52:ここは更地にしていいと言われてます
ターゲットをロックオンする。
王家の血に繋がる証明ともいえる、ゆるい蜂蜜色の金髪に新緑の瞳が最大の自慢である、ウィスラー公爵家公女レティシア・リリィ・ウィスラー。
王家直系を示す金の粒はその瞳に散ってはいないものの、生まれた時から蝶と花よと真綿で包む様に育てられた、生粋のお嬢様にして、お姫様。
さすがだなあ。レティシア。
常々頭が足りないとは思ってはいたが、この状況をまだ、まったく理解が出来ていないね?
ステラは別の意味で、レティシアに感心していた。
自分が一歩進むごとに、水が引くように人垣が割れる。
なんなら、威圧と緊張感に耐えられずにその場に倒れ込むお嬢様方がいる程だというのに、あんた、あのお嬢様方よりも空気が読めなくて、状況判断が鈍いな。
今、貴女が学ばなければいけないことは、自分の保身方法と命を守る術だ。
豪奢なドレスに合わせた揃いの扇子で口元を上品に隠してはいるものの、その、汚物を見るが如しの侮蔑の目の色は「目は口ほどにものを言う」を体現している。
どれだけ姿を磨こうが、どれだけ豪華で高価な衣装と宝石を身に付けようとも、貴女の中身は空っぽで、貴女が獣にも劣ると言い切る貧民窟の人間よりも、劣っている。
人を区別し自分は特別な人間と勘違いする、人間の質としては最低ランクに属するお姫様。
そんな人間にかしずく腰巾着の令嬢達の血の気はすでに落ちまくり、顔なんて真っ青だ。
ああ、いつもの面々が勢揃いだ。
ベゼル伯爵家令嬢にローナン子爵家令嬢、それにベルナール男爵家とコール男爵家の令嬢は、可哀そうにに腰が抜けて床に沈み込んでいる。
でもね、この状況にまったく無頓着でいつもの侮蔑の眼差しで私を睨み据えている貴女よりも、彼女たちの方が余程状況把握能力は強いと思う。
「ひとり遅れたお詫びの奏上ならば――――――」
「兄上はどこだ?」
この場に集う全ての人間が震え上がるほどのステラの覇気の中、ある意味、人としてどうかと思う不感症のウィスラー公女が口を開くのを、ステラが制した。
「――――――は?」
「貴様に問うのはそれだけだ。答えろ」
ステラのアメジストの瞳が、レティシアを射た。
「きっ、何ですっ――――――ひいっ!!」
状況不感症公女がついに、悲鳴を漏らした。
レティシアは、自分を切り付け矢で射貫くようなアメジストの瞳に、たったいま訪れている命の危機をやっと理解した。自分の周囲から空気が無くなったかのようにはくはくと口を震わせ、吸い込めない空気にいら立つように喉を押さえ、心臓を押さえて、全身震わせながらその場に、レティシアは崩れた。
ホールはいま、零下の世界に浸食されていた。
誰も動くことは出来ない、足は凍り付き、空気ですら凍てついて、それを吸い込むだけで、肺が氷に刺されるように、痛む。
カツン。と大理石の床を蹴るヒールの音がして、未だ空気を取り込めず、水面に口を出すかのようにはくはくと上部を見上げ、そこにあった、自分を見下ろす冷たい美貌のアメジストの瞳に、遂に意識が遠のくのを、レティシアは感じていた。
彼女に訪れた死神はこの世の者とは思えない程に、美しかった。
「――――――あ」
「いらっしゃい。ステラ」
なんとか口を開こうとしたレティシアの後方、人に埋没する、彼女の取り巻き位置からすると一番の最下層の場所から、見事な赤毛の令嬢がすいっと現れ、ステラの正面に立つなり優雅な最上の淑女の礼を執り顔を上げた。
「ビー。今日も綺麗だね」
「貴女が誰よりも綺麗よ」
ビアトリスの言葉にステラが小さく微笑み、零下の世界に少々の陽の温かさが戻る。
「お姫様は何も知らないわ。ステラが手を煩わせるほどの人間ですらない――――――。可哀想な、哀れな、お人形さん。ステラの、本命は………あちらよ」
ウィスラーを探るため。と、不当な扱いにも屈せずそれを笑い飛ばし、レティシアの取り巻きのポジションに敢えて身を置き、情報を集めてくれていてたビアトリスが、すいっとホールから二階に伸びる豪奢な階段を指差した。
ビアトリスの指差す方向へ、レティシアに向けた視線などささやかなそよ風と思えるほどの、何物をも切り裂く氷の刃の様な視線を向けたステラの前に、その人は全身を震わせ立ち尽くしていた。
エリザベス・ミネルヴァ・ウィスラー公爵夫人。
先王の長子の王女であり、ウィスラー公爵家に降嫁した、ベルトランとレティシアの実母。
現王の実姉だというのに、もう一人の弟である今は無き王兄を溺愛しその子であるお馬鹿なデイビットを盲愛する、旧王兄派の頭と言われる女傑。
なるほど。王様にそっくりな顔立ちに、王家の金髪に見事に金の散る緑の目だな。
ステラの第一印象はそれのみ。
ステラにとって、王家がどうなろうとも、王争いがどうなろうとも、そんなことは些細なことであり、どうでも良い事である。
更にどうでも良いが、豪華絢爛なお衣装を纏ったエリザベス様の横には、何故か見目麗しい青年司祭が控えていた。
まあ、いい。
高貴なご婦人が、アクセサリー代わりに綺麗な男を側に置くのは、よくある事らしい。今は、そんなこと本当にどうでも良いのだ。
今、必要なことは、ただ一つのみ。
「兄上を迎えに来た。勝手に探させてもらう」
「なんと、無礼な――――――。レティシアの言うように、本当に獣のようですわ。スタンレイの養い子であろうと所詮は貧民窟出のゴミ――――――生贄に命は不要」
すっと手を上げるエリザベスに呼応するように、ウィスラー騎士団とウィスラーお抱えだろう魔術師達が一気に現れてステラを取り囲んだ。
「相変わらずモテモテだなあ。お嬢」
やれやれと剣を抜くネイトに、ステラは手にした扇を片手で一折分開き、パチン!と音を立てて閉じた。
瞬間、自分達を守るように取り囲んだ白い吹雪は魔法壁となり、外界と自分達を遮断した。
白い吹雪は、数秒の元に一気に邸内全域を走り抜け、包み込み、全てを白く染め抜いた。
「これだけの準備をして呼出しをしておいて、兄上の気配がないだなどと………スタンレーの力を借りずとも、私がこの家ごと潰していいか?ネイト」
扇の先を唇に寄せて、その先で空を切り魔術構築術式を描き出すステラに、ネイトは頭を抱えた。
「――――――お嬢」
「ステラ!恰好良い!!」
両手を組んで女神に見とれるキラキラしい眼差しを向けるビアトリスの後ろから、白い吹雪の魔法壁を抜け同じ顔の二人が飛び込んできた。
「あら、護衛達。遅いわね」
「「うるさい赤狐!ウィスラーに潜入の為だけに、仮装してただけだろ?!」」
ビアトリスの護衛に紛れて先にウィスラーに潜入していたイーサンとネイサンは、ステラに近付くと簡潔に状況を報告してきた。
「兄上はどこにもいない。ベルトランの部屋も見てきたが、あいつから伝達を受けたワームホールの魔術式図もそのまま、部屋にあった!」
「――あの年増女!ステラを生贄にするとかほざいてるぞ!!ぶっ殺すか?!」
イーサンの報告は完璧だが、ネイサン………は大分私情が入っているなあ。
一応あの年増女。ウィスラー公爵夫人で、前王の王女様だからね?まあ、自分もどうでもいいけどね。
「生贄。ね」
うん。確かに言ってたね。あのおばさん。
生贄って何だろうね?
ここにきて、要らぬ情報が追加されて、ステラは逆に冷静になってきた。
こんな阿呆共を相手にして本気で怒っているのが、馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。
そそそろ、後片付けをして、兄上探索を始めようと思う。
「どうします、お嬢?」
「どうもこうも――――――」
周囲に群がるウィスラー騎士団と魔術師団を、吹雪でなぎ倒し吹き飛ばし、それでも向かってくる相手には全身に突き刺さる氷のつららの雨を降らせ床に縫い付けて、ステラはつまらなそうに呟いた。
「喧嘩を売ってきたのは向うだ。全部ぶっ潰す。ここ、更地にしていいって、父上に言われてるし」
片付けるには、「更地」が一番。
と、魔王の顔で不敵に笑うステラに、ネイトは乾いた笑いを浮かべ、ビアトリスは「素敵!」と飛び上がる。
双子は「お祖父様に………似てる」と呟いて、人間やっぱ血よりも育ちだな。と、がははと笑った。ひどい。
兄上の気配は、この邸内にはない。
だが、わかる。
――――――答えは、あいつが持っている。
白い吹雪が荒れ狂うあちら側。
その場にへたり込み騎士団にその身を守られるエリザベスの隣に佇む、麗しの青年司祭。
誰もがその場に膝を突く風雪荒れ狂う猛吹雪の中、ただひとり楽し気に佇みステラを見つめている彼の目は、金色に輝いていた。
誤字脱字報告をいつもありがとうございます。
テストが戻ってきたみたいで、赤点。な気持ちになりますが・・・(笑)
赤点取らないよう今後頑張ります!