41:女性陣による第一回女子会
兄上は今日は帰って来そうもない。
王族護衛の任にある近衛騎士団に所属している兄上である。
宿直や要人警護の任にあたり、数日家に戻らず離れ離れになる日だってなかったわけではないのだが、今回は、何というか、心配?なのか、何なのか………。なんとも落ち着かなくてどうしようもない。
今回のようにいきなり襲撃を受けたり、嫌がらせを超える拉致監禁的な扱いを受けたり、突然ありえない場所に飛ばされたり―――冷静に考えると、よく今まで無事だったと思うが、そんな事例は度々あったステラである。
お祖父様に転移術を習ったのは、護身術の意味合いも強かった。
そのまま、魔の森に戻ることも出来て一石二鳥。との考えもあったが、それが出来た試しはない。
いつもいつもいつも………兄上が迎えに来てくれたからだ。
魔の森で初めて出会った幼い時に、アイザックが所持していた持ち主の居所を知らせるマーカーペンダントを、ステラも転移術を身に付けるまでウィリアムから持たされていたから、護衛任のネイト達が来ればよい事だったはずだ。だというのに、アイザックはいつもステラのピンチには文字通り飛んできたくれた。それも、誰よりも早く。だ。
「兄上が来ずとも良かったのでは?」と尋ねたことは、かなりの回数に上るけれども、兄上はいつも小さく笑うだけ。
そんな兄上が、今晩は戻らないという。
自分が今感じている、この落ち着かなさの正体はわかっている。
―――寂しい。のだと思う。
「アイザック様は、いつから―――えっと、あんなにステラ様に対して、その過保護なのですか?」
「あれはね、過保護というよりは執着が120%なの」
ビアトリスの問いかけに対する、母上の返答が―――――――――それは身も蓋もないと、思います。
「わたくしが思いますに………120%でも、甘いのではないかと……」
「あら、バレているのね」
いつもと変わらないコロコロとした可愛らしい笑い声を上げて、母上が「ビアトリス嬢に10ポイント!」と声と手を上げると、侍女のリリーがうちのシェフ渾身のオレンジチョコデザートを捧げ持ってきた。
―――いいなあ。それ、美味しいんだよね。
暖炉前の毛足の長いふわふわのラグに大量のクッションを並べてごろ寝しながら、女子会に耽る母と友人を羨ましく見ながらも、ステラはベッドの上で末っ子4男の背中を優しくとんとんしていた。
今夜は母上主催の「女子会」とやらに朝まで参加する予定だったのだが、「一緒にお休みするお約束でした」と可愛い末っ子に詰め寄られれば、白旗を上げるしかない。
ジョシュが「僕の敵になりそうな相手はいなかったので、敵陣営からは引き上げてきました」と、満面の笑顔で現れたのは、ついさっき。
「敵陣営ってなんなんだ?ジョシュ」
「内緒です」
尻尾を振った子犬の様な懐っこい笑顔できゅう!っとくっついてくる末っ子が、可愛いくて可愛いくて。もうメロメロです。
「………末っ子様が一番の強者ですのね」
「ビアトリス嬢に100ポイント。それに気付くとは、貴女凄いわね。スタンレイ本邸とタウンハウスの自由来訪年間パスポートを私名義で進呈するわ」
「ありがとうございます!!クロエ様っ!!」
向うの盛り上がりが、わからない……。
「うちの兄上が、かなりの重症度合いでステラ様にノックアウトされましたが、前途は暗いですね。そもそも、セオドア王子殿下とレオナルド騎士団長が前哨戦で、その後にアイザック様。最終戦はスタンレイ侯爵様と前侯爵様のダブルラスボスですもの。無理なのは見えてはおりましたが。更に強敵がこちらにいらっしゃるとは」
ノックアウトってなんだ?
ヴィクター殿と手合わせなんてしていないが。ああ、でも彼の立ち姿と体幹を見るに剣筋は良さそうなので、一度手合わせさせて欲しいな。今度ビアトリスに聞いてみよう。
ジョシュの体温が心地よくて、ステラが遠のく意識の中でそんなことを考えていたら、母上の声が続いて聞こえてきた。
「あら。宝くじは買わないと当たらないのよ。まずは名乗りを上げてもらわないと判断のしようもないわね。ただ、スタンレイから我が娘を奪い去るのは、難しいとだけ、お伝えしておくわね」
「確実に無理ってことですね?」
「あらあら、本当に素晴らしいわね。ビアトリス!更に倍率ドン!よ!!」
母上のお言葉の意味が、本当にわからない。
ぼんやり頭の隅でそんなことを思っていたら、ジョシュの柔らかな手が頬を撫でてきて、ステラはついにとろとろと眠りの淵に落ちてしまった。
ジョシュの手で頬を撫でられることに、ステラは昔から弱かった。
生まれたての赤ん坊だったジョシュの紅葉の様な手で頬を撫でられ、初めてアイザック以外の人がいる場所で眠ることが出来た―――あの時から―――。
「―――お休みください。姉上」
「あらあら。どちらが寝かし付けているのかしら?」
相変わらずコロコロと笑うクロエにそうっと上体を起こして、ジョシュはちろりと母親を睨んだ。
「姉上はご自身では気付いていないようですが、かなりお疲れです。早く休ませて欲しかったのですが、騒ぎ立ててはいけませんよ、母上」
「だってねジョシュア。ステラとは女子トークなんて絶対出来ないじゃない?ビアトリスと恋バナが出来て、母様とっても楽しいのよ」
ね?と微笑まれて、ビアトリスが顔を明るくする。
「わたくし!ステラ様とセオドア殿下の出会いとか、レオナルド様との出会いとか!お聞きしたいです!!あんな美麗で素敵なステラ様と、王宮でも美形と名高いお二人の出会いの場面をどれだけ妄想―――もとい!お聞きしたかったか!!ここ最近の情報は満載ですのでいくらでもお話しできます!クロエ様!!」
「あらまあ、本当に良い子ねビアトリス!あることないこと話して差し上げるわね!」
ステラの事を本当の娘と同様に大切に可愛がっているクロエではあったが、唯一、ステラとは叶わない母娘間での夢の会話がある。
それは―――――――――――「恋バナ」である。
クロエの求める女子トークの最高峰、「恋バナ」。
ビアトリスという最高の相棒を手に入れたクロエと、そっと傍らに控えるリリーー実はその手の話が三度のご飯より好きーが不敵に笑った。
「――――付き合いきれません。僕は姉上と先に寝させて頂きます」
「あら、ジョシュア。敵の情報は確実に抑えておいた方が良い。って、男性陣に交ざってきたお前とは思えないわね~。いいの?聞いておかなくて。あなたの知らない情報も、公開するわよ?」
クロエの言葉に、ステラの傍らからスタンレイの末っ子が瞬時に起き上がった。