にもない知識として知るだけの親という存在の様に、次は何者にも代えがたい無二の親友の様に、そうして、気付いた時には、彼が、私の「ただひとつの星」になっていた。
最初に世界に生まれた落ちた時に出会った、大切な大切な、自分の命よりも大切な、銀の竜。
ずっと一緒にいたかった。
でも、私たちの命の長さは違う。
神様たちから、同じ命を貰えるチャンスはあったけれど、でも、それは、自分が自分で無くなる事を意味する。
私は私だ。
終わりのある命を生きる私こそが、銀の竜を愛した、私だから。
だから、私は私の命を繋げる。
今世の命が終わっても、私は私の命を子に繋げて、また、銀の竜に逢いに行く。
だから、必ず、私を見つけてね?
紫の瞳は、目印に必ず我が身に繋げていくから。
絶対にあなたを見つけるから、あなたも、必ず、私を見つけてね―――?
また一緒に、生きてね?……私の、銀の竜……。
・・・
「―――アイザック?」
口からその名が、零れ落ちる。
「アイザック……」
名を呼ぶたびに、はらはらと涙が零れ落ちる。
私の愛した、銀の竜。
私を愛してくれた、銀の竜。
あなたは、私の為に、私なんかの為に、神の座を降り、人となってくれた。
あれから、自分達はいったい何度、生まれ変わったのだろうか?
いつの時もめぐり逢い、いつの時も必ず愛し合う。
共に、生きるために―――。
「アウレウス」
その名を呼んで、顔を上げた。
ああ、姿が、今の自分のモノに戻っている―――。
金の瞳を持った魔の神の呪縛が、どうやら解けたらしい。
「どうして、『怨嗟の闇の魔物』になんかになって、あのオバサンに加担して―――師匠を、殺した?」
お前が、優しかった魔の神であるのならば、どうして、私の大切な人を奪ったのか?
ステラは、それを聞かずにはいられなかった。
アウレウスがどうして今世に人として生まれる事を選んだのか?それは、その真意は、ステラには正直どうでも良かった、ただ、師匠を自分から奪った事だけは、許せない。神の養い子として育ててもらった記憶を思い出した今であっても、それだけは絶対に許すことが、出来ないのだ。
「―――あんな女に加担などしてはいない。操っただけだ。それに、俺はあの男を殺してはいない」
昔と変わらないアウレウスの表情に、イライラが募る。
今、目の前にいるアウレウスは、怨嗟の闇の魔物という憎むべき姿を脱ぎ捨て、自分の一番古い記憶の中にある、優しかった魔の神の顔に戻っている。そんなアウレウスに、どうしようもなく腹が立つ。
そう、腹が立つのだ。
師匠の命を、間接的とはいえ奪ったことも―――こうして今、得体の知れない世界に自分を閉じ込めて、兄上……アイザックと私を切り離していることも、全部だ。
「直接ではなくても、師匠が命を落とした原因を作ったのは、お前だろう、アウレウス……」
「私が、ステラの遺伝子を持つ者を、殺せるとでも思っているのか?心外だな」
「―――なんだと?」
「この世界で、紫色の瞳を持つ者の遺伝子の始祖は、お前だよ、ステラ?」
ステラの思考能力が、一気にフリーズした。
どういうことだ?
紫色の瞳を持つ者は、なんだと?
「な……にを―――」
「もともと、お前を闇の中に落とそうと、魂は人間の最下層に生まれる様に操作して、私の手に堕ちて来る準備をしていたというのに、あの紫の瞳を持った、あの男がいなければ―――全ては」
何かが、誰かの記憶が、思念が、ステラの頭に流れ込んでくる。
コレは―――アウレウスの、思念……?
金色の瞳を持つ赤子を抱く、この上なく幸せそうな、エメラルドの瞳をした女は、ウィスラーのエリザベス?
父上がいる。
クリス伯父上も、師匠も、あのとんでも教皇もいる。
金瞳が、チェス盤みたい白黒盤に、駒を置いて冷たく笑っている。
駒は、王と女王と、チェスにはない、数種の、駒。
王子の駒の顔は、デイビットに似ている。
お姫様の駒の顔は、レティシアか?
それに、死神みたいな鎌をもった骸骨と、魔物の駒が、どんどんどんどん、白黒盤の上に、溢れる様に増えていく。
倒れる、王と女王の、駒。
歪む、世界―――。
その中心にあるのは、王宮……だ。
頭が割れそうに痛くて、あまりの辛さに目を閉じようとしたステラを、アイザックへの糸口を見つけた時の様に、空間に亀裂が入って、そこから滲み出るプラチナの微かな光が彼女を照らし、救いの手を差し出した。
「あ、あに……う、え……?」
兄上の、光だ―――。
「ちっ―――面倒なヤツが、アイツに付いたようだ。確実にお前の魂を私の元に引き込みたかったのに、時間が足りない。一時引くが、すぐに迎えに行く。お前が、今世に未練が残らない様に―――全部、塵に変えてやるから、待っていろ」
アウレウスの言葉がカウントダウンを告げる様に、突然に足元に風穴が開き、躰が落ちていく、感覚。
「落ちる」「堕ちる」「墜ちる」―――……。
周囲は、闇だ。
真っ暗で何も見えない。
だというのに、見えて来るものが、ある。
自分が、いる。
隣には、アイザック。
いつの時代かもわからない、自分達が、見える。
奈落の底に落ちていく様な闇の中に、次々に現れては消えていく、自分とアイザック。
何度も何度も、生まれ変わっているはずなのに、服装が違うだけで、二人とも姿が同じなのは、笑えるね?
私たちは、ずっと一緒に居たんだね?
このまま、奈落に落ちても、それがわかったことが、泣きたいほどに嬉しい。
優しい何かに抱き締められて、自分を目覚めさせる温かさに、我知らず目が開いた。
そこには、涙を溜めた、暗青色の深いサファイアの双眸が見えた。
「…………あ」
兄上と呼べばいいのか、アイザックと呼べばいいのか?
一瞬躊躇したステラを、アイザックの力強い両腕が、骨が軋むほどに抱き締めてきた。