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5:スタンレイ侯爵家の華麗なる面々2

月が綺麗。



兄上はその意を知っているのかいないのか……。

ステラは考えても無駄なことは考えない主義である。


だけれども………。


小さく笑って同意を示した自分に、兄上は微笑を浮かべていた。

あの万年鉄仮面の兄上が。だ。

あの『微笑』の意味が今となっては逆に気になる。




スタンレイ侯爵家2階角部屋の自室浴室でぶくぶくと目元まで湯の中に浸りながら、ステラはアイザックの微笑む顔を思い出していた。

考えても無駄なのだから、いつものように考えるのを止めれば良いのだが、頭から消えてくれない。


兄上は、顔面があまりにも美しくて綺麗すぎるから、この10年で自分は大変な面食いになってしまい、あんな顔を見せられるとたまらない。



微笑み一つで自分を殺す気かあの人は?



「あら、お嬢様。せっかくのお風呂タイムにバスタブで入水自殺でもするおつもりですか?」


ステラ付き侍女のリリーがバスタオルとバスローブを携えてステラを覗き込んできた。

6歳で侯爵家に来てからからずっとステラの面倒をなにくれとなく見てくれて、今回の急な帰郷にも当然のように同行してきた彼女はステラにとり最早、姉のポジションに近い。


「兄上の顔面にやられた」

「いつものことですね。若様はご自分の顔の利用方法を熟知されていますから」



その通りである。さすがリリー………。

邸内における兄上の行動解析率ナンバーワンだけはある。



バスタブから上がりバスローブを羽織って自室に移動すると、テーブルには軽食が用意されていた。ありがたくその中からサンドウィッチをつまみ口に咥えると、ステラは窓から外に視線を流した。

大きな窓からは陽光が差し込んでおり、時刻は朝を超え昼に近付いているのが分かる。


ステラはやれやれとタオルを頭からかぶり長い銀髪の水気を取った。

「……さすがに疲れたな」

「夜通しでしたから、少しお休みして欲しいのですが..…」

無理とは思いますが。と続くリリーの言葉に、ステラはげんなりと肩を落とした。


「母上と、兄上は、まだ……?」

「はい。先程、ご当主様も加わりまして、小一時間後にレオナルド様も参加されるとご連絡が入ったようです」

「………どんどん大事(おおごと)になっていくな――――」






ステラは昨晩の事を思い出していた。






アイザックが用立てた王宮の転移ゲートは、王家からの重要拠点指定を受けた国内の要所にも設置されている。

その多くは軍事的理由が強く各ゲートは国境や関所など国軍が守護する場所に置かれることが多いが、何故かここ、スタンレイ侯爵家には王宮から直通の転移ゲートが設置されている。


それも敷地内。

更には外門ではなく内門に。

つまりは王宮とスタンレイだけのホットラインである。


王宮と侯爵家の軍事的かつ政治的関係から、現当主の5代前から設置されているとのことなので、王家とスタンレイの結び付きはそれだけ深く重要で強いと言うことだ。


その恩恵は良いことも悪いことも生み出すが、今回はあの出たくもない夜会から速攻で帰宅する事ができて、ステラは正直心の中で万歳三唱していた。


通常であれば騎馬でも1週間かかる王都からの距離を、スタンレイ家でも上等な夜会用の馬車で一眠りする間もなくノンストレスで帰って来れたのだ。

この待遇。ありがたいの言葉以外何を言えるというのでしょうか。




夜会から早々に帰宅出来たとはいえ、夜も深い時間だ。

速攻で風呂に入って寝てしまおう。というステラの希望は一瞬にしてもろくも崩れ去る。

馬車を降りようと腰を上げた瞬間、無理であることがわかってしまったのだ。


馬車の扉の前の人影。


先に下車し侯爵家嫡男らしい紳士の所作で、ステラに手を差し出すアイザックの向こうに、彼の面差しに良く似た美しく凛とした見目をした貴婦人が満面の笑顔を浮かべ二人を出迎えてくれた。


「おかえりなさい。アイザック、ステラ」


二人を順に抱きしめて、クロエ・グレイス・スタンレイ侯爵夫人は花がほころぶ様に嬉しそうに笑った。

アイザックを筆頭に4人の息子を持つようには見えない若々しい姿をしたクロエは、社交界では『スタンレイの永遠(とわ)薔薇(ばら)』と呼ばれている。


ステラは自分が『スタンレイの冬薔薇(ふゆそうび)』と呼ばれているのは、この義母の二つ名から自分を揶揄した誰かがつけたのだろうと思っているのだが、実は、その名を社交界に浸透させたのがこの義母であることには気付いていない。


クロエは、アイザックに負けない程に、ステラを実の娘として大切にし自慢しまくっているのだ。


「母上。このような夜半にお迎えいただき申し訳ありません」

「母上、オスカーからの業務連絡はお聞き頂けましたか」

親しき仲にも礼を執るステラと反対に業務連絡を始めるアイザックに、クロエは瞬時に表情を冷たくし、すいっと顔を向けた。


「アイザック」

美しい笑顔なのに、もはや先程の花のイメージはすっかり消え、クロエは地獄の門番にも似た恐ろしいまでの黒い笑顔でアイザックの肩に手を乗せた。


これは怒られるぞ、兄上。

母上は礼儀には大変厳しい方なのだから。と兄の袖を引いたステラには目もくれず、クロエははっきりきっぱり言いきった。


「クレセント侯爵家、ベゼル伯爵家、ローナン子爵家、ベルナール、コール男爵家の全領地を含む全ての商業取引に関する契約破棄の準備はできています。すぐに打合せを始めますよ」

「流石ですね、母上」




あ、これは完全にダメなやつだ。

視線を巡らせると、家付き執事も侍従も侍女も皆、臨戦態勢である。

これもまた、兄上が王城迎賓館車寄の侍従に長々と方々に指示依頼したに違いない。

そういえば。いつもなら直ぐに兄上の側近くに付くはずのオスカーが、馬車が来るまでしばらく姿を見せなかったな。

家に急報で魔法電信を飛ばしていたのだね………。今、気付いたよ。


件の5家には同情するしかない。

向うが喧嘩を売ってきたにせよ、ちょっとした令嬢の嗜み(?)で生まれの悪い偽(?)令嬢をいびっただけで、明日にはお(いえ)がお取り潰しになりかねないのだから。






それからの侯爵家では会議に次ぐ会議が夜を徹して行われ、ステラはちょっとひとっ風呂浴びさせて下さいと手を上げ了承をもらい、中抜けしてきての、今である。


風呂に入っているうちに会議が終わったらいいな。

とのささやかな願いは、神様には聞こえていなかったらしい。



「会議場へお戻りになられますか、お嬢様?」

「冷静でかつ一般常識を持っているものが一人でもあの場にいないと、議題の5家は、国からありとあらゆる意味で消されてしまうよ」

「お嬢様を愚弄したんですもの。完全消去が正しい処置と思いますが………本当にお嬢様は優しすぎます」

「ううううん?———そう……か、な?」


そう言えば、ヤバい人がここにも居た。

ステラは語尾をうにょうにょさせて、とりあえず突っ込む事を諦めた。

これから戦場に戻らねばならないので、体力は温存したい。


自分で髪をポニーテールに結っていると、リリーが服を持ってきてくれた。

「お嬢様、ドレスを着られますか?」

「後で、練兵場に発散しに行くから、男装服で頼む」

「会議、会議で、お体を動かしたくなるお気持ちはわかります。はい、こちらに」


さすが長年の付き合いであるリリーは、シャツにスラックスにベストまで完璧に用意してくれていた。

話が早くて本当に助かると、ステラはリリーに向かいにっこりと笑んだ。


リリーに着付けを手伝ってもらいながらふと、自室のドアが少し開いていることにステラは気付いた。

気配は感じていたが、向こうもこちらの様子を窺い、飛び込む時を狙っているのがわかる。


ステラは小さく笑んで扉に向かって呼びかけた。

「ジョシュ。おいで」


「姉上!」

勢いよく開いたドアから、スタンレイ家4男ジョシュア・サムエル・スタンレイが現れて、ステラの胸に飛び込んできた。

「お久しぶりです!さきほど父上に姉上が帰宅されていると聞いて、飛んできました!」

スタンレイ男子の象徴であるプラチナブロンドにサファイアブルーの青瞳ではあるが、一族にはめずらしいくせ毛でやわらかな印象を与えるジョシュアは、子犬の様な眼差しでステラを見上げた。

「すまない。色々面倒ごとがあって、なかなか顔を見に行けなかった。ジョシュ、背が伸びたな」

「えへへ――—」

ステラに銀のくせ毛を撫でられて、嬉しいがすぎて幻影の尻尾までが見える気がする。


「姉上!朝食はご一緒できなかったけど、昼食はご一緒しましょうね!」

「————この後の会議の展開次第だな」

「え――――?!」

捨てられた子犬のような顔をして、目をうるうるさせる義弟のこの顔に、正直ステラは弱い。


「————夜までにはさすがに終わる?と思うから、昼がダメだったら、夜一緒に食べよう。いいかい?」

「はい!我慢します!!」

光り輝く満面の笑顔のジョシュアのくせ毛を、ステラはこれでもかと撫でてあげた。



今年で10歳になったジョシュア。

彼もまた、アイザックと共にステラの運命を変えた一人でもある。


アイザックとジョシュア。この二人がいなければ、ステラがスタンレイに入ることはもしかしたらなかったかもしれない。



「本当に、大きくなったな……」



あんなに小さかったのに。

初めてスタンレイ家を訪れたその日を、ステラは思いだしていた。

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