57:兄上折れる
むかし、父上が話してくれた事を思い出す。
『神聖神殿の教皇猊下は、神の僕たる姿からは想像も出来ないほどの武闘派だからね。喧嘩を売ってはいけないよ?なんといってもほら?私とクリスと教皇と魔塔主は犬猿の仲で、全員で顔を合わせると国が亡ぶって言われてるくらいだからね。なんでも、我々4人が荒ぶった後には草も生えないとの伝説もあるらしい』
そう言って、父上はゲラゲラと笑っていたけれど、何処の世界に、神に仕える教皇猊下に喧嘩を売る機会があるというのでしょうか?なんて、聞いたときは思ったものだけども。うん。凄い。これは、父上というか、師匠ともいい勝負ができそうである。
初めて目の前にする教皇猊下は、自分の想像を遥かに越えていた。
なんでも、父上と師匠と王立学院で同じ学年だったとも聞いてるので、歳は同年代だろうに……。兄上の同年代と言われても遜色ない若い姿をしておられる。更には、神職の真骨頂ともいえる、その立場にありながら、その暴れっぷり……。う~ん。師匠に物凄く、似ている。
今現在、教皇猊下はお一人で荒ぶっておられますが、たった一人で、こちらのウィスラー邸が崩れ始めております。
ウィスラー邸はもう、滅茶苦茶だ。
これは、もしも今後、邸を修繕をする意思が公爵家にあるとしても、こう助言をするしかない。
「更地からの建替えの検討が必要だな」
申し合わせたように、スタンレイチームの全員が頷く。
そういえば、教皇猊下は素晴らしくアグレッシブに、金瞳を追い込んでいらっしゃるが、なかなかに、聞かなかったフリは出来ない情報をおっしゃってましたね……。
「王家姉弟の禁忌の子で、挙げ句に、怨嗟の闇の魔物って。なかなかの生まれだな、金瞳。ところで」
自分を抱き上げたまま、ウィスラー騎士団を完全制圧したアイザックに、ステラは呆れ果てたように尋ねた。
「この、収拾。どうつけます、兄上?」
「ひとまず、ここを更地にしてから考える」
さすが兄妹。と、ネイトの呆れた声が背後から聞こえてきて、ステラは後ろを振り返った。
「ウィスラーの人間はどうでもいいが、一般の招待客で生きてる人間は退避をさせてくれ。併せて、ここからは人外相手に戦闘ができるもの以外、撤収させて」
「拝命しました。俺はお嬢の命を遂行後、戻りますよ」
「「「ステラ!」」」
双子とビアトリスが詰め寄ってきて、ステラは笑顔を返した。
「兄上も帰って来たことだし、うちで、帰還おめでとうパーティーの準備をしてくれると嬉しい」
ノーを受け付けない笑顔で言い切って、ステラは続けた。
「兄上と一緒に、必ず戻るから」
「ステラには俺がいるから問題ない」
今は、教皇の連続攻撃が続き防御に回っているように見えるが、あの金瞳が、この程度でやられる訳もない。
それを感覚として知るステラと、経験として知るアイザックの言葉に、双子達は頷くしか無かった。
「うちで待ってるからな。行くぞ、赤狐!」
「ステラ!約束したわよ!!」
ビアトリスを守りながらイーサンが走り去っても、ネイサンはその場を動かない。
「ネイサン……」
ネイサンには、ここは危険だ。大切な兄弟を守りたくて、どうしたらここを離れてくれるか言葉を探すステラの手を、ネイサンの手がゆっくり持ち上げたと思ったら、騎士の礼で、指先にキスを落とされた。
「―――え?」
「今は、俺が守ることが出来ないから……この場は引くけど。次は絶対に、兄上には譲らない」
ぎらりと睨みつけて来る弟を、アイザックは茶化すでもなく真剣な顔で睨み返した。
「出来るものならな」
「必ず―――。ステラをお願いします」
アイザックに一礼し踵を返しイーサン達を追ったネイサンの後姿は、ステラの知らない男のモノだった。
「やっかいな相手がまた増えたな」
「―――ネイサンが?どういう」
「お前は気にしなくていい」
やれやれと息を吐くアイザックの顔を覗き込んでみると、いつもの、表情を見せない兄上の顔になっていて、今はひとまずこの件に関しては、考える事をステラは止めた。
今は、それどころではないのである。
「さて兄上。そろそろ降ろしていただけるかな?」
「名残惜しいが、致し方ないな」
大きなため息とともに自分を下ろしたアイザックの前で、ステラはペンダントトップの師匠の長剣を元の姿に戻すなり、ドレスのスカート部分を一気に切り裂いた。スカートの下には、膝丈パンツを着用済みである。準備は怠らない主義ですので。
ドレスに合わせたヒールなどすでに無用の長物で、ポイポイ脱ぎ捨てるステラの肩に、ふわりとアイザックの軍服が掛けられた。
「着ておけ。裸足は、どうするか」
「裸足で特に問題は―――。……はい。そこら辺に倒れてるヤツのブーツを追い剥ぎしてきマス」
裸足でも。といった時のアイザックの憮然とした顔に耐え切れず、丁度いい所に丁度良さそうなサイズのブーツを見つけて、ステラはスポン!と倒れ伏し意識のない貴族子息からブーツを奪った。
さて、なかなかに全てがちぐはぐなセットアップではあるが、戦闘態勢の準備はできた。
あとは―――。
「情報が欲しいな」
「聞いたところで、アイツを消すことは変わらんぞ」
「アイツの狙いは、私でしょう?聞く、権利はあるかと」
盛大な溜息を吐いて、アルベルトはステラに語り出した。
最近投稿が遅れておりましたが、再開致します。
読んで頂けるかな~・・・読んで頂けると嬉しいです。