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71:アイザックとステラを繋ぐもの


魔塔主カイ・フォーダムはスタンレイ邸に現れるなり、当主ウィリアムですら動かさせないでいたスタンレイ邸内の人員配置をサクサクと変更して行った。

部外者にはとことん厳しいはずのウィリアムが、カイの施策に乗ったのには二つの理由がる。


前スタンレイ侯爵家当主ヘルベルトが頷いたことと、カイへの全幅の信頼だ。


カイは学生時代から聖職者になるべくして生まれたと言って過言がない程に、清廉潔白で高潔な青年だった。言い換えれば、現教皇猊下であるシリウスよりも、その座に就くべき人としての格があったのだが、彼には残念ながらどうしても聖職者になれない理由があった。


黒魔力―――。


持って生まれたその(さが)が、彼が聖職者となる道を阻んだ。だが、彼はそんなことでは人生を諦めない。常人が持たない黒魔力と、人ならざる膨大な魔力があるならば、それに見合った道を極めてやると、彼は自分の未来を決めた、『道を決めたら突き進むのみ』を座右の銘にするカイは、いずれは王国の頂点に立つ親友クリスとその仲間たちの為に、魔塔を掌握する魔塔主となろうと研鑽を重ね、歴代一番の若さで、周囲の声をねじ伏せてその座を実力で掴み取った。


「まずステラの居所を移す。シリウスが逃した魔人野郎がステラに干渉し、いつ躰を奪いに来るかわからん。ウィルん家は家付き精霊(シルキー)の守りはあるけど、精霊王の加護がある湖の別邸に躰を移した方がいい。ステラは、精霊王(あのひと)に愛されてるから、守護が強化される。いいですか教授(プロフェッサー)?」


いいですか?と聞く割りに、サクサクザクザク現場を仕切っているカイに、ヘルベルトは頷き、ウィリアムは呆れた。父であり学生時代と人生の師匠であるヘルベルトを顎で使う親友の、驚異的な成長に言葉が出ないのだ。


「任せる。ベルトランに亜空間トラップを組ませて、私は邸内外郭に防御魔法陣を組む。ウィリアム、シリウス、ステラの護りは任せるぞ。今度ヘマをしたら―――覚悟しておけ」


国王(クリストファー)よりも偉そうと言われる、いい年した現侯爵と教皇猊下が、学生時代みたいに背を正し礼を執るなど、他の誰には見せられたものではない。だが、それほどに、彼らには教授(プロフェッサー)ヘルベルトのお仕置きが、怖いのである。

若気の至りの時代に刻み込まれた恐怖というものは、年を追っても消えるモノではないのだ。


そんな彼らにお構いなしに、カイは何もないはずなのに、ちかちかと何かが光る天井辺りに目をやって、小さく頷くと口を開いた。


「―――ありがとう。急ぐよ。ウィル!魔のモノも近付いて来てるらしいし、今すぐにステラを移動させる」

「相変わらず、精霊と話が出来るんだな……お前?」

「話だけじゃなくて視えるよ。俺の母さんは精霊だからね。ところで、マジで急げってウィル!ステラはどこにいる?」


後頭部をぶっ叩かれて、ウィリアムとシリウスはぱちぱちと目を見張る。頭など叩かれたのは、何年ぶりだ?と二人の顔が物語っている。


小走りに邸内を走りながら、ひとつの懸念がウィリアムの頭に浮かんだ。


「そんなに魔のモノの侵攻が早いのか、カイ?」

「いや、精霊王が早くステラを連れて来いって」

「ん?」


精霊王が、早く連れて来いとは、どういうことだ?と疑問符が浮かぶウィリアムの顔に、竹馬の友であるカイは笑い声を上げた。


「ステラは、【精霊王の愛し仔】だからね。きっちり守らないと、精霊(あっち)の世界に連れて行かれるぞ」

「んん?」


ますます意味がわからなくなってくる。今回ばかりは、ウィリアムどころか、シリウスまでもが急ぎ足の上に首を捻るしかない。


「竜憑きと魔人に執着されて、精霊の愛し仔って……今更だけどステラは、まさか―――?」


自分が愛する娘が、まさか?そんなことは……と、薄く頭に浮かんだ考えをウィリアムは振り払った。

出会った時から、武術に秀でた魔力の強い子だとは思ってはいたが、リアムが五歳まで育てたのだからさもありなんと、あまり気にせず普通の子として大切に育ててきた。そんなステラという存在を、ウィリアムは今、どうにも掴みかねていたのだ。


アイザックが幼い頃に連れて来た、リアムの子。

最初はソレを知らぬまま扱いに難儀したものの、リアムの子と知り、自分の子とすることを決めて、ずっと昔からの夢だった自分の娘として育て、愛しんできた、たったひとりの大切な大切な娘。


現代の魔王(プロフェッサー)にもねこっ可愛がりされてることを付け加えろ、ウィル」

「説明は後だウィル。まずは、移動!!」

「ところでカイ、お前はステラと面識―――ないはずだよな?」

「あるよ」


頭の中が全然整理がつかないが、まずステラとカイの面識から行こうとウィリアムが尋ねれば、カイが事も無げに「ある」と返答してきて、ポカンと口が開いてしまう。


「―――いつ?」

「昔、ボランティアで貧民街へ救済活動に行った時に、リアムとステラを見つけてさ、こっそりリアムとは繋がっていた。だからこの事態も想定内で、準備は完璧だ」

「「おお……」」


二人は、驚嘆とも驚愕ともつかない声を上げ、そうしてウィリアムのみが「あれ?」と首を捻った。


「魔塔主が救済活動だなんて……お前が教皇になるべきだったよ、カイ。現在の教皇は中身が悪魔だし」

「煩いよ魔王の息子」


後ろ足で蹴り付けて来るシリウスをとっさに飛んで避けてから、ウィリアムは笑った。

ステラがこんなことになってから、大口開けて笑ったのは、初めてだった。


持つべきものは友達だ。

リアム―――。ステラは、必ず守り抜くよ。




ウィリアムはそう心に誓い、ステラの部屋の扉を開いた。




ステラのベッドを囲んでいた、クロエとジョシュアが泣きそうな顔でウィリアムを見上げてきた。

「ウィル……」

クロエの顔色は憔悴しきっていて、ウィリアムは安心させるように軽く頷いて見せて、ベッドサイドに膝を突き、昏々と眠り続けるステラから目を離さない息子達に視線を走らせた。


イーサンがステラを見つめ今にも泣きだしそうに涙を溜めていて、ネイサンは見たこともない程に鋭い眼光をして、口を結び、握りしめた拳からは、血がにじんでいる。


アイザックは、その二つ名のまま白銀の彫像のように、動かない。


ステラの枕元に寄せた椅子に着いたまま、瞬きもせずに、表情は全く動くことはなく、ただ、ひたすらに―――ステラだけを見ていた。




今、彼の世界に映るものは、ステラだけだ。




アイザックの氷魔法に包まれたステラの血の気の引いた白魚のような左手と、その手を両手に包んだアイザックの左手の小指が、ピクリと動いたことに、その場にいる誰も、気付きもしなかった。


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