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25:ビアトリスの叫び2

「ステラスタ嬢は、女性だよ」


それがどうした。

そんなこと、わかってるわい。


あら、言葉が乱れてしまったわ。おほほほほ。


お兄様に諫められながらも表情は変えずに、お茶を一口含み、ゆっくりと飲み下す。

性別の有無なんて脳内変換してしまえば良いのよ。

あの美しくも麗しい貴公子然としたステラ様の姿は、何者にも代えがたいですもの。



スタンレイ邸から追い出され、自領の邸に戻って来ても、ビアトリスの頭の中はステラでいっぱいだった。


正式な手順を踏んで出直してこい。とのスタンレイ侯爵閣下のお言葉に従い、ビアトリスは面談希望の手紙を書きまくった。その数―――お兄様に止められるほど。

その甲斐あって、やっとの思いでお会いできたステラ様はまっすぐに、宝石よりも綺麗なアメジストの瞳を自分に向けてくださった。


ああ、倒れそう。

こうしてお会いすると、騎士服姿も美麗でしたがドレス姿もなんて美しいの。

一回で二度美味しいとは、まさにこのこと!


え?

乗馬ですか?

ステラ様の乗馬服姿!!

見たいに決まっています!!

喜んでお付き合いいたします!

というか、この世が滅びようとも、絶対ご一緒させて頂きます!!


お会いする回数が増える程に、ステラ様の笑顔がどんどん透き通るように美しくなっていく。

それが、ビアトリスを受け入れてくれたからだと分かった時、どうしてよいかわからず、泣き出してしまった。


幼い頃から、本意ではないものの、他の令嬢と足並みを揃えるために、あんなにも辛辣な言葉と態度を取った自分。それなのに、ステラ様は許すも何もない。と笑ってくれた。


「ビアトリスは事実しか言っていないし、私を貶めるような言葉は使っていなかった。あなたの心は真っすぐで、自分を律する一線を持っている。内面が、うちの兄上に似てる」

「―――アイザック様に、私がですか?」

「うん。兄上に似てるよ、とてもね。兄上に似ているあなたを、私が好きにならないわけがないでしょう」


嬉しくて嬉しくて、また、倒れてしまった。

そんなビアトリスにステラは大袈裟だと優しく笑ってくれた。

毎日こんなに幸せで本当に良いのかしら?

ビアトリスは毎日更新されていく幸せに、満面の笑みでステラに抱き着き、アイザックによって瞬時に引き剥がされた。




そんな幸せな日々を送っていたある日、ビアトリスのもとに気分が下がる封書が届いた。




ベゼル伯爵家メルディ令嬢からのお茶会の誘い。

侍女から届けられたそれを、封を開けないままビアトリスは凝視した。

読まなくとも大体の予想がつく。


スタンレイからの圧力を辛くも躱したクレセント侯爵家の知力を借り、ベゼル伯爵家もそれに続きたい―――ステラをどう懐柔したのかノウハウを聞きたい。そんなところだろう。


ビアトリスは、スタンレイを丸め込んだわけでも、ステラを懐柔したのでもない。

ただ、ステラに心酔しただけ。

正直、家のことなんてすっかり忘れていた。

ただステラと共に過ごすことに幸せを感じ、毎回楽しく浮かれまくっていたら、気付いたらクレセント侯爵家に対してのスタンレイの圧力が、消えていた。


ビアトリスには、それが何故かの予想が何となくついていた。

スタンレイ侯爵家は、家族も家人も騎士も厩番や洗濯場の下女に至るまで―――家門に属する全ての人が、恐らく、一人娘にとことん甘くて弱い。特には白銀の彫像様が優勝………。それがポイントだったのだろう。


今更、あのレティシア教の総本山である悪令嬢の会になど参加したくはない。

そんな時間があるのなら、王立学院編入の為の勉強時間か、ステラに会う為の時間に充てたい。

でも、それも難しそうだ。


ビアトリスは封書を指でつまみ、鼻先近くに持ち上げた。

スン。と封書の香りを嗅いでみる。


甘い薔薇の香りと、微かに香る鈴蘭の匂い。

鈴蘭の別名は「リリィ・オブ・ヴァリィ」―――。


ミドルネームに「リリィ」を持つ、レティシア・リリィ・ウィスラー公爵令嬢が好んで使う香水の香りがする封書。

薔薇には棘が、そして鈴蘭には毒が―――彼女を現わすのに、こんなに便利な香水はないだろうと思う。


「お茶会の主催はメルディ令嬢であっても、主役はレティシア様ということね。相も変わらず、自分の手は決して汚さない女王様の考えそうなことですわ」


ペーパーナイフも使わず乱雑に封を開き、封入されていた招待状に目を通してビアトリスは息を吐いた。

「明日の午後1時にアフタヌーンティーパーティーを開催。ね。この時刻は、ステラ様とお約束した時間。ということは―――」

どこからか、()()()()()()()収集している輩が居るということだ。

「面白いですわね」

デスクの呼び鈴を鳴らし、ビアトリスは腹心の侍女にスタンレイへの伝言を申し付けた。



「アイザック様に魔法電信でご連絡を。調査報告は完了次第早急に報告するとお伝えして」

ビアトリスの頭の中に、ポイントアップの軽快な音が響いた。




・・・




招待を受けたベゼル伯爵邸の車寄せで、馬車を降りたビアトリスは気付いた。

本来ごった返しているはずの、招待客の馬車が一台もない。


午後1時の約束に合わせて侯爵家らしく定刻通りの訪問をしたというのに、他の令嬢たちの馬車は一台も見受けられない。

ビアトリスは侯爵家に属し、今日招待を受けているであろう令嬢達の中では公爵家に次ぐ2番目の上位家格となる。

伯爵家の招待とは言え、同席する他の令嬢は家格を踏まえ、自分の到着時刻を調整するのが貴族の嗜みである。つまり、上位貴族より先に下位貴族が到着するのがセオリーとなる。

レティシア教の総本山である悪令嬢の集いとなるであろう今日のお茶会には、ローナン子爵令嬢、ベルナール、コール男爵令嬢が必ず居るはずだ。だのに、彼女たちの馬車がない。


これは、一手目からやられたな。と苦笑をこぼし、ビアトリスは伯爵家の侍女の先導でお茶会会場へ案内された。


「ビアトリス様?!いつも時間を守られる貴女が約束の時間に1()()()()()()()なんて、事故にでも巻き込まれたかと心配致しましたわ!」


今日の茶会の主催者であるメルディ令嬢が席から立ち上がり、声を上げる。

言葉には心配を盛り込んでいるものの、こちらへの侮蔑の色は隠しきれていない。

うん。あなたがいつも使う手ですものね。

私への招待状にのみ、わざと違う時間を記載したのなんて、わかっておりますとも。


メルディ令嬢には曖昧な微笑を向けて、茶会会場の席へと目を向ける。

一つだけ空いている席は、最下座。通常ならば侯爵家の令嬢に用意されるはずもない末席だ。

予想通り一番の上座にはレティシアが女王のごとく鎮座し、周囲は取り巻きで固められている。

彼女たちは一様にレティシアを笠に着て、にやにやと下卑た笑みを浮かべて、侮蔑と冷笑を向けてくる。


つい先日まで、レティシアの右隣がビアトリスの指定席だった。

今は、あそこに居たのだと思うだけで、反吐が出ますわ。


女王レティシア様が腰まで流したゆるい蜂蜜色(ハニーブロンド)の髪を優雅に揺らし小首を傾げ、濃緑の瞳を揺らめかせて心配気な顔を向けてくる。

最近は「優しく穏やかでたおやかな慈愛の淑女」をテーマとされているらしく、その演出に騙された各所の貴族男子達が「俺が守らずして誰が守る!」をキャッチコピーにレティシア親衛隊を結成したとかしないとか。


「ご無事で何よりでしたわ、ビアトリス様………何かあったのかと本当に心配致しました」


両手指を口元に揃え、涙交じりに震えるレティシア様。

こうして冷静にあなたを見ると寒気がするほど、キモチワルイですわね。


はははっ!と大口を開けて、裏表なく笑いかけるくるステラとは大違い。

今の私の好みは「大胆不敵なお日様笑顔の剣士な淑女」がドストライクです。

もう隠すこともないので、あなたは正直どうでも良いのです、レティシア様。

この場を利用して、私はアイザック様へのお土産収集を頑張らせて頂きます。


主演女優賞にはほぼ遠い大根役者の公爵令嬢ににっこりとほほ笑んで、ビアトリスは一つ空いた末席にすたすたと歩み優雅に坐した。


「まあ、クレセント令嬢ともあろう人が落ちぶれたものですわね」

「家門を守るためとはいえ、スタンレイの貧民街の小娘に膝をつくとは、嘆かわしいですわ」

「ご自分の()()()()が、恥ずかしくはないのかしら?」


小声ではあっても、相手の耳には入る声量に、扇で口元を隠しても隠し切れない下品で下卑た笑み。

さすが、レティシア教信者の最高幹部会の出席者達である。


最高幹部会で吊し上げを食らうターゲットとなった者が、精神を蝕まれる最強の攻撃ではあるが、ビアトリスにはまったく効かなかった。

何故ならば、今この手には世界最高の盾があるのです。


『兄上の内面に似ているあなたを、私が好きにならないわけがないでしょう』


ステラから貰ったあの言葉を思い出すだけで、顔がニマニマしてきてしまう。

ふふ。と笑ってしまったその顔をどう取ったのか?

顔色を変えたレティシアが立ち上がると一気に近寄り、ビアトリスの隣にいた令嬢を退けさせそこに腰を下ろすと、潤んだ瞳を向けビアトリスの手を取った。


「大丈夫ですか、ビアトリス様?そんな、精神が病んでしまうような事を、スタンレイに受けたのですか………」

うん?ああ、あんまりニマニマ笑っていたからスタンレイに追い詰められて気が狂ったとでも思ったのですかね。

「家門を守ろうと膝をついた貴方に、一体どんな恥辱と愚行を………スタンレイを、わたくしは許せません。我がウィスラー家が必ず、スタンレイを諫め更生させ、クレセント家のお力になることをお約束致します」


ははあ。読めてきましたわ。

ウィスラー公爵家はバリバリの王兄派で、公爵夫人は王兄の実姉。弟である現王を嫌っているのは周知の事実です。クレセント家は王兄派ではあるけれども、今回スタンレイに潰されかけている4家のベゼル、ローナン、ベルナール、コールは中立派。

クレセントの力になると嘯いて、令嬢達から自分達にも救済を願い出させて、4家門を王兄派に組み込む算段なのね。


私がステラに心酔している情報はまだ知られていないようだ。

スタンレイ家に二日と空けずお邪魔をしているのは、お詫び詣でと捉えているのね。これは僥倖(ぎょうこう)です。


この茶会の為にステラとの約束を反故させ、このレティシア教最高幹部会で忠誠を誓わせるために、この舞台を用意したのだろう。

最下座であるこの末席を用意したのはメルディであっても、指示はレティシアから出ているに違いない。

メルディの悪意を、レティシアが救済し、更には家門まで救うとの涙ながらの大演技だ。


大根主演女優様が、ゆっくりとサンルームに続く大扉を振り返った。


「―――お兄様もお力を貸してくださいます」


わあ、出たよ。

逆光を背負ってやってきました。

デイビット・イアン・ステイビア第二王子殿下の登場です。

来るとは予想していましたが、本当に現れました。

王兄派が大々的に次代王とプロモーション活動を推し進める、彼らの言葉を借りるなら「真なる救世王」様です。笑えます。腹筋が震えてくるのを淑女の根性でビアトリスは我慢した。


あぁ……。と溜息を洩らし倒れる令嬢が数名いらっしゃいますが、なんで?

ステラの方が断然素敵なんですけど。

ここのところ、ずっとステラ様の御尊顔と、白銀の彫像様の顔面を連日拝見していたので、失礼ですが、デイビット様の顔には何の興味も湧きませんのことよ。

スタンレイの美麗な鬼双子とキュートな小悪魔弟君、貴方の義兄君である金の王子の足元にも、貴方様は到底及びませんもの。


「殿下とわたくしが、冷酷で非情なスタンレイを諫めて見せます。皆様も、お力をお貸しくださいますね?」


闇の世界に現れた救済の姫と王子が肩を寄せ頷き合い、わ・た・し・の肩を抱いてくれやがりました。

寒むイボが全身に広がります。


まあ、いいです。我慢します。

頭の中には、ポイントアップのベル音が連続で鳴り続けていますもの。

アイザック様へのお土産が予想以上にざっくざくです。


アイザック様との好感度をこの調子で上げていけば、スタンレイ邸でステラ様のお部屋にお泊りすることだって夢ではありません!!

頑張るのです!たとえ寒気が全身を包もうとも―――アイザック様の永久凍土に比べればなんてことありませんわ!!

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