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66:異常世界6ーステラの声


『あ、すまん。血だらけにしてしまった』


悪びれもせずに真っすぐに自分を見つめてくる、真昼の光の様な笑顔と、宝石の様に輝くアメジストの双眸から目が離せない。


見つけた。


自分は、遂に見つけたと、アイザックは理解した。

自分の世界を変えるべき者が、今、目の前にいる。


暗闇の中で何もせず何も見ずに、ただ息をしているだけの屍だった自分の前に、天から差した、ひとすじの、光。


それが、この子だ。


光が、どんどん数を増やし、自分を射るように照らす、不思議な感覚がアイザックを包み込んでいた。


嬉しくて嬉しくて、どうしていいか分からなくて凍り付いたように固まった自分に、血を洗い流す水辺を教えてくれて、それでも動かない俺の頬を、(そのこ)が指で突いてきた、


『あ、あったかい。生きてる』


君にはわからないのだろう?

自分の世界は、今、変わってしまって、この世界に今、生まれ直したみたいな感覚が自分を包み込んでいて、それが嬉しくて、泣きたいんだ。

でも、泣き方がわからない。


『………お前は何者だ?』


どうして良いかわからずに、そう尋ねるだけで精いっぱいだった。


『ステラだ』


夜空に一番に輝く星の名前。

あの時から、お前は、俺の世界でただ一つの輝ける星になった。


やっと見つけた。

絶対に手に入れて、絶対に逃がしはしないと、祖父の言葉を守ることを即座に決めた。


ステラが居れば、自分の魔力の暴走は抑えられ、自分が他の人間みたい過ごせる気がした。

ステラが逃げようとすればそれを止め、ステラを害成し、自分の元から離そうとする輩は、持てる力の全てで排除した。


少しづつ成長してゆくステラ。


もともとダイアモンドのの原石のようなステラだ。その輝きは隠すことなど出来ず、次第に磨かれ美しく成長するステラの元に、要らぬ羽虫が集まり始めた。

セオドアはもとより、叔父上に、うちの双子まで。気付けばそこら辺の貴族子弟まで、こちらの腹が立つほかない秋波をステラに向けてきて、それを排除し叩き潰すのが自分の一番の務めとなった。ステラに言い寄るなど、この俺を倒してからにしてもらいたかった。




―――あの頃は、自分の行動の本当の意味を、俺は分かってはいなかった。




「……君って、意外とかなりお馬鹿さんだね?」


スタンレイから逃げようとするステラを「賭け」で縛り、逃げようとすると捕まえる、離れようとすると抱き締めて、ステラの周囲に群がる男共を払いのける自分の過去を視て、シリウスが呆れたように声を上げる。


「馬鹿なんて言われるのは、初めてだ」

「いやあ……だってさ、まあ、いいけどさ……」




右側の、自分がメインの舞台が光り輝いているのとは真逆に、左側の、ステラが中心に居る舞台は、闇に包まれたように真っ暗だ。


うす暗いスポットライトが、立ち尽くす小さなステラをぼんやりと照らしている。


女中が現れた。

見覚えのあるお仕着せのデザインに、スタンレイ本邸のひと昔前の者たちであることが見て取れる。


()()()()()の食事の用意どうしたの?あなた当番でしょう?』

『ああ、()()()()()?敷地の小川の水で問題ないでしょう。魚もいるし』

『あら、()()()のお洋服とお風呂の準備はあなたが当番でしょう?』

()()()は小川の水の方が合うみたいよ。ついでに洗濯もしてくれるみたい』


けらけらと小馬鹿にするように笑って、女中たちが行き過ぎていく。ステラの表情は、変わらない。周囲の大人たちの態度になど一切合切構わずに、外に抜け出ると、邸の敷地内の森に向かっていく。止めるものなど、ただの一人もいない。


『さっさと森で野垂れ死んでくれればよいものを』

『誰か、子供の肉を食らう獣でも森に離せば、跡形も残らず消えるでしょうに』


庭番や、下女たちまでも、口々にステラを罵っている。誰もステラに構わず、ステラの死のみを祈っている。大人たちの害意で全身を切りつけられても、ステラの目はまっすぐ前を向き、ぴんと背を正して、一人森を進む。




「……君んち……昔とはいえ、邸の人員の質が悪すぎ。ウィルも、君も―――黙認してたとか、いわないよね?」

「――――――」


シリウスの尋ねに、アイザックは返す言葉もなかった。

ステラの命に関わることや、怪我を負わせるようなことに関しては、注視し、それを犯す者たちを罰してはいたが、まさか、こんな日常生活のレベルでまで、幼いステラに対していじめが横行していたなどと、気付いていなかった。中級レベル以下の使用人への監視が甘すぎだった……。


「ま、こういう手合いの人間は、君らの前ではこんなこと決して見せないで、陰湿に影でだけ、ステラをいたぶっていたんだろうね……神殿も似たようなことがあるから、わかるけど。あんな、小さな子に……ひどいものだ」

「俺は―――」


自分は、何も見えていなかった。

ステラは、いつも自分の前では笑っていたから。


逃げる逃げると言いながら、ステラはいつも、自分の隣にいてくれた。

「賭け」があったからだけではない。

その意味を尋ねたことはないけれど、自分の側にいることで、こんなにも理不尽な扱いを受けていたというのに、どうして、ステラは俺の傍に居てくれたのだろうか?


俺が、離そうとしなかったから?

いや、それだけでは、絶対にない。

何故なら、ステラの目は―――。




『お嬢。お嬢は、あいつらの理不尽に対して怒っていいと思うぞ?』




聞き覚えのある声に顔をあげると、舞台の上にネイトが現れて、ステラにそう尋ねていた。

薄明るいスポットライトの中のステラは、少々大きくなっていた。相変わらず表情も変えずにネイトを見上げ、つらりと告げる。


『いずれ出ていく身の上だ。別にどうということはない』

『若は、お嬢をスタンレイから出す気はないでしょうに?』


ネイトの言うとおりである。今も昔も、アイザックはステラを自分の側から離す気などない。それをステラ自身もわかっていてくれると、アイザックはずっとそう思っていたというのに、ネイトに向けて口を開いたステラの言葉に、彼の考えが打ち崩される。




『兄上は―――暴走を止める手立てに、私を側に置いているに過ぎないよ」




「えっ――――――?」




今まで生きてきた時の中で、その言葉は、アイザックに一番の衝撃を与えた。

これ以上開かない程に深いサファイアの瞳を見開く「白銀の彫像」の驚きの表情に、シリウスは小さく「ウィルも馬鹿だがもっと馬鹿がいた」と呟いて続けた。


「ここで闇落ちしないでよ、相棒?僕は戻って、あのくそったれ魔人をぎったぎたにしないとなんだから。しっかりしろって、アイザック?!」


そんなことあるわけがない!!

俺がどれだけステラを想っているか、お前が知らないはずがない!!


誰も見たことのないアイザックの慌て顔に頭を抱えて、シリウスが呆れたように吐き捨てた。


「言葉にしないと伝わらないこともあるんだよ……青二才……。両方がポンコツだと、こうなるんだって典型だ」




ステラの舞台が暗転し、今度は月明かりみたいな銀色の光がステラを照らしていた。

ステラの青をうつす銀の髪が、銀色の光の中で輝いている。

月を見上げるステラは先のステラよりまた少し大きくなっていて、その背後には、血塗れの金の瞳の魔人が佇んでいた。


『お前のある場所は、俺の傍らのみ』

『――――――』

『俺と来い、アメジスト。もとよりお前は、俺のものだったのだ』

『――――――』


ステラは答えない。ただ、頭上に輝く月を見つめる。

金瞳の魔人が、ステラの耳元でささやき続ける。


『あの白銀の竜は―――魔力の制御のためだけに、お前を欲しているに過ぎない』


ステラが、静かに目を閉じた。


『お前は、利用されているだけ。それはお前の本来の姿ではない。俺の、手を取れ』


ステラに向け手を差し出す魔人の言葉に静かに瞳を開いて、アメジストの瞳が真っすぐに金瞳の魔人を見つめた。


『俺の手を取れ』


その言葉に引かれるように、ステラの手がゆっくりと差し出さる。

アメジストの瞳から、涙が溢れて、頬を伝って落ちる。




「ステラ――――?!」




そんな魔人の手を取ってはいけない。

お前は、お前は――――俺のたった一人の――――!!


「アイザック!ダメだ!ヤツに飲み込まれるっ――――!!」


あるはずのない床を蹴って、我知らず飛び上がり、左側の舞台に飛び込もうとするアイザックを、シリウスの声が止める。


だが、そんなことは知ったことか。


ステラを持っていかれるなんて、あってはならない。

絶対に渡す気など、ない。


闇に飲み込まれようとも、これが、金瞳の魔人の罠であっても、もう、どうでもいい。

ステラさえ、この手にあれば、アイザックは世界に欲しいものなど、何一つない。




―――闇に飲まれた。そう思った時だった。




闇の向こうから糸みたいな光が差して、その先から、ステラの呼ぶ声が聞こえる


「……ステラ?」


ステラの声に気付いて、目をかすめた糸みたいな光がゆらりと自分に近付いて、左の小指に絡まった。


「ステラ」


ステラの光だ。

ピンッ!と引っ張られた光の糸の先に、ステラが、いる。それが、わかる。


「俺を呼べ」


お前が呼べば、俺はどこからでもお前の元に飛んでいける。

こんな、金瞳の魔人が作った異常な世界からだって、絶対にお前の元に戻って見せる。



ー兄上らしくもない―



ステラが、俺を呼んでいる。



ーお迎えに参りました。これ以上もたもたしてるんなら、私は、魔の森に帰りますよ。賭けは、私の勝ちとなりますが、よろしいですか?ー



「そんなこと………駄目に決まっている」



ー早く出て来て。アイザックー



ステラが、俺の名を呼んだ。

兄上。ではなく、アイザック――――と。


「今、行く――――」


愛しいお前の元に。




「僕を置いていくなんて、酷すぎだろう!!ぶっ殺すよ?!」




神職者とも思えない暴言を吐く教皇猊下が腕にしがみついてきたが、アイザックにはもう、ステラしか見えていなかった。


兄上が重い腰を上げてくれずなかなかの難産になりましたが、やっと、異常世界サイド終了です。

長くなって申し訳ございませんでした( T T )

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