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61:異常世界1−シリウスとマブダチファイブ


年輪を感じさせる重厚な石造りの外観と、磨き上げられたオークの机。

学徒が集い、高らかに鳴る鐘の音と共に、それぞれの講義場所へと散っていくその風景は、アイザックの記憶の中にある、学び舎と酷似していた。

鐘の音が空の向こうに消えて、学徒たちの姿が辺りから消え失せても、今、アイザックが見ている講義室にはそこから立ち去ろうとしない5人の青年の姿が、あった。


見た事のある顔が三人―――だが、二人は明らかに、若く、一人は今の顔そのままだ……。


「中央の席に座ってるのが、クリス。その横の机の上に胡坐をかいてるのが、ウィル。ウィルの背中に乗っかってるのが、僕で、横に立ってる黒髪が、今の魔塔主のカイ。その横に立ってる栗毛が―――リアム、だ」


リアム。とは、ステラを拾い育て鍛えた、ステラの師匠の名だ。

アイザックは、リアムだけを穴が開く程に睨みつけた。


栗毛のくせ毛の下に、穏やか笑んでいる瞳が見えて、その色は―――ステラより幾分薄いものの、紫色をしていた。

紫は、魔に通じると言われるが、ステラと同じく、その瞳にも姿にもオーラにも、禍々しさなどひとかけらも見て取れず、見えるのは、どちらかと言えば魔とは真逆の、静謐で清浄な、清々しい気だけだ。


「過去視―――ってことか?」

「そう。ヤツはね、まず幸せな過去を見せて、その後、思い出したくもない見たくもない過去を、目の前に突き付けて、ズタズタに精神攻撃を仕掛けて来る。……こっから、視せるっとトコが、本当に上手いとしか言いようがない。ココは、僕にとっての、楽園だったからね……」




懐かしむ様に愛おしむ様に、シリウスが、その世界に優しい眼差しを向ける。




若者たちの瞳は未来を思い輝いていて、ほんの少しの幼さを残すその顔が、大きく成長した体にちょっとしたアンバランスな感じを醸し出していた。


『いいのか、6限サボって。あの教授のペナルティはエゲつないぞ?』

『あの教授、クリスの兄寄りで、いっつもお前に難癖つけてきて面倒だろ?大した講義もしないくせに、コッチへの当たりがキツ過ぎて、危うく殺しそうになるから、奴の命の為に俺様の方がサボってやるのだよ』


やんちゃ坊主みたいな顔をしたクリストファー・ダニエル・ステイビア(現王)の言葉に、悪童という言葉が一番しっくりきそうなウィリアム・ローリー・スタンレイ(父)が皮肉に笑んだ。

父上の学院時代は、見た目で判断する限り、かなりのアウトローだったらしいことが一瞥で、分かる。


『流石の俺様スタンレイ様だな。僕はお前に無理やり付き合わされたことにする』

『俺もそれに乗っかる』

シリウスの言葉にカイが乗る。

シリウスは白のイメージの外見で、カイは黒。現在の職業を如実に語るその風貌に、「今と変わらないな」と呟くアイザックに、シリウスが「一見ね」と鼻を鳴らす。


『リアムは?いいのか、大貴族出身の俺らより、市井出身のお前への当たりは、キッツイだろ?』

ウィリアムの声に、リアムはにっこりと人好きする笑顔を溢して、はっきりきっぱり言った。

『オーラと剣出せば黙るから問題ない』

えっへんと、オーラを纏わせた長剣を掲げるリアムに、クリストファーが声を上げる。

『―――相変わらず、シリウスの腹より黒いな』

『『ド黒だ』』

『失礼な』


年相応に講義をサボる男子学生達の姿が、そこにはあった。

何も知らず、初めてそれを見たというのに、アイザックは、すぐに彼らを理解した。




「本当に、仲がいいんだな」

「うん。僕の生涯において、本当に幸せで宝物みたいな、大切な親友だ」

シリウスは眩しい日差しを見る様な目で、自分の過去を視ていた。

「学院時代から5人が荒ぶると草木も生えないから、分散させられたって父上から聞いたが、そんな風には」

「理由があるんだよ。表向きは、仲違いしているように見せていた。ものすご~~~く面倒な【魔女】がいてさ。未来の国の重責を担いそうな僕達がつるんでいると、クリスの評判が上がって、王太子の呼び声が高くなるからって、暗殺しようとしてくるもんでさ」

「魔女が?」

「うん。【魔女】が。そろそろその話題が出て来ると思うよ」

シリウスが指差す方向にアイザックは意識を向ける。




彼らの会話は多岐に渡る。

学院の授業から使える教授・使えない教授、潰してやりたい学院生、学院周辺の安食堂の美味しい食事の話から、市井の市民の生活に話に飛び、現行の政治の在り方、王宮の良い所悪い所、そして、国を運営し他国との協調の話まで―――。


彼らの目は、未来に向いている。

より良き未来を手にするために、自分達には何が出来るか。

そんな夢を語り合う5人の姿は、アイザックには少しだけ、眩しかった。


『相変わらずお前のトコの【魔女】は酷いのか?』

カイの言葉にクリストファーが大きく息を吐いた。

『姉上は、兄上しか眼中にないからなあ。相変わらず壮絶な溺愛の上、王太子に仕立て上げる準備に余念がない』

『お前のにーちゃん阿呆じゃん』

『シリウスに一票。スタンレイはお前推し一択だぞ』

『スタンレイの推しにしてもらえるのは大変に嬉しいけどね。俺は出来たら王様になるより、リアムと一緒に魔剣士になって、諸国漫遊したい』

『世界を見るのが俺の夢だからね。自分の足で世界を生み作った各地の神様の遺跡を見つけながら、世に轟く魔剣士に俺はなるよ。俺の腕に追い付いたら、付いてきてもいいよクリス』

リアムの返答に一同が口を揃えて「出たよ!上から目線!」とケラケラ笑う。


『夢、ね……。僕は本当は魔塔で魔導士やりたいんだけどさ。適性がなさすぎで、不要な神聖力が強すぎで、神殿にリクルートされそうだ。いいなあ、カイは』

『俺はシリウスの逆だ。神殿に行って過去の遺物研究をしたいが、神聖力がゼロで、魔力が駄々余りだ。リクルートは、魔塔からしかこんだろうな』

上手い事いかないね~と、頭を傾げながら、シリウスがウィリアムを小突く。

『ウィルは、()()夢、まだ変わってないのか?』

『変わらん。変わりようもない』




父上の夢。

聞いたこともない言葉だなと、アイザックは少々眉を寄せた。


偉大な祖父の後を継ぎ、スタンレイを更に栄華の極みに導き、クリストファー王すら顎で使う影の実力者である、父の若き頃の夢。それは一体なになのか?

ステラ以外の人に等、全く興味を持たないアイザックが、滅多にない興味本位で聞き耳を立てる姿を見て、その答えを知っているシリウスが、小さく笑った。

「びっくりするよ、きっと」

「?」

若きウィリアムが、アイザックが見守る前で、口を開いた。




『可愛い娘のお父さんになることが、俺の夢だ』

『『出たよ!!』』

ウィリアム以外の4人が一斉にゲラゲラと声を上げて笑った。

『だってな?クロエと俺の子供だぞ。可愛いにきまってるから、娘なんてそりゃあああ可愛いに決まり切っている!』

『男が生まれる確率の方がスタンレイは高いだろうに……』

『スタンレイ、男系だものね。女が生まれたのって、何百年前だっけ?』

スタンレイに一択で推されているはずのクリストファーとシリウスが、いらぬ口を挟んでウィリアムの激昂に火を付ける。


『娘が生まれるまで、クロエと頑張る!頑張って!娘を可愛がりまくって溺愛しまくって、許婚願いに来る男をぶった切ってやる!』

『『どうぶった切るんだっけ?』』

リアムとカイが突っ込む。

『いい質問だリアム!俺に勝たなきゃ娘はやらん!サシで勝負してくれる』

『自分の結婚もまだなのに、よくもそこまで妄想ができるなあ、ウィル』

クリストファーの呆れ声にも、ウィリアムは動じない。

『娘が生まれるより、竜憑きが生まれる確率の方が上だろう?』

シリウスの冷静な声に、ウィリアムの動きが止まる。




スタンレイの竜憑きは、数代を置いて現れる。

祖父が竜憑きである場合、本来は更に数代置いてから生まれるのが、今までの理であった。

だが、自分は、竜憑きとして生まれた。

それも恐らくは、歴代最強にして最悪の血の濃さを持って。


「君は、リアムの娘に会うまで、感情がなかったそうだね」

「―――ステラが居なければ、今だってそうだ」


父も母も、家族も家門全ての者が、自分には優しかったが、それは、竜憑きである自分を哀れと思ってのことと、幼い時から自分はずっと考えていた。

竜憑きで感情がなく、心すら危うい。そんな自分が、こんなにも夢を語る父の長子として生まれたことを、父は、どう考えているのか?




『竜憑きだろうとなんだろうと、俺とクロエの子だ。可愛いに決まってる。ただ、娘は息子を超えるってだけさ』




父の明朗快活な声がアイザックの耳を撃った。

「あれ、ウィルの本気の言葉だよ。今、確実に覚えておくんだ、アイザック。僕の次に、君の闇の異常世界に入る時―――この言葉は、君の最大の武器になるからね?」


シリウスの言葉に、アイザックは小さく頷いた。

なんだろうか、胸がちょっとだけ温かくなった気がした。

ステラが―――自分に触れて来てくれたみたいに。


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