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68:迷い道


初めて兄上に逢った、あの時。


初めて見る白金の髪と暗青色の深いサファイアの瞳がとても綺麗で、状況も忘れて見惚れるしかなかった。

自分のせいで血塗れにしてしまったけれども、彫像のような綺麗な容貌をした兄上は、氷の人形か、白金(しろがね)の豹みたいな子供だと、思った。


自分とは、生きる世界が違う、綺麗な男の子。


だから、憧れたのだろうか?

だから、焦がれたのだろうか?


どうしたって手の届かない世界に住む、綺麗なその人が、こんな自分と、共に生きてくれることなんて、あるはずがない。


まだ、子供の時分であっても、そんなことは大人に諭されなくてもわかった。


だから、いつもいつも、逃げようとした。

兄上は、自分を側に置いてくれようとしたけれども、大人たちは皆口を揃えて言うのだ。



――ただの気紛れ。

――あまりの違いに物珍しいだけ。

――新しいおもちゃに飽きたら、すぐに捨てる。

――侯爵家にはあまりに不適合。



排除する、捨てる、傷付ける、消す、痛めつける―――。

大人の悪意も子供からの悪意も、全て理解していたが、別にどうでも良かった。


兄上が、笑うから。

名を呼んでくれるから。

私を、特別扱いしてくれるから……。


兄上が、私を側に置いてくれる限り、そこには自分の席があった。

席がある限り、そこに居ようと思った。


そう、思ったのは。

そう、考えたのは。

そう、決めたのは。




――お前を嫁に貰うのは、俺だ




一番欲しかった言葉を、貰った。

それは、兄上の隣の席にずっと座っていられる、兄上にずっと特別扱いして貰える、魔法の言葉。


嬉しくて嬉しくて、どうしようもなくて、瞳を覆った涙の膜で視界がぼやけたと思ったら―――何も見えなくなった。



ここは、どこだ?



ステラは、真っ暗闇の中にひとり立っていた。

いや、違う―――。


見上げた空は群青色で、星が輝いている。


この夜空の色を、覚えている。

()()()に見た、夜空の色だ。


小川が流れるせせらぎの音が聞こえてきて、よく見れば、今立つ場所は、川に沿って少々開けているので、夜空を仰ぐことが出来て、その先には月明かりも差さない真っ暗な森が広がっているのが見えた。

川縁の階段状になった岩から森の中を西に向かへば、そそり立つ岩壁があり、自分の、秘密基地があるのだろう。



そこまで考えて、先刻、瓦礫と化したウィスラー邸に戻ってきた、兄上から聞いた、現実とは思えなかった話を思い出す。



おかしな世界で、過去の思い出したくない記憶を、演劇の舞台みたいに見せて来るとかなんとか……。異常世界とか言ったか?これは、もしかしなくても、状況が同じである気がしてならない。どのタイミングでかは知れないが、自分もそんな世界に囚われたのだろうか……。


ただ、ここは、舞台というよりは、ほぼ、現実状態に近い。


肌を刺す空気が冷たいし、足先に触れる草の感触は、確実に、夢とかではないことが、触感でわかる。


暗闇の先を静かに見据えるステラの前に、闇が産み出したかのように人影が滲み出て、ゆっくりとこちらに歩を進めてきた。



魔の森(ここ)に、私を連れてきて、何をする気だ?」



闇の塊みたいに現れた割には、髪は雪の様に白く、瞳は―――夜空に輝く月と同じ金色をした魔人が、過去の記憶を思い出させるように、あの時と同じ言葉を紡いできた。


「お前の目、魔の色だな」

地の底からの響きを感じさせる声は、冷たいが、隠し切れない喜びの響きを含んでいた。


「アメジスト。お前は、魔物か?」

「……私は舞台女優ではない。過去を繰り返して、何が面白い?金瞳」


金瞳の魔人が、あの時出会ったそのままの姿で、あと一歩というところまで近付いてきた。

彼の全身は血塗れで、真っ白の髪は右半分は魔獣の返り血で真っ赤に染まり、白い肌にもその鮮血が流れている。狩ったばかりの魔獣の首を手にしているところまで、あの時と、全く同じだ。


私たちが、初めて対面した、あの魔の森での過去の記憶と、寸分変わらない、姿。


ふと、地面の距離が近い気がして、自分の体に目をやると、手足が、短い。

まさかの思いで着衣を引っ張るも、それは先頃まで身に着けていたぼろぼろのドレスと、兄上から借りた軍服ではなかった。子供の時分に、行きたくもないのに出席させられた王宮のガーデンパーティで着た記憶のある、兄上の瞳の色をした青色のドレス。


両手を広げてみたら、手が子供のもので、流石に驚いた。


「―――え?」

「もう一度、ここから始めようと思ってな」


何が起きているのか、頭がついて行かない。

流石のステラも目を丸めるしかないこの状況を、更に混乱させるように、金瞳の魔人が手を伸ばし、ステラの青をうつす銀の髪をひと房摘まみ上げ、するりとそれにキスを落としてきた。


「あの白い獣と共に、お前が闇に染まるのを待とうとしたのが、間違いだった」

「白い……獣……?」


そうだ、あの時は、肩に真白が、いた。でも、今は―――……?


「思い出さなくていい。今が、お前と私の邂逅の時だ。お前と私は、これよりすべてを共にする。青銀の竜には決して―――邪魔はさせん」



青銀の、竜―――?



イメージが、兄上に重なる。

いや、兄上は、人間だ。

竜憑きのスタンレイとの謂れはあっても、たまに人外の暴走を起こそうとも、兄上は、兄上で。

一番欲しかった言葉を、貰って、嬉しくて、涙が溢れて―――だのに、ここには兄上がいなくて。


()()……?

()()は、一体どこだ?


兄上が異常世界とやらから、簡単に抜け出ることが出来なかった理由が、わかってきた。

意識感覚が蝕まれて、今いる世界と本物の世界、どちらが現実でどちらが自分の生きる世界であるかが、境界が曖昧になって、どんどんわからなくなってくる。


ここで意識が開く寸前のあの時、自分は―――降り注ぐ暴雨(ぼうう)のような真っ黒な矢を全身に浴びて……そこから、次の瞬間目を開いたら、()()に、囚われた―――。



「―――()を、思い出さなくていい」



金瞳の魔人が、右手で目を塞いでくる。

幼い自分の顔の半分を軽く覆う、血まみれの大きな手が目を覆い、目前が真っ赤に染まる。



「目を閉じろ」



金瞳の魔人の声に、囚われる。

命令されるままに目を閉じたら、零れた涙が、頬を伝った。


「私は―――死んだのか―――?」

「そうとも言えるし、そうとも言えない」


兄上は、ここにいない。

そして、私を見つけてくれることは、もう、ないのかもしれない。


記憶が―――金瞳の魔人に目隠しされて、自分だったものの記憶が、どんどん闇に浸食されて、薄れていくのがわかるのだ。


「私を、どうする気だ……フレド……?」

「その名は、あの世界でお前を見つけるために必要だった固有名称であって、俺の真の名ではない」


真っ赤に染まった世界の中で、冷たい闇が、逃がさないかとでもいうように、全身をじわじわと包み込み、ステラの小さな体を抱き込んだ。



「これからお前は、今のお前の記憶を消し、過去のお前の記憶を思い出す、長い長い夢を見る。そうして目覚めたら、お前はやっと……俺の――になる」



それが楽しみで仕方がないと闇が笑い、遠く手の届かない程に遠い世界から、兄上が自分を呼ぶ声が、聞こえた気がした。


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