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51:ステラ獲物を見つける


『待ち人来たる。来訪を心待ちにしております』



その誘い文句に乗ったのには、理由がある。

あの兄上が、ウィスラーに捕まるなど、そんなヘマを犯すわけがないのは、分かっている。

もしも、そんな事が、有り得ないがあったとしたら、兄上が取る三択は、全てを氷漬けにするか、皆殺しにするか、邸を完全破壊するか、のどれかである。


では、どうして、この誘いにあえて、ステラは乗ったのか?


それは、カンである。

行方不明の兄上発見のための、糸口。

それが、ここにある。

なぜだか、そう思った。


恐らく、在りし日の自分がはまり込んだ、あの不思議空間みたいな所に、兄上は落ちたか、落とされたか――――――。


ウィスラーはベルトランの生家だ。

ベルトランは、昔から迷路のようなワームホールを作り出す、彼だけの魔術を保持している。

ウィスラーが、ベルトランの魔術を搾取し、兄上を絡み取り、深淵に落とした可能性は高い。とステラは考えていた。




『ステラのカンは、予言みたいだね』




師匠はよくそんなことを言って笑っていた。

あの頃のステラのカンと言えば、初雪がいつ降るか、ディトーが何処に何体出現するか、なんて、生活に関わるものばかりだったけど。




・・・




スタンレイでも一番高級な王宮夜会への乗り入れ用の豪奢な6頭引きの馬車が、ウィスラー公爵家の門を潜り、車寄せに到着したのは、昼を過ぎての夕刻にはまだ早い時刻だった。

何もこの一番上等な馬車を出して貰わずともよい。と、父上にはそれとなく意見を申し上げたのだが、「ウィスラーへのスタンレイの圧力をかませ」との、父上母上どころか、スタンレイ家人全員の総意です。との総員見送りを浴びての、今、である。

うちのみんな、ウィスラーのこと、大っ嫌いだもんね。


さて。指定の時刻まではもう少々。


アフタヌーンティーパーティーなら良いが、本来の時刻からあえて指定時間をずらした可能性も、無くはない。


何故なら相手は、あのレティシアだ。

悪い意味での長年の付き合いから、どれだけの嫌味ツラミをふっかけてくるか、大体の予想がつくというものだ。



が。



そんな事は、今日のステラにとっては、もうどうでも良いことだ。

今日の目的は、兄上だ。

兄上の情報が少しでも取れなければ、ステラは、この茶会とレティシアを壊滅的に潰す了承を、父と母に取り付けていた。


簡単にいうと、ウィスラーに喧嘩を売って良し。

との、免状をもらっている。

後の事は任せておいて。と、母上が言った。

全部クリスを丸め込んで握りつぶすから問題ない。と父上が続けた。

王様を巻き込むのはよした方が良いと思う自分は、スタンレイの中で結構常識人ではないかと、最近思うステラである。


車寄せには、他家の馬車はない。

更には、通常では通例となっている茶会開催家に仕える侍従や侍女の出迎えはなく、そこに並ぶのは、ウィスラー公爵家お抱えの名高き騎士団の騎士達のみ。


騎士達は礼装ではあるものの、ご丁寧に完全武装していらっしゃる。

スタンレイに喧嘩を売っているのが、それだけでも丸わかりである。



「お嬢ひとりに、()()()()()()だ。完全武装で攻撃に入ってるね〜」



本日は護衛騎士としてただ一人側付きを許可されたネイトが、我慢できんと向いの席で笑い出した。


「他国の将軍を招くレベルの厳重さデスね。スタンレイ最高の淑女を迎える待遇とはとても思えない」

「ネイト一人で、あの小隊潰せるか?」

軽く振ると、ネイトはにやりと笑って事も無げに言い切った。

「ご命令とあれば」


だよな。っとステラがくすりと笑ったその時、静止した馬車の扉を、出迎えの騎士が開いた。

招待客であるスタンレイ侯爵家息女に手を差し出す騎士の手を払い、華麗な所作で外に降り立ったネイトが、静かにその手を差し出してきた。


「―――――どうぞ、お嬢様」


おお、様付けなんて凄いな。見たこともない人がここに居るよ?

大口を開けて大笑いしたい気持ちを押しこめて、優美に口元をほころばせると、ステラはネイトに手を重ねするりと、馬車から姿を現した。



――――――スタンレイの冬薔薇。



その二つ名そのままの、青空を映す真冬の雪原に咲く、銀の薔薇の様なステラの姿を直視した騎士達は、職務を忘れ声を無くして見惚れるような高揚した顔を向けてきた。


濃紺のベルベットのタイトなドレスは余計な装飾は何一つないというのに、その深いアメジストの双眸と腰まで流れる銀の髪を宝石の様に際立たせ、またその宝石の様な銀の髪によって、ドレスも美しさを増す。


この世のものならざる美しき人。


スラリと背を伸ばしそこに立つだけで、ステラは、騎士達を圧倒し威圧し、彼らが動くことを許さなかった。


静かに、ステラがそのアメジストの瞳を騎士達に流す。

その瞳は冷たく凍り付く冬の女王の眼差しを思わせ、無言の絶対零度の氷の覇気は、アイザックを知る者たちを驚愕させた。


この国の騎士に属する者たちが、王宮付きの騎士から伝達され不興を買うなと必ず厳命される、近衛騎士団の白銀の彫像と恐れられるアイザックと同じ覇気。

スタンレイの宝玉と呼ばれるステラスタが、今、目の前でその覇気を全身に纏っている。


一人の騎士が、堪らず膝を突いた。


騎士団長クラスの剛の者のみが持つ、威圧の覇気が、目の前の人ならざる美しさの淑女から、自分達に向け降り注いでいるのだ。


これは、堪ったものではない。


ネイトが、可哀想に。と小さく零しているのが耳に入るが、ステラは威圧を緩める気はサラサラない。


今日は、喧嘩を売りに来ている。


お優しいお貴族様には喧嘩というとまずは口から。と基本思われがちだが、こちとら出身は皆様御存知の最下層の貧民窟だ。

喧嘩というのは、相手を最初にどれだけぶちかますかがポイントで、舐められたら、負けだ。


まあ、負ける気なんて全くない。

ステラは悠然と笑んで見せて永久凍土に吹きすさぶ、氷のブリザードのような声で尋ねた。



「案内もなしとは、これがウィスラー公爵家の所作か?」



今まで社交の場では気を付けていた、淑女の口調など、ここでは使用する必要はない。

ここは、喧嘩場。

威圧と制圧が一番重要なのだ。



「お嬢」



もう呼び名が戻っているぞネイト。

不敵に笑い行先に手を引くネイトに口端を上げて今度は妖艶に微笑むと、ステラはカツンとヒールを鳴らし歩き出した。

ウィスラー邸の間取りなど頭に入っているし、大勢の人の気配がある方に行けば、そこが目的地だろう。


「勝手に行かせてもらう。道を塞げば、容赦はしない」

この場を制した女王の弁に、否と答えるものは誰一人として居なかった。




大貴族家ともなれば、邸の構造はどこも似たようなものだ。




正門からの回廊をまっすぐに進めば、邸最大の面積を誇るホールがあった、

ざわざわとした人の喧騒が聞こえてくる。

ホール前の大扉の両側には、警護の騎士と侍従の姿。

随分と頑強な警備を敷いているものだ。後ろ暗い何かがあるのは、これだけでも丸わかりだ。


「お嬢?」

「――――今回は、一切の容赦をする気はない」

「それでこそ俺のお嬢だ」


自分で出すよりも早く、ネイトが扉前の騎士と侍従に命を奪いかねない程の威圧を掛け、顎をしゃくった。

開けろ。との、無言の圧だ。


警護の騎士は条件反射か武器に手を寄せたが、訓練されていない侍従連は命が惜しいとばかりに、震える手でホールへの扉を開いた。





さあ、殴り込みだ。





ステラは、ホールに集う紳士淑女連をそのアメジストの瞳を以て、冷たく()()()()





扉が開き、来訪した「スタンレイの養い子」の姿に気付いた者達が上げる喧騒とざわめきが、水が引くが如く一気に消えた。


残ったのは、耳を打つ静寂。


侮蔑の視線で()()()()()自分達を見下す、「()()()()()のスタンレイの養女」を、諫め攻撃してくる貴族は、一人も居なかった。ただの一人もだ。


スラリと立つ誰よりも美しく気品に溢れたドレス姿の淑女は、それと同時に、騎士の風格と威圧を併せ持ち、その相反する姿がバランスを崩さず同居していて、手にした優雅な扇子は――――――剣に見えた。


その姿を見ただけで、背筋に冷たい何かが流れる。


一つ間違えば、自分の命はない。という恐怖。

剣を学んだ紳士であればまだしも、それを学ばないものも、令嬢でさえも、それだけは、瞬時に悟り、声を上げることは出来なかったのだ。



ホール内の出席者をするりと全て視認した後、ステラはゆっくりと歩を進めた。

目的の人物の下へ――――本日のターゲットである、ウィスラー公爵家公女レティシアのみをアメジストの瞳で射て、ステラは獲物を見つけた愉悦で唇の端を微かに引き上げた。



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