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7:兄上の爆弾宣言

もうほとんど意識のないアイザックを彼の私室迄なんとか運び込み、ベットに横たえたところでステラは気付く。

兄の手が自分の腕を離す気配がない。

がっちり掴まれた腕は痛いことはないのだけれど、手を外そうにもびくともしない。


試しに人差し指一本を伸ばしてみる。伸びた。

よし、次は薬指………伸びた。と思ったら、人差し指が元に戻る。

もう一回、人差し指を伸ばしてみる、伸びるが今度は薬指が戻る………。


うん。兄上の往生際の悪さはいつも通りですね。


どうしたものか、ベッドに横たわる兄の横で胡坐を組んでいるとリリーがやってきた。

「引き剝がすのは無理ですよ。ご一緒にお昼寝してください」

「対外的にまずくないのか?この年で一緒のベッドで昼寝なんて」

「お嬢様は若様の精神安定剤でもありますし、スタンレイ邸でそれを気にしていたらお勤めはできませんよ」

「ソウデスカ……」


はいはい。お休みください。と、リリーに上体を倒され、兄ともども上掛けを肩までかけられ、ぽんぽんされる。

リリーは流石の手際で大窓のカーテンを手際よく閉めていき、昼寝に最適の環境が整えられてゆく。リリーのお仕着せのスカートが揺れる音が聞こえ、ドアが閉じられた軽い音が耳を打つ。


あくびが出た。

この環境で寝るなという方が無理である。


自分もまだ、かなり眠かったのだと自覚しステラは目を閉じる。と、するりと肩を抱かれあたたかいものに包まれた。


ここは、世界のどこよりもあたたかい、ステラの大好きな場所だ。

いつかは離れる時が来るとはじめから覚悟しているが、もうちょっとだけ、このぬくもりに包まれていたい。

今だけは。と、ステラは眠りの中に落ちていった。



そうして、ステラは夢を見た。

そこには、初めてこのスタンレイ邸宅を訪れた小さな自分がいた。






◆◆◆


師匠。

お別れしてからもう一年程が経つと思いますが、あの世とやらで健やかにお過ごしでしょうか?

ステラは今、何が始まったのか理解できず、生まれて初めて気を失いそうです。



脅迫されて連れてこられた場所は、お城でした。

自分がねぐらにしていた貧民街がまるっと入ってしまう程の敷地の中心には、白亜の城が建っています。

見たことはないけど王様が住んでいる城とはこれのことなのか?


もしや、自分が血まみれにした子は、王子様とかいう代物なのか。

あまりに失礼なことをしてしまったので、お縄にでもかける気なのだろうか。そうだとしたら、誘拐暗殺を未然に防いだというのに理不尽である。

ここに来ることを脅迫してきた王子様かもしれない相手にステラは問うた。


「あんた、王子なの?」

「違うが、王子は幼馴染だ」


あまりの事態にステラの顔から完全に血が引いた。

やはり、かなりの良家の子供であるのは確からしい。



ステラの秘密基地に騎士団が襲来した時、彼らは血塗れの男の子を「若様」と呼び、血塗れのアイザックは「生家の迎えだ」と教えてくれた。


家に騎士団があるなんて庶民じゃ考えられないがアイザックに聞く限り本当に騎士団持ちらしいし、誘拐され暗殺されそうになった後だ、これでもう安全だろう。

「迎えが来て良かったな」とお見送りしようとしたのに、アイザックが腕を引っ張って離さない。


「一宿一飯の礼をしたい。一緒に来て欲しい」


間に合ってます。とご遠慮したがアイザックは頑なに「恩を返さねば自分の名に関わるから家に来い」といって譲らない。

あげく「若様の恩人を何の礼もなく帰すわけにはいきません!」という騎士長の男泣きがウザく…ではなく、断りきれず、更には「お前が来なければ彼らは今回の誘拐殺人未遂の責任を取って斬首」などと、およそ子供の言葉とは取れない不穏なアイザックの一言に、ステラは最後には折れて馬車に乗ってしまった。


どう見ても、血塗れの薄汚れた雑巾みたいな姿の自分が乗り込んで良い馬車ではなく、思わず床に膝を抱えて座ったが、またもアイザックに腕を引かれ座席に座らされた。

こんな高級そうな布を張った座席になど座ったことはなく、飛び降りようとすると今度はアイザックが隣に移動してきて「転移魔法で揺れるから座っていろ」と手を繋がれた。



そうして目の前に現れた城に入城し、見たこともない堅牢で豪奢な邸宅にビビりながらも、アイザックに手を引かれ馬車を降りた。

車寄せに近い扉が壊れる勢いで物凄い音を立て開き、アイザックによく似た秀麗な男性と美しい女性が彼に飛びついてきた。


「良くぞ無事に戻った!アイザック!!」

「本当に良かった‥‥顔を見せて、アイザック、怪我はないのね?」


彼らがアイザックの両親だと、ステラは一目見て分かった。

良く似ているし、彼の無事を本当に喜んでいるのが、第三者である自分でも感じることが出来たからだ。

貴族は政略結婚が多く愛のない夫婦に、愛のない子供が生まれるものと思っていたが、この家は違うらしい。

母親はお腹が大分大きい。臨月も近そうなそんな状態で息子が誘拐されても倒れないとは、優しく気丈な人なのだろう。


ステラは自分の理想を形にしたような母親を持つアイザックが羨ましいと思った。


アイザックを抱き寄せる両親と、更にその輪に飛びつく、ステラとそう変わらない年に見える同じ顔の男の子が二人。

この邸宅に働く人達も皆、当主嫡男の無事の帰還に涙を流し喜んでいるようだ。


めでたしめでたし。ってところなのだが、自分はどうしたら良いのだろうか。

彼らは今、5体満足で戻った嫡男であるアイザックしか見ていない。今ならばまだ、誰も自分を気にもしていないし、消えるなら今しかない。

そろりと、ステラは一歩足を後退させた。


「大変な目に遭わせてしまったな、アイザック。此度の件に関しては首謀者も関係者も全て取り押さえた。報復処置はこれからだが、スタンレイに喧嘩を売るとどうなるか、目にもの見せてくれる」

「対応策の打合せには同席させてください。父上」


うん。この父にしてこの子ありですね。

タイミングを見計らいながら、じりっとステラはもう一歩後退する。


「怪我はないようだが、血塗れだな……この汚れをまず落とさねばな。湯浴みの準備はどうか?」

「整っております」


スタンレイ侯爵の言葉を口火にアイザックを中心に人の流れが邸内に向くその瞬間、ステラは更にもう一歩足を後退させて身を反転させた。

アイザックの呼び声が背に聞こえたがステラは地面を蹴った。


転移魔法で移動してきているので、正直ここがどこかも全然わからないが、人ごみにまみれてしまえば逃げ切れる。

なんとしてでも森に帰ろうと、走り出したつもりであったが、自分の足は地面にはなく、空を走っていた。


「あれ?」


顔を上げるとすでに見知った騎士長のひげ面があった。ステラをひょいと軽く抱き上げて、彼は首を傾げた。

「ステラ様。どうなさいました?」

「ク、クザンさんっ見逃してください」

「クザン。逃がしたら減俸」


子供ではあっても部下を従える静かなその声に、クザンに抱っこされたステラはそうっと声の主に目を向けた。

アイザックは真っすぐにステラを見つめて満足気に頷くと、隣に並ぶ両親に向き直った。



「僕の命の恩人の、ステラです」



血と泥にまみれた薄汚れたボロ雑巾のような自分に、この場に居る全ての人間の視線が集中する。


ただでさえクザンに抱っこされて、自分の身長より高く目立つ位置にいる。そこにアイザックの紹介が入れば目立つなという方が無理というものだ。


嫡男が無事に戻った晴れの場所にお呼びではない自分。

集まる視線の意味は子供のステラにだってすぐに分かる。

「何故こんな浮浪児が」と言葉が降ってくるのはすぐだ。

悪意の言葉が自分を切りつけるのは、もうすぐだ。


怖い。と思う。

この世界はいつだって自分に冷たく厳しく、心を切りつけてくるから。


ステラは背中に背負っていた、ただ一つの持ち物である古びた剣を胸元に引き寄せてぎゅっと抱きしめた。


師匠。と、ただ一人の優しい人を心の中で呼びかけたその時、アイザックの声が辺りに響き渡った。




「今この時より、僕の妹にしたいと思いますので、手続きなど宜しくお願い致します。父上」

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