27:なんだかんだの大所帯
あの時、「デイビットとその仲間たち」は兄上により氷柱にされ、情状酌量の余地なしとの国王陛下の直下判決により、そのまま1週間ほど、王宮の車寄せ前のホールに展示された。
『悪いことをするとそれ相応の罰がくだる』
氷柱の元にはそのような標語が記された、立て看板が立てられていた。
さすが、師匠の親友………。自分の養子にも容赦がない。
だというのに―――あの時の教訓を、この第二王子様は一切学習しようとはしない。
あれから今まで、デイビットのステラに対しての攻撃は変わらず続けられ、デイビットが兄上に氷柱にされた回数は、ステラと出会ってからの年数に大体比例する。
年1、2回のペースで氷柱にされているというのに、デイビットは本当に懲りない。
今回はお祖父様が制作者となるようなので、1週間では解凍されそうにもないな。とステラは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
敬うべき王族である天下の第二王子殿下に、ヘルベルトは大魔王スマイルを向け、鉄槌を落とそうとしている。
その目といい、姿といい、佇まいといい―――、兄上に生き写し。違うか。兄上が、お祖父様に生き写しなのか。怒り方、というか、暴走の仕方とタイミングがコピーをしたようにそっくり同じです。
「ステラ」
「はい。教授」
学院での決まりとしている呼び方を返すステラに、大魔王様は大天使の笑顔に表情を変えて振り返った。
「今日の講義は延期とする。振替日は連絡するから、今日はもう帰りなさい。私は第二王子殿下への教育指導を行ってから、タウンハウスに寄らせてもらう」
穏やかな慈愛を浮かべた優しい笑顔に、ステラは引きつり笑いで頷いた。
お祖父様………教育指導と言いながら、兄上の5倍くらいの冷気でデイビットを氷漬けにしていますね。
デイビット生きてるかな………息の根、止まりそうですよ?
この場は、お祖父様に任せて引こう。と決めて、階下に降りようとしたら、踊り場の窓の外から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「―――お迎えが来たようだ。流石だな」
誇らしそうに笑うお祖父様と同じく、誰が自分の迎えに来たのかを悟ったステラは、窓から身を乗り出して呼び声の主を見下ろした。
西棟と植栽の間にある芝生に立ち、ここに居るはずのないアイザックが近衛騎士団の制服のまま、ステラを見上げて両手を広げた。
「おいで」
7歳のあの時と同じ。
デイビットが初めてステラに大きな喧嘩を売ったあの時と同じく、アイザックが両手を広げてステラを招いていた。
兄上………。
私ももうすぐ17歳です。この高さから飛び降りたら、普通に考えたら兄上を潰してしまいますよ?
窓枠に足を掛けながら、ステラはアイザックに向け苦笑をこぼした。
すると、そんな考えなどわかっているとばかりに、アイザックがステラだけに向ける穏やかな微笑で目を細める。
その目には一切の迷いはない。
にまにましてしまう口元の笑みをアイザックにバレない様に飲み込んで、ひらりと、ステラは空に身をひるがえした。
向かう先は、アイザックの腕の中だ。
互いに浮遊魔法を付与し合った為か、ふわりとローブと銀の長髪が宙にはためく。
ゆっくりとアイザックの腕の中に落ちてゆくステラは自分でも気付かない、幸せそうな笑みを浮かべていた。
「お祖父様が手を打ってくれるとは思ったが、無事で良かったステラ」
「兄上。どうしてここに?」
両手で腰を受け止められて、そのまま抱き上げられる。
滅多に見られない兄上のつむじを見下ろして尋ねると、兄上はお祖父様と同じ暗青色の瞳を向け笑ってくれた。
「学院内に良い間者を仕入れた。あの馬鹿の動向もリアルタイムで知らせてくれるので重宝している」
すいっと視線を流す兄上の目の先には、植栽に突っ込んで震えている赤く長い髪が見えた。
「―――ビアトリス?」
「ああああああああ!―――銀の天使降臨?!黒いローブが翼みたいにはためいて、白銀の彫像がとろける笑顔で受け止めるなんて、後光が差して、目が、目が潰れそう………!」
―――うん。ビアトリス。安定の意味の分からなさだけども、ビアトリスが、兄上の言う「間者」で良いのかな?
「あんなでも、あれは、なかなか見どころがある。茶会の報告といい今回といい、クレセント令嬢は双子よりも断然使える。周囲への見解が、私に似たところがある」
「「ええ?!それはないでしょう、兄上?!」」
植栽から、がさっ!と顔を出し、双子が不満げに大きな声を上げたが、ひとまず今はそれは横に置いておく。
「っでしょう!兄上!ビアトリスは兄上に似たところがあると―――」
ビアトリスの良いところを理解してもらい、アイザックにも彼女を自分の友達として認識してもらう機会を逃すまじ!。と、ステラは畳み込もうとしたが、ふと見ると、アイザックの顔が少々曇っていることに気付き言葉を切った。
「ある意味敵だがな。ステラを分け合う気はミクロ単位までないが」
ぼそぼそとアイザックが何かを言っているが、ステラの耳には届かなかった。
「兄上?」
「まあいい。今回は特例だ。邸に滞在を許す」
「ステラ様のお部屋で?!」
がばあっ!!と、ビアトリスが植栽から一気に抜け出し、ステラを抱き上げたままのアイザックに詰め寄ってきた。
ビアトリスの勢いがちょっと怖い。
「馬鹿者。客間だ」
「いやああん!お泊り!!嬉しすぎます!!」
ぴょんぴょん跳ねて大喜びのビアトリスを収めようと、一歩進もうとしたアイザックの元に彼と並ぶほどの影が現れて、その肩を叩いた。
誰だと首を傾げてステラが見下ろした先には、ビアトリスと同じ真紅の髪をしたアイザックと同じ近衛騎士団の制服に身を包んだ青年の姿があった。
その顔に、見覚えがある。
「婚約前の妹の単独での外泊を見て見ぬふりはできないので、俺も一緒でいいかな?」
何故、ビアトリス兄がここに居るのかな?
どんどん人が増えてくるのだけれども、これは一体どういうことなのか?
ステラがアイザックの顔を覗き込むと、兄上殿は勘弁してくれと言った風情で肺の中の空気を全部吐き出すような大きな溜息を吐いた。
「兄妹揃って馬鹿か?王兄派のクレセント兄妹がスタンレイ邸に泊まりだなどと、王都中でトップゴシップになるだけじゃすまんぞ」
「いやあ、それもうどうでもいいよ」
「それにな、お前まで出張ると、うるさいヤツが」
「お前ね。本当に不敬罪でぶっ殺すよ?」
どこから現れたのか、セオがひょいと顔を出し、ステラを見上げにっこりと笑んだ。
あれ?
セオドア第一王子殿下。あなたは、先日の決闘の敗戦により、私の前には立てないはずではありませなんだか?
ああ……。兄上が頭を抱えている。
うん。わかった。セオの掟破り攻撃ですね?
後でこの借りは必ず返して貰うって?
ええ、わかりました。任せます―――。
この際だ、セオのこともひとまずはどっかに置いて、この状況をおさらいしよう。
デイビットと共に講義に向かった自分を心配し、ビアトリスが双子を使い兄上に緊急招集をかけたのは、なんとはなしに理解した。
連絡を受けた時、兄上は近衛騎士としてビアトリス兄ヴィクターとセオの執務室で護衛の任に就いていたが、それをうっちゃって、学院西棟に文字通り飛んできた。らしい………。
王子殿下の護衛をうっちゃるって、本来は許されないよね、兄上?
とりあえず、今はそれも横に置いておく。
深く突っ込むと、現状の整理ができませんから。
兄上は7歳のあの時と同じく、ここに来てくれた。
それは嬉しい。兄上に両手を広げられ「おいで」をされた時は、本当に嬉しかった。
で、何故、ビアトリス兄とセオがここにいるのかというと―――。
コトの詳細をビアトリスから聞き出したヴィクターが自分も移動しようとした所、セオが付いてきたと。
勘弁してください……。
なんで、そうなったのかは、もう聞くまい。
聞いたところでこの状況の好転はない。
―――ところで。
今、ここには総勢何人いるんだ?
あんまり考えたくはないが、ひとまずここを移動しないと、そろそろお祖父様がデイビットの氷柱を完成させる頃合いです。
警備が来る前のとんずらのタイミングは今しかない。
兄上と二人、目配せして頷き合った。