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6:兄上が暴走気味です

「「潰せ」」


父上と母上の声が同時に響き渡る。

「潰せ」という言葉に、「何を?」なんてことを尋ねてはいけない。

火に油を注ぐ行為は大炎上を起こす呼び水となり、決して褒められるものではないのだから。


想定していた「大事(おおごと)」を大きく超えたこの状況に、大ホールの入口でステラは立ち尽くしていた。「お送りします!」とここまで付いてきた天使な弟ジョシュアが、両親を含む大人たちの鬼気迫る雰囲気に恐怖を抱いたのかステラの腰に抱き着いてくる。


ステラが中座するまで会議は来客用サロンで行っていたはずだが、入浴と食事休憩を取っている間に皆様の大ホール移動が滞りなく遂行されたようだ。

ただ、自分が中座するまでは母上と兄上、それにスタンレイの侍従等、家族といっていいメンバーのみでの会議だったはずだ。それが………どうしてこんなにスタンレイ領地傘下の関係者が大量に増えたのか、その理由がわからない。



サロンから場所を移しただけではなく、会議というよりかは作戦本部の様相に変化した、スタンレイ侯爵家の大ホールには、書類の紙吹雪が舞っていた。

領地傘下の伯爵家、子爵家、男爵家、領政を束ねる事務官、執政官、に至るまで、スタンレイの頭脳(ずのう)と言える実務トップレベルの面々がそこには集い、もの凄い速度で書類の作成が進められていた。


作戦本部長席に座すスタンレイ侯爵夫妻の隣で、第一機動隊隊長みたいに指揮を執っていたアイザックが誰よりも早くステラに気付き走り寄ってきた。

と、ステラの腰にしがみ付くジョシュアを見て眉を寄せると、ばり!っと音がするように引きはがす。


「来たか。ステラ」

「………兄上」

長兄アイザックはステラから引き剝がされて涙目の末弟を侍女に預け、右手を伸ばしステラの目元を親指でなぞった。


「少し眠ってこい。隈がでてきている」

「この状況で……それは出来かねる。元はと言えば、私が令嬢達に絡まれたことが発端で」

「それがな、()()()鹿()が参入して状況が変わった。父上が緊急で戻られたのでなんとかなりそうだが」

「どこの馬鹿ですか?」

「————セオだ」

大きな溜息とともにアイザックが吐き捨てた名は、ステイビア王国第一王子セオドア・ワイアット・ステイビアの愛称だった。


幼馴染とはいえ、王国の第一王子を「馬鹿」呼ばわりするのは、この兄位である。

何となく嫌な空気を読み込んで、ステラは本当に面倒くさいという顔をアイザックに向けた。


「兄上。やはり私は、市井に降りるというか、森に戻る―――」

「却下だ。この10年、何百回言えはわかるのだ、お前は、スタンレイの者だ。ここを出ることは私が許さん」

するりと両手で頬を包まれて顔を上げさせられたステラは、暗青色の深いサファイアの目で射られた。


「私が生きている限り、私から離れることは許さん」


ホール内の音という音が消えている。

ホール内全員からの懇願するような異常な視線が自分に集まっていることに気付く。



これはヤバい。と瞬時にステラは悟った。

アイザックの目が据わっている。

ステラはすべての力を顔面に集中させ持ちうる限り最大の笑顔を気合を入れて作って見せた。



「心得ました!!兄上!!」



ここで兄の不興を買ってはいけないことをステラは身をもって、ホール内のスタンレイに名を連ねる者達は実害をもって、知っている。

アイザックは理知的で常に冷静沈着。表情や態度を変化させることはあまりなく、それにより「白銀の彫像」などと呼ばれているが、ごく稀に、本当に稀にだが、彼の精神のレベルゲージが限界を超えたときのみ、『暴走』することがある。


『暴走』はアイザックの精神を守るための自己防衛による自己発散である。


言葉として、態度としての『暴走』ではない。

彼の持つ王国内でも指折りの魔力が、『暴走』するのである。

『暴走』は普段溜め込んでいる魔力を一気に消費し、大変スッキリするとは兄の弁ではあるが、周りの者は堪ったものではない。


1回の『暴走』でこの邸宅位一気に粉砕されてしまうのだ。

ここ数年間はステラの尽力もあり事なきを得ていたが、昨夜というか連日の寝不足と第一王子セオドアの大変迷惑な動きも相まって、兄の通常思考は限界の様だ。



「私も眠気が限界です。兄上!一緒に昼寝しましょう!!今ならもれなくジョシュも」

「ジョシュはいらん」

「了解です!!はい!寝ましょう!!すぐ寝ましょう!!」

アイザックがこの状態になると、どうしても敬語になってしまうのを不思議に思いながら、ステラはアイザックの腕を取って引っ張った。



作戦本部長席の父上と母上がブロックサインを送ってくるのが視界の端に見て取れて、ステラは目だけをそちらに向けた。


なになに?

時計を指差しジェスチャーを入れ手刀を振り、頭に山なりの何かを書いて指一本、剣のジェスチャーに母が父を指差し二本、更に3本、で、更に腕でバッテン。



――—時間がない、セオドア第一王子を、レオ叔父上とうちの次男三男で止めてるが、そろそろ限界?

ヤバいでしょ、それ……。

最近の兄上にとり、あの王子は鬼門に近いのだ。

この限界点の近い兄に、そんなもんが来たら―――!



ステラがアイザックを指差し、片手で拳をぱっと開く。「兄爆発」のブロックサインに、父上はうんうん頷き、両手でばってんを作り、人差し指を立てて腕を振って扉を指し続ける。

ホールに集う全員が頭を上下に一気に振っている。


父上ってば、相変わらず兄上にそっくりの男前なのに、全部私に丸投げする癖はなんとかならんのか?

アイザックの四十超え予想図の姿に半眼を向けたステラに、クレアがげんこつを作って父の頭をこんこんしている。母上が後で父上にヤキを入れてくれるらしい。



おぅ。

連れてけばいいんですね?

連れて行けば………。



スタンレイに名を連ねる者たちから『竜使い』の称号をいただくステラは、兄を伴い昼寝をするために大ホールを後にした。


竜はこの世界においての最強の生物であり、この場合の『竜』はアイザックを指す。

ステイビア王国内でも屈指の魔力保持者であるアイザックの魔力を宥め、誰の意も介さず我が道を行くスタンレイ侯爵家嫡男を動かすことが出来るただ一人の人間が、ステラである。



「兄上」



今にも眠りそうになっている兄の腕を肩に回し支え歩きながら、ステラはアイザックに声を掛けた。

「さては……夜会で私のエスコートをする為に、仕事を前倒ししまくって、まともに寝てないな?」

「お前のせいではない。父上と叔父上が私に仕事を振り過ぎなのだ」

「いつから?」

「———4-5日位」

「睡眠不足も限界を超えてる!!私のエスコートなど投げてしまえば良いものを―――」


「ステラ」

アイザックがぽつりとステラを呼んだ。




「はい?」

「お前は、俺のものだ」




俺。

一人称を「俺」と称すときは、兄上が、誰にも見せない「素」の状態にあることの証明でもある。



「………返事は?」



アイザックの暗青色の深いサファイア瞳が、捕食者の色を映しはじめた。

最早、かなりの酩酊状態に近い。寝不足すぎてきっと明日には「何か言ったか?」位のレベルですべてを忘れてしまうくせに、返事のし難い質問をよくも投げてくれる。


ここ10年、答えが出ない、ある意味出せない質問を今この時にするとは。

まったくやっかいな兄である。

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