34:ベルトランが泣きそうです
「「ベルトラン・ブリザック・ウィスラーを、何故愛称呼びしている?」」
兄上とネイサンの剣幕がすごい。
口を滑らした、自分が悪い。わかっておりますとも。
「今まで、多面的に考えてお伝えしてきませんでしたが―――」
兄上のお怒りへの弁明が敬語になってしまうのは、常の事ではあるが、今日は、いつもより言葉を選びこれ以上火に油を注がない様にいつも以上の注意を払わなければ、ベルトランの命は引き続き風前の灯火だ。
兄上の目を見れば分かる。返答によっては、即この場で殺す気ですね………?
それはいけません。絶対にいけません。
ベルトランは、王家とも血が繋がるウィスラー公爵家の嫡男である。
その嫡男をスタンレイ侯爵家嫡男が無礼討ちだなんて、国家レベルの大問題になる。ヤバいにも程がある。
ステラはベルトランとの数度の邂逅を正直に、されども、アイザックの怒りに燃料投下しない様に可能な限り穏便に話し始めた。
ベルトランと顔を合わせるタイミングは大体において、デイビット第二王子か、または、第二王子とウィスラー令嬢がセットとなるパーティやお茶会の席で準備されるステラへの度を超えた嫌がらせが発端となる。
デイビットの側近でありウィスラー令嬢レティシアの実兄でもあるベルトランは、その嫌がらせの場にほとんど居合わせるので、最初の邂逅であったワームホール落下事件からこっち、幾度となく彼らの危険水域からステラをギリギリ回避させてくれていた。もちろん、ワームホールを用いて。だ。
それは一瞬の時もあれば、数分、数十分の時もあった。
ワームホールはベルトラン作成で転移術も彼のものだから、回避中は共に過ごすことが多い。
ベルトランは話してみれば大貴族の嫡男としてより学者みたいな気質が強くて、全てのしがらみがない中での会話は正直楽しいものでもあった。
何故助けてくれるのか?真意は未だわからないが、ベルトランはいつも自分を助けてくれる。
そんな中で、お互い気心が知れ呼び合い始めた愛称で、他意はない。
そう話尻を締めたステラにアイザックはひとつ息を吐き、申し訳なさ気に見上げるステラの身をネイサンに預けると、腰に帯びた剣をスラリと抜き、刀身をベルトランに向け振り抜いた。
「あの時から数回このような事態があったと。そういうのか?」
あの時とはどの時ですか?とかの軽口は、今は発する余裕がない。
何故なら、地べたに尻餅をつき兄上を青い顔で見上げるベルトランの喉元に、刃先が今にも刺さりそうだ。
兄上の本気の殺気に、ぶるぶる震えるベルトランは声を発することも出来ず、微かに頷くのが限界だ。
「ネイサン」
「第二王子とウィスラー令嬢絡みで、僕の視界エリアからステラが消えた回数は、記憶にある限り、12回。今回を含めると、13回です」
兄上の氷の様な声にネイサンが瞬時に回答する。
ネイサン。事実ではありますが………即答できるなんて驚きです。
「ベルトラン・ブリザック・ウィスラー」
兄上の声は地鳴りの様だ。
未だかつてこんなに怒っている兄上を見るのは、これが初めてかもしれない。
「まさか、ステラに愛称を付けてないだろうな?返答次第によっては、斬る」
ええっと、そっちですか兄上?
うん。ベルトラン。
取り敢えずここは左右に首を振っておいて。
ここを頷くと、命が危ない。
「―――偽りはないな?」
首がもげそうな位に前後に頷くベルトランをひと睨みして、アイザックは剣をおさめ身を返すと、ネイサンの腕から自分が預けたはずのステラを奪い取った。
ふわりと抱き上げられて、いつもと同じく膝上に抱え込まれる。
お怒りは解けたのか?とそろりと見上げてみると、兄上がこちらを見てパカッと口を開けた。
「ええっと、どうぞ?………生憎、デイトーではなく鹿肉ですが―――」
手に持っていた串刺し肉を「あ~ん」する兄上の口に運んでみたら、キレイに咀嚼し平らげて、兄上がまた口を開く。
はい。おかわりですね。
―――了解しました。
しかし、これは一体、なんなのかな?
「ステラのバーベキューは絶品だから、冷えては勿体ない。ウィスラー公子が毎回ステラを助ける真意と、黒装束軍団の聴き取りは、食後に行う」
食後――――――。
それで、いいんだ。兄上………。
まあ、スタンレイたる者狙われてなんぼなので、そんな感じになりますよね。
「兄上だけずるい!ステラ!僕にも『あ~ん』して欲しい!」
ネイサンが手を伸ばしてくるのだが、兄上の腕の中にすっぽり抱き込まれてしまい、目の前には兄上の胸板があるのみ。
「――――ネイサン、ステラに手を出し過ぎだ。引け」
「引きません!僕はもう兄上に遠慮はしません!」
兄上のベルトランへのお怒りは治まったようだが、今度は何でかネイサンが怒り出して兄上に絡み出した。
我々三人の惨状に、ベルトランがどうして良いか分からず地べたに倒れたまま凍りついているのが視界の隅にちらりと見えた。
すまん。ベル。
これがスタンレイの日常なんです………。
さっきからの追加になりますが、もうちょっとだけ、時間貰って良いですかね?
だけれども、いつもならば、この騒ぎが起こるとこの辺りでもう一人追加人員がやってくるのだが、今回は所在地が特定出来ず来れないのだろう――――――。
何て思ってたら、甘かった。
「お嬢のバーベキューだ!!」
―――お前もやっぱり来たのかネイト。
バーベキューやってると、100%の確率で現れるネイトの登場に、ステラはもう笑うしかなかった。
「なんすかその顔?俺はお嬢の護衛ですよ。飛んでくるのが当たり前じゃないですか?!」
それらしいこと言いながら、すでに両手に何本の串刺し肉を持っているのだ、ネイト?
本当に好きだね肉祭り………。
「向こう」にはお祖父様が居られるから、ベルトランの転移術の術式の残り香からこの場所の特定を行って、兄上達を送り込んできたのは、わかる。わかるが、ベルトランが今にも泣きだしそうです。
すまない、ベル。
スタンレイは、いつもこんな感じです。