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31:ステラ・イン・ワンダーランド?2

「わあっ――――――!」


やってしまった。

なんでまた、公爵家の人気のない庭園の外れの生垣に、落とし穴みたいなワームホールがあるのだい?

普通はそんなものあるとは思わないでしょう。


ステラは瞬時に風魔法で落下速度を落とそうとしたが、魔法を使う間もなく次の瞬間には周囲がぐにゃりと変形し、開けた広い世界に体ごと放り出された。


ばしゃあん!と水音が上がり、落ちたな。と思った時には水中にいた。

青い水中から見上げた水面の遠く向こうに、銀盤みたいな月がキレイに見えて、この水、透明度が高いな。なんてぼんやり考えてしまう。


満ちた月の形状と夜空に浮かぶその位置から察するに、ワームホールで場所は飛んだが、時刻の変化はないようだ。


ステラは手足を使い水を掻きゆっくりと水面に浮上した。

顔を水上に出して一息ついてから、大きく一呼吸して、辺りを見渡す。

どうやらここは、森の中の泉のようだが場所はさっぱりわからないし、心当たりもない。


そもそも、人為的に作られたワームホールから選別されて泉に落とされた感が強い。

普通の世界なのかも怪しい……。


「ひとまず、ドレスを双子に返却してきてよかったな」


最初に思ったのはそれだった。

ドレスなんて着ていたら水を含んで重しになって、水面に顔を出すだけでも一苦労だったに違いない。


両手を合わせて魔法術式を詠唱してみる。

両手が青く発光し魔術が発動し、青い光が全身に広がりステラを包んでいった。


「魔法が発動するなら、なんとかなるな」


何かの罠ならば、魔法無効化の術式展開があったりするが、この泉はそうではないらしい。

魔法が使えて、首にはペンダントトップに縮小させた師匠の剣があれば、どうにでもなる。


およそ7歳の子供の考えることではないが、ステラは自分に降って湧いた危機はだいたい済んだと達観していた。


先の術式は浮遊の魔法属性の変形で、人の体積を水より軽くする。

ステラはするりと両方の手の平で水面に乗り上げ、塀に上る要領で水面にあがった。

月明かりに照らされ風に揺れる水面はひんやりしていて、裸足の足に気持ちが良い。


氷の上を歩くようにひたひたと水面を進んでいると、向かう先の湖畔にいつの間にか人影がひとつ現れていた。


背の高さから推測するに、自分より少々年上の少年らしいとわかるが、月明かりに照らされたチョコレート色の髪には、残念な事に見覚えがあった。


やだなあ。

それが今の率直な考えです。


チョコレートみたいな髪色の少年なんてひとりしか該当者はいない。

ベルトラン・ブリザック・ウィスラー。

いつも、デイビットの右後方45度に控える、ウィスラー公爵家の嫡男の姿に、ステラは反転し駆け出そうとした。


「―――待って!」


正直待ちたくないが、状況が状況だ。

ひとまず場所の把握のために、ちょっと乗ってみるか。と振り返れば、彼は泉にばしゃばしゃと駆け込んで胸まで水に浸かり、申し訳なさそうに眉を八の字に寄せてステラに手を伸ばしてきた。


「ここに落ちたということは―――うちの庭に僕が作ったワームホールに落ちたのでしょう?」

その顔には、嘘の色は見えなかった。

「―――――作ったって、凄いな。転移魔法が得意なんだ?」


浮遊魔法で水面をすいすい歩いている自分を棚に上げてそんなことを尋ねるステラに、ベルトランは瞬間きょとんとして、次に破顔した。

「ええ、転移魔法は得意な方ですが、水面を歩くなんて僕にはできませんよ。ステラ嬢。その姿で……庭に来たということは、殿下か僕の妹が、また何かをしでかしたのですね……」


殿下と貴方の妹君の両方にやられそうでした。というのは置いておいて、ステラは直近の疑問を水面に立ったままベルトランに尋ねた。


「ウィスラー公爵家主催の夜会中に、嫡男の貴方がここにいるってことは、日付が変わってるのか?」


パーティー会場で、デイビットにいつも影のように付き添っているベルトランの姿がない事には気付いてはいた。

夜会主催家の嫡男として、公爵夫妻と共に責務を果たしているのかな。なんて軽く考えていたのに。あのワームホールは時間軸も超えるのか?

うむむ。と腕を組むステラに、ベルトランは首を振った。


「いや。変わってないよ。同日の同時刻だ。あのワームホールは場所移動だけの機能しかない。時間軸を変えるような大それた魔法なんて、僕が出来るわけがない」

「なら、どうして夜会に出ていないんだ?」

次代の公爵たる公子が夜会にも出席せずに、びしょ濡れ姿でこんなところにどうしているのか?

ステラのストレートな疑問にベルトランは苦笑を洩らした。


「理由は簡単だ。僕の母上は王族の出自だからデイビット殿下に甘くて、王族の金髪緑瞳の容姿を持って生まれた妹にもとても甘い。今日の夜会に子供枠が出来たのは、あの二人が君を貶めようと画策したからだ。それに反対して、二人の言うことを聞かなかった僕は、夜会出席は不要と自室での謹慎を申し付けられた」


ウィスラー公爵夫人は現王の姉で公爵家に降嫁したが、貴族社会にはびこる王族至上主義者の最筆頭だ。

そのプライドの高さから、自身の産んだ嫡男が一族で誰一人いない濃茶の髪にグレーの瞳を持ち生まれたことが許せず、虐待に近い状態に置き、自分そっくりの容姿と色を持つ娘と、亡き王兄の忘れ形見であるデイビットを盲目的に愛す、大変痛い人。

と、スタンレイの母上に聞いたことがある。


だからいつもデイビットの右後方に居て、あの馬鹿ったれ王子と気位が異常に高い公爵家令嬢に顎で使われているのか。と納得した記憶がステラにはあった。


「どうして反対したんだ?」

いつものようにあの馬鹿ったれと高慢ちきな公女に適当に頷いていたら楽だったろうに。

王宮での襲撃の時だって「ごめん」と呟いてくれたものの、剣を向けてきたのは君ですよね?


少々の冷たさを含んだステラの目に気付いたのか、ベルトランは表情を曇らせた。

「僕にも、良くわからない」



「うん。そういうこと、あるよな」



ステラの言葉に、ベルトランは虚を衝かれたように、目を見開いて顔を上げた。

「自分の事だって、全部わかるわけじゃない。なんでそんなことしたんだろ?って考えること、私にもある」


なんでアイザックの言うとおりにスタンレイに留まっているのか、ステラにも自分がわからない。

本気で逃げようとするならば、なんとかなる。とは常々思ってはいるのだ。

だけど、本気になってないのかな?と自分で思うときも、正直ある。

スタンレイ家の居心地が良すぎるのが、悪いのだ。



「私たちはまだ子供だ。わからないことがあるのは普通で、当たり前だ。色んなことをして色んな間違いをして、自分の生きたいように、大人になればいいんだ」



ステラの言葉を瞬きもせずに聞いていたベルトランが、震える唇を数度開いて、選んだ言葉を嚙みしめるように小さく呟いた。

「自分の、生きたいように―――大人になれば、いいの?」

「うん」

「本当に?」

「オレが保証する」


きょとんとベルトランが首を傾げる。

「オレ―――ってステラ嬢……?」

「ああ、わたし。だ。一人称がいつものに戻ってしまった。忘れてくれ。母上にこれだけは怒られるんだ」

お願いするのに上からはマズい。と考えたステラは浮遊魔法を解き、ドボンと水中に飛び込むと、ベルトランの手を取った。

「頼む」

「わ、わかった?―――忘れるよ。約束は、守るよ」

ベルトランが首を捻りながら頷いてくれた。

うん。君は母上のお怒りを知らないからな。


「―――そんなことより、()()()()()とは。うらやましいな」

話題を変えようと、あえて「自室に監禁」を引き合いにして、泉の周囲の深い森を見渡してにっこり笑うステラに、ベルトランは頬を染めて目を逸らした。

「自室のベッドには身代わりの張りぼてを置いてきた。ここは僕の隠れ家なんだ。自分が自分らしく居られる唯一の場所なんだ」

「いいな」

「うん。誰にも教えてないけど自慢なんだ」


身長の違いで首まで水に浸るステラを抱き上げて、ベルトランは「でも」と続けた。

「あのワームホールは僕しか通れない様にしておいたのに、どうしてステラ嬢が落ちたんだろう?」

「生け垣を飛び越えたら地面がなくてそのまま落ちた。ベルもいっつも泉に落ちてるのか?」


ベルトランの顔が夜の闇の中でもわかるほどに、真っ赤になった。


「?」

「べ、ベルって――――」

「ああ、ごめん。気安く呼んでしまって。ベルトランも、いつも泉に?」

気軽に愛称みたいに呼んではいけなかったのか?公爵家だものな。とあまり考えずにいるステラに対して、ベルトランの顔は更に赤味が増してきているようだ。


「い、いや。僕は、湖畔の魔法陣に降りれる。たぶん、僕じゃないイレギュラー分子だから泉に落ちたんだと、思う。けど、よくわかんないな。そもそもなんでステラ嬢が通れたのかも………」

「転移魔法のイレギュラーか。オ、わたし、良く、生きてるな?」


自分でもわかる、凄い笑顔をしてしまったと思う。


「――――――――っ!」

ベルトランがこれ以上の赤はないという位の赤い顔で、凍り付いてた。






あ、やっぱりこの顔。ヤバいヤツなんだな。とあの時は思った。

見た者を凍り付かせるから見せてはいけないと、自分以外には絶対に見せるなと。アイザックに厳命を受けていた。あの頃。

その言葉を信じて笑わない様に注意していたのは、何歳の頃までだったろうか?






あの日、もう一つ追加で忘れてくれと、確かベルトランにお願いした気がする。






焚火の炎の揺らめきの影の様な襲撃者を見つめて、ステラは静かに口を開いた。

「ああ。申し訳ないけど―――三回目の正直で、今の顔も、忘れてくれるか?」

ステラの言葉に、対峙する黒装束がびくりと体を震わせた。


「誉れがどうこうより、生きたいように生きてるか、ベルトラン?」

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