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28:スタンレイの誉れ

『僕はね、王都では王様の右腕の魔剣士をしていたんだよ』


この一言の中には、聞きたい単語だらけだった。


『おうとってどこにある?』

『おうさまってなに?』

『みぎうでって、みぎうでは体にくっついてるだろ?』

『まけんしってなに?』


立て続けに質問すると、師匠は面白そうにけらけら笑った。


『ステラは良いね。まっさらで真っ白だ。これから世界を学んで、ステラの正しいと思うことに突き進めるように、()()()()鍛えてあげるからね』


最初の方はありがたい言葉だったとは思うけど、最後の方は、背中が冷たく寒くなって震え上がった。

大丈夫大丈夫。と笑いながら背中をぽんぽんされてほっと息を吐いたというのに、師匠は表情を陰らせて、続けて言った。


『王都には、怨嗟(えんさ)の闇の魔物が居る。()()()()()は、僕のマブダチが払ってくれたはずだけど、きっとまた、()()は蘇ってしまう』


いつも朗らかで明るい師匠の顔が、鈍い光を放つ(やいば)のような暗い眼差しに変わって、心臓がぎゅっとした。

これは、怖がらせようとしているわけではない、真実を教えてくれていると、幼いながらにステラは理解した。


『本当は、僕が全部片付けるつもりだったんだけど、人生って思うようにいかないね。良かったら、ステラが僕の意思を継いで、片してくれたら嬉しいなあ』

『――――それは、ししょうの願い?』


怖い。と思う。

この魔人のように強い師匠が片付け残したモノを、自分が消し去る事などできるのだろうか?

震えるステラに、師匠は軽く首を振って安心させるようににっこりと笑ってくれた。


『ステラがやろうと思ったらでいいよ。強制じゃない』

師匠はそう言うと、ひょい!とステラを抱き上げて、光を見上げるように幸せそうに笑ってくれた。



『僕のステラへの願いは、男どもを薙ぎ払いぶっ倒す、ぶっちぎりにかっこいい女に育って欲しい。ってだけだからね』




◆◆◆




「――――――し、しょう………?」


目が覚めた場所は光も差さない深い鬱蒼とした森の中で、正体もわからない獣たちの息遣いが聞こえてくる。

スタンレイに引き取られるまで生きた魔の森に似ていると思うと、ステラは恐怖も湧かない。


縮小の魔法でペンダントトップに模倣させた師匠の剣は、変わらず銀のチェーンに下がっている。

我が身から離すことはない。師匠から引き継いだ、大切な剣。これがあれば、大丈夫。

首元のそれを右手指で確認し、ステラは身を起こした。


さっきまで、確かに学院の西棟脇にいたはずなのに、今は、人工物など一つもない森の中だ。

深い森には光も差さず、あれからどれくらい時間が経ったのか見当もつかない。


「飛ばされた………と考えるのが妥当かな?」

独り言ちて、ステラは立ち上がりう~ん!と両手を上げて見えない空に向かい全身を伸ばした。


「まずは、肉だな。腹が減っては戦もできない」


ディトーがいればいいな。とつい考えて、我ながら笑ってしまう。

森に還ると、瞬時に昔の自分に戻ってしまって令嬢のステラスタは消える。

人間生まれ持った資質は変えようがないのである。






ここに至るまでの状況を頭の中で反芻しながら、ステラは久しぶりの狩りに向かった。






王立学院の西棟脇で何故かの全員集合となり、兄上と目配せし頷き合った次の瞬間。

兄上とセオ、そしてヴィクターの表情が急に険しくなった。

外部者の侵入を許さない王立学院の警備隊が、現れる気配がないことに気付いたからだ。


学院の敷地内全ては、古の大守護魔法により完全守護されている。外部者が学院内部に魔力による転移移動などすれば、セキュリティに引っかかり警備隊本部に自動転送されるのが普通だが、この御三人は少々違う。


膨大な魔力に任せて力業で学院内に侵入することも、彼らには可能かもしれないが、兄上とセオは、内緒の免罪符を持っている。

学院への通行札ともなるそれで希望の場所への転移は出来るが、緊急用である特性上、学院内に降り立ってしまえば内部セキュリティに反応が出て、本来ならば警備隊が飛んでくるはずである。


兄上も本来は私の安全を確認し、瞬時にここを離れる心づもりだったらしいが、状況が変わった。


「おかしいな」

アイザックがステラを抱き上げたまま、セオの前に立ち呟いた言葉に、王子殿下も頷いた。

「確かに俺たちは免罪符を使用して学院に転移移動してきたが、通常ならば、即時警備兵が侵入者確認に来るはずが―――」

「―――来ないですね」

ヴィクターがセオドアの背後に立ち、腰に帯びた剣に右手を添えた。


おお。さすが腐っても近衛騎士。

兄上もヴィクターも護衛対象の王子殿下を守るスタンダードの対応が大変恰好良いです。

ビアトリスが心配で振り返れば、兄に倣い令嬢の両サイドを固める双子の姿。流石はスタンレイの男。男前です。


「兄上、降ろしてくれ」

「このままでいい。嫌な気配がする―――」


その瞬間、我々を囲む様に黒雲が流星のように空から降り落ちてきた。その数―――十数を超える。

地に降り立った黒雲ひとつひとつから闖入者が次々と現れ、黒雲は黒い濃霧に霧散し、周囲と()()()()を分けた。

全員が黒い長衣のローブを頭から身に纏い、口元だけ露わな銀の仮面に、長い杖をその手に携えている。


これだけでわかる。大変怪しい魔術師集団です。

兄上達は瞬時に敵認定を行い、剣を抜いた。


「狙いはセオか?」

「――――――――――」


兄上のこの黒い濃霧をも凍らせる冷気と声にも、彼らは無言である。

この様な場合。無言は肯定と取りたいものだが、今回はどうやら違うようだ。

仮面で目は見えないのに、わかる。

闖入者達の視線は、紛れもなく、兄上に抱き上げられたままの自分に向いている。


「――――死にたいようだな」


ステラが気付く位だ。アイザックは瞬時にそれを悟り鬼の形相で、世界を凍り付かせる絶対零度の殺気を全身に纏った。


セオが狙われたと思っていたら、まさかの自分ですか?

ありえないなあ。

私は貧民街出身のスタンレイのただの養い子ですよ?

こんなカルト集団に狙われる謂れなんて、何一つございませんのことよ。


「兄上、降りる。ふん縛って目的を吐かせ――――」

「そのまま、アイザックに抱っこされていなさい」

大魔王様の渋すぎる重低音を響かせる声が、黒い濃霧を切り裂いた。

「お祖父様――――?」

ステラの呼びかけを手で制し、アイザックとヴィクターが守るセオをちらりと見た教授(ヘルベルト)の顔は一気に渋面となった。


「セオドア殿下。貴方にはステラへの接近禁止命令がスタンレイから発布されたはずですが?」

「今はそれ置いておきましょう!教授!!」

泣きの一回みたいな声を上げるセオに、ヘルベルトが顎を擦りながら折衷案を出してきた。

「う――――ん。まあ、()()()は私の権限で許すとしますが、()()にしますよ。払いは、魔術転移学への王家見解をレポート30枚で提出してください」


がっくり肩を落とすセオに構わず、お祖父様は闖入者達をぐるりと見据えた。

恐ろしいほどの覇気を纏って――――。


「この私の目前で我が愛しの孫娘に手出ししようとする愚か者達よ、たった今氷漬けにしてきた馬鹿者とセットで展示されたくなくば、今直ぐ、失せろ」


兄上とお祖父様の魔力が混じり合い、黒霧が次第に凍り付き白く霞んでいく。

闖入者達の黒装束をも凍り付かせ、氷柱と化していくその中で、彼らはすべての力を杖に込め魔術術式を展開しだした。

五芒星からの展開術式は、空間転移のそれに似ているが、見慣れない古代形式の不可解な術式が上書きされていく。


「警告は、したぞ?――――この私に向かい空間転移術式とは呆れるな」

ぱちん。とヘルベルトが指を鳴らすと、十数人掛かりの魔術術式は粉々に崩れ落ちた。




その時だった。




魔術術式も空間を分けていた黒霧もすべてが消滅したその瞬間に、1本の矢の様な閃光が、ステラに射られた。


どこから?と思う間もなく、ステラの意識と記憶はそこで途絶えた。






あれは、指定転移術だったのかもしれない。

現時点で、検証する術はないけれども、恐らく当たりだと思う。


魔術術式で練った閃光が、刺さった相手を指定の場所に転移させる禁止魔術。と魔術転移学の講義でお祖父様に習った気がするが―――きっと今頃怒り狂っているだろうなあ。お祖父様。絶対に使用厳禁って言ってたから。あの黒装束軍団は、かなりの確率で、死んだ方がましな目に遭うだろう。

お祖父様の大魔王もかくやというお怒りにプラスして、兄上の逆鱗にも触れるなんて、命知らずの人達だ。




ディトーは見つけられなかったが、大鹿が狩れた。

懐かしの手順で鹿を捌き火を起こし、一人バーベキューにいそしむステラは、闇が落ちだした森の一点を見据えた。


「誘拐犯と暗殺者に狙われるのはスタンレイの誉れだけど、()()()()()命を懸ける程の誉れがあるのか?」


ステラの声に、枯れ朽ち黒ずんだ大木からするりとひとつの人影が抜け出した。

闇よりも濃い黒装束に銀の仮面。

その手には杖ではなく、炎を鈍く映す剣が携えられていた。

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