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46:レオナルドついに自覚する

幼い少女にふわりと優しくと頭を抱き込まれて、レオナルドは身動ぐ事も出来ないでいた。


振り払うのは簡単だ。

腕一本で突き飛ばすなど造作もない。


だと言うのに、レオナルドは動けなかった。

否。

動きたくなかったのだ。




相手は十は若い少女だ。

なのに、この胸を衝く郷愁は―――――幼い時にいつも飛び込んだ、母の穏やかな無償の温かさを思い出させる。




「――――何も聞かないのか?」

「何を、聞けと?」

ステラが小さく笑った。


「こんな得体の知れない異空間に、二人して閉じ込められたのも、何かの縁だ」

トントンと一定のリズムで背を宥めてくれるステラの手に、レオナルドは顔をあげた。



アメジストの瞳が柔らかく笑んでいる。



「落ち着いたか?」

「母が――――亡くなった時の夜は、月のない真っ暗闇の夜で」

ステラの目があまりにも真っすぐで、優しすぎて、綺麗で、直視出来なくて………レオナルドは再び顔を伏せた。



ステラの小さな懐は存外温かくて、微睡むみたいにレオナルドは目を閉じ、あの頃を思い出していた。



母上は、夜の闇が一番濃い夜半に息を引き取った。

自分はもう幼いとは言えない年齢になっていたとはいえ、十を少し超えたあたりで、誰よりも愛していた優しい母の死は衝撃以外の何ものでもなかった。



そんな家門最大の悲しみの時分に、レオナルドはスタンレイとしての初めての洗礼を受けた。

スタンレイ前侯爵夫人の崩御という隙を突き、レオナルドは誘拐されたのだ。




「―――――ど阿呆にも程があるな。お祖父様、世界を滅ぼす大魔王になっただろ?」

「うん。父上も兄上も、近寄れない程に、凄かったらしい―――――」

()()()?」

「俺は、わからないんだ。母上の亡くなった夜から、1年間の記憶が、ないから」



レオナルドを慰めていたステラの手が止まった。



「――――なんて言ったらいいか、ああ、ここみたいな感じだったと、思う。変な、異空間に閉じ込められていたらしくて、精神が、やられてしまった、らしい。父上は―――その辺のスペシャリストだから、見つけて貰って、解放―――されたのは、早かったんだけれど、意識が、自分の自我が戻るまで、一年位掛かったと後から聞いた」

自嘲して苦々しくも笑って見せて、レオナルドは小さなステラに我知らずしがみついた。


「記憶は、無くとも―――体が、覚えているのか………真っ暗なのは、ね?―――情けない話だ。スタンレイの次子ともあろう俺が」

「情けなくはない」

「皆んな、そう言ってくれる。そんな目に遭ったのならばと――――」

同情してくれる。

と続けようとしたレオナルドを、ステラは一刀両断した。



「精神にダメージを受けたままなら、仕方がない」



「―――――――――――っ仕方、ないって?」

そんなこと、今まで言われたこともない。

言葉の理解が出来ず目を白黒させるレオナルドに、ステラは「うん」とひとり頷いた。



「体に裂傷を負ったのと一緒だ。もう二度とそんな目に遭いたくなくて、自己防衛するのなんて、当たり前だろう」



よしよし。と両手でレオナルドの銀の髪を撫でて、ステラはお日様みたいな笑顔を向けた。






「頑張ったね。叔父上」






ステラのその言葉は、レオナルドの胸にすとん。と落ちてきた。

誰もが自分に向けてきた過去への同情ではなく、ただ、今の自分を見てのステラの言葉が、レオナルドの心の中にじんわりと広がった。


偉い偉い!と頭を撫でて、頬を撫でて、ステラが笑う。


「きっと、お祖母様が生きていたら、同じことを言うと思うよ?そういう人だったって、お祖父様に聞いた。中身が、私にそっくりだったって?」




目からウロコが落ちるとはこのことか?

そうだ。

この子は、敬愛し大好きだった母上に――――――言動が凄く似ている。




あの王国随一の魔王と呼ばれた父上を、尻で敷いて、顎で使った、あの母上に。




レオナルドは、ステラを見上げた。

じっと、彼女の顔を見つめる。

レオナルドがステラを真っ直ぐに見つめるのは、ステラがスタンレイにやってきて2年間で初めてのことだった。




「――――アイザックが、君を溺愛するのが、わかった気がする」




胸に、明かりが灯る。

もう、暗闇は怖くない。

君という、お日様を見つけたから。


アイザックより、早く会いたかったな。と思ってしまうのは仕方ないだろう?

もっと早く、ステラに、気付いていれば――――。


父上と兄上と、そうして、甥っ子の慧眼には敬服せざるを得ない―――――。




「兄上が私を溺愛――――?あり得ない事を言う」




ステラの言葉にレオナルドは首をひねった。

「だってさ、誰がどう見ても―――」

「兄上のあれは、そういうのじゃない。自己防衛?獣の生存本能っていうのか―――生きて行く上で必要で、その為に、私を手放せないだけだろう」


瞬間、ステラの表情が陰って見えたのは、気のせいか?


「そんなで、あんなになるわけがっ―――――」

恋愛適齢期にはまだまだ早いというのに、ステラに近付く男を、あれだけぶった切っているアイザックが、ただそれだけの訳がない。

「それはっ、ないだろう………」

「大切にはしてもらっては、いる。だが、それだけだ。勘違いしない様にと、それだけは、いつも頭に置いてる。いずれ市井に戻る時に勘違いしないように」



キッパリハッキリ言い切って、ステラはレオナルドの両頬を両手で引っ張って、とんでもなく悪戯気に笑ってみせた。



「にゃ、にゃにを」

「ここで転移魔術式を術式展開して、叔父上だけ王宮のゲートに戻そうとしたが、お迎えが来たようだ」



真っ暗だった空間に薄く白い線が稲妻みたいに描かれて、それが、バリバリと音を立てて、広がっていく。

「お祖父様か、王宮ゲートの専任専属魔法師が、来たみたいだ」

「――――――――これで、戻れる?」

大分広がったひび割れに振り返り立ち上がったレオナルドの背を、ステラの両手がとん。と触れてきた。




最初、触れてきただけのその手が、力を込めて、どん!と突き飛ばしてきた。




「えっ―――――?」

「叔父上は、戻ってください」

「ステラ――――――――――――?!」






・・・





レオナルドが気付いたそこは、王宮内にあるスタンレイ侯爵家専用の控えの間だった。



「「戻られた!レオナルド・ノーラン・スタンレイ殿が戻られたぞ!!」」

わあ!っと、声が上がるその中心に座り込んだ形で、レオナルドは顔を上げた。



周囲は近衛騎士に囲まれ、そして10人ほどの魔法士達が「首が繋がった」と息を吐き、緊張の冷や汗を拭っていた。





「レオナルド」





自分を囲む全ての人間を凍り付かせるような、魔王の声。

割れた人垣の中から現れた父ヘルベルトの隣には、兄ウィリアムと甥のアイザックの姿が在った。




「ステラは?」

険しく眉を寄せたアイザックの問いに、レオナルドは立ち上がり父と同じ目をした甥っ子に声を荒げた。





「お前が悪い!アイザック!!お前の態度がステラを()()()()()()()()………。決めた―――――――――――ステラは、俺が貰うからな!!俺が、あの子を生涯守る!!」


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