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63:異常世界3ーシリウスとリアム


また、暗闇が落ちてきた。


先刻まで溢れ返っていた人々も、リアムも消えて、そこに、白い装束を身に纏った二人の姿が現れる。


一人は司教冠(ミトラ)を冠した老齢の教皇で、もう一人は―――アイザックの隣に佇むシリウスと、同じ顔、同じ背格好をした、司祭服を着た青年だ。


「見かけが変わらない―――」

「……過去の、僕だ」


シリウスは過去の自分を睨みつけ、唇を噛み締めた。

口の端から血が滲み、睨みつけるその顔は、目から血の涙を流さんばかりの怒りの形相で、人の心の機微には疎いアイザックであっても、それ以上を問うことは、憚られた。




過去のシリウスが、相手の襟首を締め上げて、神の代弁者たる教皇を石壁に打ち付けた。




『何故、あの魔女の詭弁を信じ、魔人(フレド)を解き放ったのですか?!』

『シリウス、落ち着きなさい。お前こそ、あの紫の瞳を持つ魔のモノに魅入られ、神の(しもべ)たる自分を見失っている。目を覚ましなさい、あの子はフレドは、魔たる魂を洗い流し聖なる運命に目覚め、世界を―――』

『目を覚ますのは、あんたの方だ!あんなまだ子供の魔人にいいように洗脳されやがって!白黒わからんほど、もうろくしやがって―――クソジジイがっ!!』


ガツン!っと教皇を殴り付け周囲を睨み据えると、シリウスが吠えた。


『神聖神殿の立て直しを行う!僕への断罪と裁定は全てが終わってから好きなだけやれ!!今は、被害を最低限に抑えるために全員動け!!少しでも黒と見えたなら、薙ぎ倒して牢獄に突っ込め!!僕は、王宮に行く!!』


殴り倒した教皇の権杖を奪い取り、自分に群がる神官を薙ぎ倒し、各所に指示を出すシリウスの周囲の者達は、明らかに二派に分かれていた。


即時に逃げ出そうとする者達と、それを捕まえ押さえて、シリウスに従う者達。




神殿が、白と黒の二つに分かれたという過去が本当だったのだと、アイザックは今、現代史として学んだ史実を目の当たりにしていた。




「……一介の司祭が、教皇と枢機卿を殴り付け薙ぎ払う力技は、初めて見る」

「―――巧妙に混在してたんだ、黒い奴らがね。アレでも一応判別して倒してるんだよ」

「意外と、武闘派なんだなあんたは」

「鍛えられたからね、主に、ウィルに」


荒ぶる過去の自分に、少しの苦笑を見せたものの、シリウスの怒りの形相は変わらない。


「アイツは―――子供の姿を逆手にとって従順なフリをして、神殿の上層部を洗脳し下僕とし、魔の力を増していった。そうして、あの魔女を使役して、リアムを闇に落とした……」




ギリッと唇をまた噛みしめて、怒りのあまり言葉を無くすシリウスの前で、視える世界がまた、変わっていく。




王宮の王の間。

王座には誰の姿もなく、威厳と威圧を備えた青年に成長したクリストファーとウィリアムが、王の間の中央で、毒の花を人間にしたようなエリザベスの首元に、剣先を向けていた。


『―――私の不在中に、独断でリアムを断罪した理由をお聞きしたい、姉上』

『王族である私に刃を向けたのです。即時首を刎ねるところを、()()()で許したのです。私の温情を何と心得る』

『あなたはもう、王族でもなんでもない。()()()の私を通さず我が片腕を勝手に断罪するなど、謀反に当たるとの理解はないのですね』


いついかなる時も温厚で、気の置けない友人以外には、感情の起伏を見せることの少ないクリストファーが、目の前の血を分けた姉に向かい、本気の殺意を隠そうともせず、剣先を喉にぷつりと刺した。


『―――っクリス、姉である私に、なんてことを?!』

『本当に私への理解が足りない。ああ、姉上は兄上にしか、興味がなかったから仕方がないか……。私は、存外に冷酷な人間ですよ。それも、大切な我が片腕にして、我が友に……あり得ない冤罪であのように忌むべき刑を独断で処すなど―――ただ殺すには飽き足らない程に、貴女への殺意が、私は収められないのですよ、姉上』


じわりじわりと喉に刺さり込んでくる剣の冷たさに、エリザベスが血の気を落とす。


『俺の役割を、お前が演じてどうする。クリス』


ウィリアムの凍り付くような冷たい覇気が、エリザベスの身体を凍り付かせる。

二人の威嚇ではない、本気の殺意に、エリザベスは震え上がっていた。


『我々を、あまりに甘く見ておられたな、()()()()()()()()()。自分が、アレが、どうして今まで生かされていたか、少しでも気付いていれば、我々の大切なものに、手を出すこともなかっただろうに、もう、遅い―――』




二人の剣が、エリザベスの喉に、少しづつ刺さり込んでいく様を見て、アイザックが眉を寄せる。




「ああなって、どうしてあの魔女ばーさんが、まだ生きてるんだ?」

不思議でならないアイザックの声に、シリウスが吐き捨てるように言った。

「殺せなかったのさ」

「どうして?」

「リアムを―――盾に取られた……【蟲毒の刑】を知っているかい?あの魔女は王族権限を行使して、クリスとウィルが王宮に不在の間に、リアムを、スピード断罪裁定して、悪辣な刑に落とした……。計略を練り、罠に嵌めたのは、まだ幼いフレドだ。リアムを救い出すには、あの魔女の鍵がないと、蟲毒の檻を解けなかった」

「―――【蟲毒の刑】」


それは、言葉に出すのも憚られるほどの、命の尊厳を侮辱する、古代から残る最悪の刑である。

強力な魔法士・魔術師をより作り上げられた異空間に、押し込めるだけ押し込めた魔の物と毒、負の遺産と言われる闇の魂を詰め込み、檻として、罪人を閉じ込める。決められた期限を生き残れば罪は許され、死すれば、次の罪人を蝕む、闇の魂の一つとなる。


「ステラの師匠ともあろう者が、そんな罠にかかったと?」

「王宮で王妃教育を受けていた、クリスの、婚約者を人質に取られたんだ―――」

「汚いな……」

「ほんと、ソレ」


リアムが、蟲毒の檻で、命を削られていくさまが、二人の目の前に現れた。


「―――僕の痛いところを、本当に上手く突いてくる……思い出したくもない記憶を、見せて来る。こちらが、憎しみの末に闇落ちするのを、待っているんだ。クソ魔人がっ……何千回殺しても、殺し足りない」


泥のように纏わりつく、闇の魂に怨嗟の呪いの呪詛を耳元で唱えられ、魔の物と猛毒が、リアムの身体と心を蝕んでいく。救いなど、一欠けらもない。

リアムは、ギリギリの精神状態を、彼の一番幸せだった、大切な友人との思い出の記憶のみで凌いで、耐えていた。


「―――自分達を殺したら、リアムは絶対に蟲毒の檻から出れないと、あの魔女がね、言うんだよ。僕たちは、魔女をぶっ殺して、フレドをみじん切りにするよりも、リアムの命を取った。だけどね、リアムは、消えてしまったんだ。行先は、あの魔女と、フレドしか知らなくて、何としてでも聞き出すためには、あいつらを、生かすしか……なかった……」


シリウスが、血を吐くように、そんな言葉を吐き捨てた。


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