38:ステラ襲撃の答え合わせ1
スタンレイタウンハウスに飾られた氷柱群。
それらをぐるりと見渡して、大きく息を吐いた父上の表情は暗くて硬い。
「事の顛末は、おおよそ伝達を受けた―――」
そこから父上の言葉が続かない。
誘拐犯と暗殺者に狙われてナンボ。の、スタンレイ家トップの父上が口を噤む。
それだけ、今回の襲撃がかなりの大事ということなのだろう。
兄上の脅迫と追い込みでベルトランを伴ってタウンハウスに転移してきたら、大ホールには、黒装束の男達の氷柱が居並び、その中央の一番目立つポイントに恐れ多くも第二王子殿下が大慌てな間抜けな顔で天を仰ぎ凍り付いておられた。
これは、しばらく解凍する気がないな。流石ですお祖父様。などと頷いて見ていたら、渋面のお祖父様が「無事だな?!」と全身を確認してきた。
「無事です。ご心配をお掛けしました―――」
「お前が無事ならそれでいい。アイザック」
「――――重要参考人は確保しました。始めましょう」
お祖父様と兄上は周りを置いてきぼりにして、どんどんこの場を纏め上げ進めていく。
二人は思考回路が一緒らしく、最低限の言葉を取り交わすだけで理解し合えるのは知っておりますが、皆は、ついていけてないですよ。
「どうなってる?」
セオの疑問はもっともだ。
「そっちはどうなってたんです?こっちは、森に行って肉祭りして戻ってきたっす」
ネイト………。自国の第一王子にその言葉使いはアウトだろう。
「教授が襲撃者12名のうち4名を泳がせて残り8名を御覧の通り氷漬けで連行した。我々は教授に、こいつらがどう現れたのかの状況説明をしていたところでした」
「ステラ様!無事で良かったです!!」
兄ヴィクターを押しのけて、ビアトリスが飛びついてくる。が、それをアイザックを彷彿とさせる力技でべりっと剥ぎ取り、イーサンがぎゅうっとステラを抱き込んだ。
「本当に無事で良かった。ステラ」
「心配したか?」
「当たり前だ。で、あれは一体なんなんだ?」
イーサンの鋭い視線にネイサンが眉を寄せる。
「ステラを飛ばした襲撃者の正体が、ウィスラー公爵家の嫡男だった」
ネイサンが睨み据える先には、フードと仮面は取ったが黒装束のままのベルトランの姿があり、全員の表情が陰る。
「ステラ―――無事だな?!」
「父上?!」
文字通り飛んで帰宅してきただろう父上にイーサンごと抱き締められた。
「いつもレベルのことと、私は思っていたのですが………父上までご足労頂き申し訳ありません」
いつも誰かしら誘拐や襲撃の危機にさらされるスタンレイ侯爵家である。
自分的にはあまり大事とも取らず「いつもの襲撃」と達観していたのだが、父上が緩く首を振って、ホール内に居並ぶ氷柱を見渡した。
「事の顛末は、おおよそ伝達を受けた―――」
微かに目を瞑り考えを纏めるように逡巡すると、父上はするりと視線を流し、その先でこちらを窺っていたクレセント兄妹に向け口を開いた。
「ここから先は、君達は引いた方が良いだろう」
「わたくしはステラと共におります!!」
「我がクレセント家が、旧王兄派であることが、障害であるということですか侯爵閣下?」
ヴィクターの言葉に微かにも表情を変えない父上ではあったが、無言が肯定となる。
今回の襲撃が旧王兄派であることが確実だと、これでわかる。
父上だけでなく、あの祖父と兄上の刃の様な気配からも、何かしらの先触れはあったのかもしれない。
「―――――っ」
悔しそうに顔を歪めるビアトリスの頭をぽんぽんと優しく撫でて、ヴィクターが父上に向かって騎士の礼を執った。
「私を如何様にもお使いください侯爵閣下。私が、先日より第一王子殿下の近衛に付いたのは我が命を懸けての覚悟を決めての事。両親と旧王兄派の方々は、諜報の意味を持っていると考えているようですが、私の考えは真逆。身命を賭し、セオドア殿下をお守りする所存です」
その宣誓は、旧王兄派の家と両親を捨てる覚悟をもっての言葉であり、彼が、現王家への忠誠を志した決意でもあった。
深く礼を執るヴィクターからは文字通り命を懸けての気迫が感じられた。
「随分と急な方向転換だ。その心は?」
押し問答の問いかけを軽く返す父上に、深く頭を下げたままヴィクターがきっぱりと返答した。
「我が家門は腐っても武門家。愚か者に我が剣を捧げる気はございません。そして―――」
顔を上げ真っすぐに父上の目を見つめ、ヴィクターが背を正した。
「ご息女の剣に惚れました」
「お兄様?!」
えらい!!と兄の腕を叩いた後、ビアトリスも背を正すと、父上に向かい淑女の礼を執った。
「「我ら兄妹。スタンレイ侯爵閣下の影となり現王家を守護する剣となります」」
それは王弟派であるスタンレイへの従属宣言だ。
家を捨ててまで、そんな簡単に自分の人生を選んではいけない。
「二人とも―――そんなに簡単に自分の命運を掛けてはいけな―――」
「ステラは美しいだけでなく、可愛くて、可憐で、剣技なんて、舞踏のようで見惚れるしかないのだが。君たちもその沼に落ちてしまったのなら、仕方がないね」
「――――――――――はい?」
父上、一体何の話を始めてるんですか?
「「――――また敵が増えた。大人しくしてくれよ、赤狐?」」
「五月蠅いですわよ鬼双子!!」
「我が剣は貴女に捧げたいのですが、お許しいただけますか、ステラ嬢?」
膝を突こうとするヴィクターの頭に父上の手刀が入った。
「許すわけがなかろう」
また、わちゃわちゃしてきた。
結構な緊迫の場であるとは思うのだけど、うちっていつもこうだよな。とステラは頭を抱えるしかなかった。
「ひとまず、君らの覚悟はありがたく受け取ろう。二人の身柄は、スタンレイの名に懸けて必ず守り抜くことを約束するが、無茶だけはしてはいけないよ。いいね?」
父上の言葉に二人が目を瞬かせる。
わかるよ。そんな言葉を掛けられるとは思ってもみんかったんだろう?
父上は貴族界では「喧嘩を売ってきた相手は全て消す」恐ろしい人と言われているけれど、本当は優しい人なんだ。わかってもらえると、本当に嬉しい。
「自分の命を一番に考える事。それだけは、確実に守るんだ。それも約束して欲しい」
「「は、はい!」」
二人が感激に頬を紅潮させ頷くのを見て、父上は一つ息を吐くと氷柱の中で馬鹿面をさらすデイビットを呆れたように見上げた。
「クリスがどうして馬鹿を養子にしたのか、どうして放置しているのか、まったくいつになったら自分の立場を理解するのか――――――呆れるしかないが、馬鹿の処遇はクリスから任された。問題は、あっちだ」
クリスってもしかしなくても「クリストファー王陛下」の事ですか?と血の気を下げるクレセントの赤い兄妹に構わず、父上は何やら動き出した兄上達の方に視線を投げた。
さらりと本題に入りましたね?父上。
お祖父様と兄上は二人して役割を分けているようで、お祖父様が黒装束をひとり解凍し、凍るような魔王の声音で詰問。相手の反応の如何によって、即時、兄上が氷柱に戻す。次の黒装束をまた一人解凍し―――――そんな、繰り返しが続いているようだ。
並び順を見るからに、次でラスト8人目。
ラストの8人目が氷柱にされ解凍されたことにも気付かない様に目を瞬かせた。
学院に居たはずが、目の前に広がるのは見たこともない邸宅の大ホール。自分達で狩りをしていたはずが、今の状況は狩られる方。
何がどうなったのか。理解できないのもわかる。
しかし、可哀そうに………凍ったままの方が幸せだったろう。今度は地獄の業火で焼かれる番だ。