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69:束の間の邂逅


こんこんと眠り続ける、ステラの血の気の失せた青白い顔を、アイザックはただ見つめていた。


いつ目覚めるとも知れない、眠りだ。

ステラの心臓の鼓動は、小さく、弱い。

止まっているのではないかと、思えるほどに……。



――仮死状態。



まったく役にたたなかった神の(しもべ)が、そう断を下した。

金瞳の魔人は自分が血祭りに上げると吠えておきながら、教皇猊下は本当に役立たずだった。

アイツがいなければ、自分が、確実にあの魔人を消滅させていたというのに……。そうすれば、そうしていれば―――ステラは今、あの美しいアメジストの瞳で、自分に微笑みかけていただろう。


アイザックは、この世界よりも大切で愛しい、ただ一人の存在を、見つめていた。


虚を突かれ、防御壁を破られた―――あの時。

ステラは、アイザックを庇い、金瞳の放った闇色の暴雨のような矢を、全身に浴びた。


倒れた落ちたステラ。

腕の中に抱き留めたあの時から、ステラは目を開かない。

死んでは、いない。

でも、生きてもいない。

魂がその身体から抜き出されて、中身が空っぽだと、シリウスが告げてきた。


魂の抜けた体は魔に取り込まれやすく、魂が取り戻せない身体は命の存続が出来ず朽ちていくと、シリウスは続けて告げてきた。


ステラの身体を守る為には、この手段しか……なかった。


スタンレイ本邸の居室ベッドにステラを横たえ、その身を氷で包んだ。

ソレしか、今のアイザックに出来ることはなかったのだ。



・・・



「アイザックは、ステラの所かい?」


スタンレイ本邸の豪奢な応接間でふんぞり返り、明後日の方向を向いて尋ねるシリウスの左頬は、顔面が歪むほどに見事に腫れていた。

それには触れずに、学院時代からの大切な悪友に氷嚢を手渡しながら、ウィリアムは口を開いた。


「―――一時も離れんよ」

「……そうか。ところでウィル。お前は息子に対する教育がなっていない」

「今、話すことか?」


手渡された氷嚢を真っ赤に腫れた左頬に当て顔を歪めるなり、シリウスは不敵に笑って見せた。


教皇(おれさま)を殴るなんていい度胸だ」

「アイザックが殴ってその程度で済むなんて、あいつも大人になったなあ。手加減ができてエライエライ」

「―――この父にしてあの息子……だ」

「父上がここにいないことを幸運と思え。シス」

「っ怖!!神よ!我が身の幸運に感謝いたします!」

左頬に当てた氷嚢はそのままに、大袈裟に神に祈るジェスチャーを行う旧知の友に、ウィリアムは小さく笑った。


ウィスラー公爵家が全壊に近い半壊強に壊れ果ててから、三日が経った。


アイザックに殴りつけられたシリウスの頬の腫れが引かないのと同じく、ステラは目を覚ます兆候すらなく、前スタンレイ侯爵ヘルベルトは、大切な孫娘を目覚めさせるために奔走している。


ウィリアムは、本邸(ここ)から動けない。

いや、動く気が無いと言っていい。

今は、ステラから離れるわけにはいかない。

リアムの時の後悔は、もう、二度としたくはないからだ。


リアムがウィスラー公爵夫人と怨嗟の魔物の謀略に落ちたあの時―――自分とクリスが、リアムを連れ出ていれば、リアムは、蟲毒の毒をその身に受ける事はなかったのだ……。


あの時の自責の念を―――ウィリアムは忘れた事などない。

リアムを救えなかったあの自責の念は、ステラを救うことで必ず晴らす。ウィリアムは、そう心に誓っていた。


アイザックとシリウスが、金瞳の魔人が作り上げた異空間である異常世界に落とされた時、二人はその身そのままの生身であの得体の知れない世界を漂い、次元の裂け目から生還を果たした。だが、ステラは違う。ステラはまるでドレスを脱ぎ捨てるかのように、身体だけをアイザックの元に残し、魂のみを魔人に連れていかれてしまった。それが、ヘルベルトとシリウスの見解である。


魔人に奪われたステラの魂を探す―――。


見つけることが出来る可能性は、0に近い。

それを誰よりも理解しているからこその、シリウスの軽口に、ウィリアムは悲しく微笑んだ。


「―――ありがとうな、シス」

「持つべきものは、友達だろ?」

「ははは。うん、と言っておくか」


シリウスは、あの日からずっとスタンレイ邸に留まってくれている。

ステラの護りとアイザックへの同情、ウィリアムとステラを愛する家族への―――教皇としてではない、友としての情けとも言えるその優しさが、涙が出そうになるほどウィリアムには有難かった。


これからどうするべきか、ウィリアムは考えあぐねていた。


エリザベス・ミネルヴァ・ウィスラー公爵夫人の、無謀なる国家転覆の謀略は水泡に帰し、ウィスラー家と、第二王子デイビットの処遇については、国王であるクリストファーが鉄槌を落とす手筈だ。あちらは、クリスに任せておけば問題はない。


対して、ステラと―――魔人に関しては、スタンレイが動く。

この役は、誰であろうとも、ウィリアムは譲る気などない。


金瞳の魔人―――リアムの敵である、怨嗟の闇の魔物は、あの日、ステラの魂を連れて消えてしまった。


アレを、この世界で自由にさせるわけにはいかない。

アレを、世に放てば―――世界は、太古の文献にあるように、闇に染まる。


リアムを失わせた、恨みが消える事は無く、ある意味、ウィリアムもこの時を待っていたと言っていい。


だが、まずはステラだ。

リアムの残した大切な娘にして、自分の愛する娘とした、大切なステラスタ。

お前を、失うわけには、絶対にいかないのだ。



「ウィリアム」



前触れもなく、前スタンレイ侯爵であるヘルベルトが、二人の前に姿を現した。

ヘルベルトの後ろには、魔塔の人間の象徴である黒いローブを纏った二人の魔導士が傅いていた。


右後ろの魔導士はこのところヘルベルトが側に置き、魔術を叩きこんでいる、ウィスラー家嫡男ベルトラン。

左後ろの魔導士は明らかに格の違う豪華な刺繍の施されたローブからも一見でわかる、魔塔の主。


「―――カイ!」


旧知の竹馬の友の姿に両手を広げるウィリアムに、魔塔主カイ・フォーダムが走り寄り、二人は盛大に抱き合った。


「久しいな、カイ!!」

「ウィル!何年ぶりだ!!」

「マブダチトリオ2終結だな~!僕も混ざる!」


シリウスも輪に加わり、こんな時ではある事は知っていても、三人は何年振りかの素のままで良い逢瀬に心底からの笑みを溢した。


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