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58:アイザック教皇と出会う


ステラ襲撃の黒装束が転移先と選定したらしい黒い森に、アイザックはひとり立っていた。


ステイビア王国の北方に位置するこの黒い森は、西の魔の森と並び、忌み地と定められ、神聖神殿の司祭以上の位を持つ者でなければ、立ち入ることすらできない禁忌の場所だ。


単独で来たところで黒い森に入ることは出来ないと、知識として知ってはいた。

()()であっても、まず入れないぞ」と父上にも言われて来たが、目の前にすると、なかなかに面倒そうな古い呪いと何とも言えない仄暗い趣がある。


「アイツに似ているな……」


幼い頃に魔の森で対した思い出したくもない、あの男。

雪みたいな真っ白い髪に金色の瞳を持った、あの男の纏っていた、暗闇の気配が黒い森には充満していた。


こんな場所を、どうしてそのままにしているのか理解が出来ない。

現王と王兄が王座を争い神殿も巻き込んでの血で血を洗う凄惨な戦いが巻き起こった際に、この森の中にあった太古の神殿遺跡が闇の者たちの力を増幅させ、【黒い神殿】となったことは、父上に聞いている。

当時【白い神殿】として現王を支え現在は神聖神殿にその身を捧げた者達は、唯一神である太陽神より聖なる力を与えられ、王国の平和と豊穣を願い、人々の幸いを願う、白き聖職者と呼ばれる。そんな力を貰っているのであれば、王国のためにとっととこんな場所、清浄化してしまえば良いものを、なんのモニュメントの為に残しているのか、本当に意味がわからない。


父上も父上だ。

どうせ来たところで神聖神殿の了解を得て、司祭以上で更には黒い森への扉を開けることができる者を連れてこなければ、この森へ入れないのであれば、こっちが先ではなく、先に神聖神殿に行った方が手間が省けたのではないか。


何故、必ず先にここに行けと、命じられたのか?


そんなことを考えていたアイザックの後ろで、人の気配がした。

それも、一人や二人ではない。


腰に帯びた剣に右手を伸ばしながら、アイザックが振り向くと、そこに神聖神殿の関係者らしい白い祭服を身にまとった者たちが次々に現れだした。


――転移術?


不審な目を向けるアイザックに、彼らは逆に不審者を見つけたような眼を向けてきた。

「何者です?ここを禁忌の地と知っての狼藉ですか―――。名を名乗りなさい」

先頭に立っていた高位の司祭らしい男が、恐れもせずにアイザックを名指しで糾弾してきた。


ほう。自分に向かって随分な強気な発言だ。

つまらなそうに暗青色の瞳を向ける氷の美貌にもひるまずに、司祭はずんずんアイザックに近付いてきた。そんな男にお構いなしに、アイザックはするりとこの場に現れた白装束達の姿を眺めた。


あの仄暗い気配を発するものがいないということは、黒い森に()()があるものではなく、単に森の定点管理を行っている神殿の者達という理解でいいらしい。

これから神聖神殿本宮に行かねばならんことを考えれば、ここでいらぬ争いをすることはよろしくない。

スタンレイを名乗ればすんなりフリーパスだろう(かなりの金額を毎年お布施として納入しているので)


さてと、と口を開きかけたアイザックの背を、嫌な気配が掠めた。


高位らしい司祭達の後方。人影に隠れ目立たない位置に静かに立つレオ叔父上程の年恰好のひとりの司祭の口元が、歪んで見えたのだ。


笑っている?

アイザックは背筋に走るゾワリとした冷たい何かに、キツイ目を向けた。

この、気配は―――。



「彼は僕が呼んだんだ」



ひときわ豪奢な装束を身にまとい、司教冠を頭上に頂くどう見てもこの場での最高位でありそうな年若い男が、人好きする笑顔を浮かべながらひょいっとアイザックの横に飛び降りてきた。


「―――教皇猊下?!」


ざっ!っとその場に集う司祭達が一瞬で地面に膝を突き頭を垂れた。

そんな神の子羊達にひらひらと右手を振ってみせて、アイザックより幾分背が低い見た目の年齢は同じくらいに見える新緑の瞳をした「教皇猊下」が、アイザックを見上げてにっこりと微笑んだ。


「うん。ちがったか、僕が呼びつけられたんだっけかな?」


笑っているのに、その笑顔が大変に黒い。

神聖神殿最上位の教皇の座に就きながらの、透けて見えるどころではなく真っ黒い笑顔を向けてくるその人に、アイザックは以前父から聞いた話を思い出した。


父上と国王陛下と教皇と魔塔主は犬猿の仲で、4人が顔を合わせると国が亡ぶ。


さもありなん。

その身に着けた真っ白い装束とは正反対に真っ黒な性格らしい、大変に底意地の悪そうな目の前の教皇猊下は、ひらりと、一枚の紙きれをアイザックの目元に差し出した。



『そっちはヨロシク』



間違いない父ウィリアムの筆跡である美しい文字。

紙きれから教皇に目だけを向けるアイザックに、教皇猊下は腕を組んで仁王立ちをして言い放った。


「俺様教皇様をアゴでつかうたあ、侯爵閣下も偉くなったものだ。戻ったら、来期のお布施は倍だとウィルに伝えてくれたまえ」


鼻息荒い教皇猊下のお言葉に、さすがのアイザックも耳を疑った。

自分の知る聖職者とは、あまりにも違う、世俗の垢まみれの一言であったからだ。

だが、わかる。

これならば、確かに4人が荒ぶれば草木も残らない。といわれる、父の悪友で有ることは確かなようだ。

これならば、闇のモノを制し、()()()を子飼いにしうる、教皇というポジションに就くことができるだろう。


「父には必ず伝えましょう。更に倍で、とも私から意見具申できますが」

「見返りが欲しいのかい?慈悲を持って聞いてあげましょう」


左手の手のひらの上に右手指でOKマークを作って、教皇猊下は歯を見せてにっこりと笑う。

それは、見返りは金次第ってことだな?


見えもしない神を語り、美辞麗句の耳障りの良い言葉のみを並び立て、何モノをも救済しない聖職者よりも、現金主義の教皇は逆に信じられる、とアイザックは冷たい目を、司祭集団の後方に向けた。


「アレを、子飼いにしている真意をお聞きしたい」

「さすがウィルの子にして教授の孫。期待を裏切らないね」


教皇がアイザックの視線を追って、不敵に笑った。


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