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59:アイザック真っ暗闇に落ちる


その場にある者すべてが膝を突き、彼らの頂点の座にある教皇シリウスに向かい頭を垂れているというのに、後方でたったひとり、現れた時と同じく立ったまま視線を落とし静かに佇む若い司祭がいる。


アイザックが嫌な気配を感じたその時から変わらずに、口元は皮肉に笑んだままだ。



()()の正体を、知ってるかい。ウィルの息子?」



教皇がアイザックを見ずに尋ねてくる。

彼の視線は、膝を突く高位司祭達の後方にひとり立つ、若い司祭から逸らさない。


「正体は、知らんが―――。私の記憶が正しければ、一度、殺し損ねている」

「……君が?」

「私も、幼かったもので」


世に名高いスタンレイの白銀の彫像が零した、「幼い」という言葉に目を見張り、教皇猊下が笑い出した。



「幼かったから殺し損ねたって?言うねえ。()()はねえ、滅ぼすべき【怨嗟の闇の魔物】だ。前王の治世時代、阿呆な魔女が神を冒涜する獣にも劣る恋情に身を焦がし、自分の望みを全て叶えるために、闇の最奥に眠っていた忌むべき魂を禁呪で蘇らせ、孕んだ胎児に憑依させ、この世に産みだした―――。この世にあってはならぬモノだ」



怨嗟の闇の魔物。

やはりそうか。とアイザックは剣の柄を握る右手に力を込めた。


まだ幼かった頃に、王宮ゲートから姿を消したステラを追って、暗闇の魔の森で対峙した、あの金瞳の魔人。


あの頃の自分では、その首を取ることは出来なかった。ネイトの助力がなければ―――ステラを、奪われていた可能性だって、あったのだ。


「やっぱり君は、普通と違うね」

「何がだ?」

「普通はさ、その阿呆な魔女は誰なのかとか、相手は誰か、とか。どうやって怨嗟の闇の魔物を蘇らせたのか、とか。そもそも、怨嗟の闇の魔物って何よ?って気にもなるものじゃないか?」


その魔人を目の前にして指まで差して、軽い口調で教皇がそんなことを言ってくる。

この人は、一体どこまで本気で自分にそんなことを言ってくるのか、アイザックには理解できず、ひとつ溜息を吐いて口を開いた。


「ステラを害するものは潰すだけだ。どうでもいい」

「ははは。流石、スタンレイの竜憑きだ!教授(プロフェッサー)にソックリだなあ!」


教皇はケラケラとひとしきり笑うと、アイザックに向き直った。


「じゃあ、もう一つ尋ねよう。()()が荒ぶると草木も残らないってのは、聞いたことがあるかい、アイザック?」


軽く頷くアイザックに、教皇がとても穏やかで優しい聖人スマイルで笑ってきたが、目の奥は全く笑っておらず真っ黒の闇が見える……。


「僕らは―――荒ぶって国を更地にしないようにと、互いの役割を、話し合いで決めた。リアムは封印の楔に、クリスは王に、ウィルは裏の番長に、カイは魔塔の主に……そして、僕は神殿で()()を飼うことにした」


迷える子羊に神からの言葉を代弁するように、教皇は胸に手を当て、目を瞑って静かに語る。

そして、ゆっくりと瞼を開き、ただ一点を見据えた。

いや、見たというよりは、殺意を持って射た、といった方が正しいか。



「―――時が来たら、僕の手で、欠片も残さず、この世から滅ぼすためにね」



ギラリと光る新緑の双眸。

教皇は手にしていた権杖を天に捧げ持ち、聖言の詠唱もなく光の檻を放った。


彼らは万全の準備を整えてここに来たのだろう、アイザックが防御姿勢を取るよりも早く、ひとり立ったままの司祭を取り囲み、教皇に続くように聖言詠唱を唱え、檻を何重にも仕掛けていく。


彼らがこの地に現れた目的を理解し、アイザックは剣を抜いた。


最初から、このために彼らはここに来たのだろう。

父上は、それを知った上で、自分をこの場に(いざな)った。


どうしてこの場でなければいけなかったのか、何故、今でなければいけなかったのか、それはアイザックにはわからない。


そして、それを知っているだろうに、あえて共に現れたあの若い司祭の姿をした、怨嗟の闇の魔物はただひとり、皮肉な笑みを浮かべて変わらず佇んでいる。

教皇の言葉を信じるのであれば、彼らは、【怨嗟の闇の魔物】を滅ぼすためだけに、神殿でアレを管理し、この時を待っていたことになる。


滅ぼされることを知りながら、神殿に縫い付けられここに連れてこられた、だと?

あの、金瞳が―――?

それは、ありえない。



「ウィルからやっと出た、ゴーサインだ。年貢の納め時だよ。フレド・クラレンス」



とてもじゃないが神の僕たる教皇の見せる顔ではない。地獄に君臨する悪鬼の相貌。

自分を取り囲む十重二十重の聖なる檻の中で、ゆっくりと目を開いた司祭の瞳が、金色に光った。




「こちらこそ、この時を待ちわびていた」




金瞳のフレドが、にたり、と魔物の牙を見せてこれ以上の愉しみは無いと言った顔をして、笑った。


「やっと、俺の積年の願い―――アメジストを手に入れる時がきた」


アメジスト。魔人の溢したたった一言で、アイザックは落とすべき首に剣を振りかぶり宙を飛んでいた。


今、斬らなければいけない。

今、殺さなければ、この魔人は―――?!


「ダメだ!アイザック―――お前の剣は、檻をっ―――……」


教皇の声が遠のいていく。

アイザックがそれに気付いたときは、もう、遅かった。


世界が閉じていく気配。

暗闇が自分を包み込み、浸食し、世界が闇に塗り替えられていく。




――アメジストは俺のモノだ。


――今世こそ、()()()()()は渡さない。




魔人の声も遠のいて、アイザックの意識はそこで真っ暗闇に落ちて行った。


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