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29:アイザックの慟哭

アイザックの腕の中から、ステラが消えた。


ステラの温もりと質量が、一瞬にしてアイザックの腕の中から消失し、(から)になったその腕の中を、両の掌を見つめ、アイザックの雰囲気が豹変した。


今のアイザックは、抜身の刃と同じ。

近寄れば、絶対零度の氷の刃で誰であろうと切り付けられる。


もともとステラの前以外では表情というものが無いに等しいアイザックが、今はもうその二つ名のまま、本物の白銀の彫像と化した。

凍り付いた美貌は仮面のように動かない。




アイザックが、ゆっくりと黒装束の闖入者達を一蹴するように睨め付けた。




闖入者達は心臓に氷を突き刺されたように全身を震わせ硬直したが、ターゲットを消し任務完了とこの場を離れようと身を翻し、転移準備の為杖を高く掲げ転移魔術の詠唱に口を開いた。


だが、その希望は、叶わない。


アイザックの暗青色の深いサファイアの瞳が暗く澱み、瞳孔が銀色の光を帯び縦に割れた。

それが呼び水となり、闖入者達に、鋭い切っ先を持つ銀色の幾千もの氷柱が降り注ぐ。

全身を撃ち、射て、刺さる、銀の氷柱は、足の甲をも貫通し、彼ら全員をその場に縫い留めた。


「「ぎゃあああっ――――!?」」


全身から血を吹き出し、黒装束がどす黒い血に塗れていく(さま)を氷の仮面で冷たく見つめ、アイザックはぽつりと呟いた。




「――――――――ステラを戻せ」




『暴走』を超えた、『変貌』。

あってはならないアイザックの変化。

息をすることも困難な極寒の空気に、呟く言葉も凍てつく。



アイザックの変貌を目の前に、ヘルベルトは味方に防御壁の守りを施しながら息を吐いた。


まあ、よくもここまで、全てにおいて自分とそっくり同じ人間がこの世に生まれたものだ。

ヘルベルト・カール・スタンレイ元侯爵は孫息子をそう評す。


有ろう事か、自分の腕の中からステラを奪われたのだ。

この場の闖入者を全員瞬時にミンチにしなかっただけ、大人になったと褒めてやれる。


「「「――――――――――っ」」」


双子弟と、王子殿下、クレセントの赤い兄妹は、初めて見るであろうアイザックの『変貌』に血の気を無くし言葉も出ない様子だ。


「ああ見えて、まだ理性は残っている。大丈夫だ」

「「「あれでっ?!」」」

ヘルベルトの言葉に、全員が目を剥いて声を上げる。


当たり前だ。

アイザックの理性が本気で飛んでいたら、この場に居る()()が、一瞬であの世行きだ。

ステラの『竜使い』の称号は伊達ではない。

荒ぶるアイザックを宥め止めれる者は、この世にステラのみ。


自分にとっては亡き妻がそうだった。

だからこそ、幼い頃からアイザックには「()()()()()()()()()()()()」と教え込んだ。


スタンレイの始祖は人ならざる者だった。それは、代々の当主のみに口伝で伝えられる伝承である。

そしてその血は、幾年(いくとせ)の世代を経てスタンレイに戻るとも―――。


先祖返りとも云われる始祖の血を持つ者は、家系図を調べても数人しか存在を明らかにされていない。

ヘルベルトが生まれた時は、200年ぶりの光臨だったと父から聞いた。

だというのに、たった二世代を経て、アイザックが始祖の血を持ち生まれたことは、ヘルベルトにとり衝撃以外の言葉はなかった。


自分と同じ、人が持つべきではない巨大な魔力を、自分を理解してもらえない辛く苦しい悲しみを、アイザックも負うのか―――。と、できうる限り助けとなれるよう、動いてはきた。

自分は、25歳で妻に会うまで慟哭の中にいたからだ。




だが、ヘルベルトの心配をよそに、アイザックは9歳でステラを見つけた。

いや、見つけたというより、ステラが、アイザックの前に現れた。

奇跡という他、なかった。




そのステラを、奪われた。

アイザックの慟哭は、深い。

表情一つ変わらず、声も上げないが、わかる。


空気が震えている。

今すぐ返せと、血の涙を流している。


ステラを射たあの閃光は、転移魔術だとヘルベルトにはわかった。

もしも、ステラの存在を消す魔術であったのならば、この学院は一瞬で消滅していたかもしれない。不幸中の幸いである。




小さく苦笑いを溢したヘルベルトに、ビアトリスがヒステリックに声を上げた。

「笑っている余裕なんてないですわ!!何とかしてくださいませ~~~~!!」




クレセントの令嬢はなかなかに度胸があるな。ステラが「友達」と称するだけはある。

今度こその笑顔を浮かべ、ヘルベルトはその両手を上げた。


「閃光の転移魔術のおおよその座標は読んだ。行け、アイザック」


ヘルベルトの描いた魔術術式展開図に、アイザックは返答もせずに飛び込んだ。

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