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24:ビアトリスの叫び1

クレセント侯爵家令嬢ビアトリス・ベラ・クレセントは、立ち上がった。

今度こそ、動かなければと、何かが自分の心を突き動かすから。


「鬼双子!氷鬼軍曹殿に即時魔法電信を!!」

「「はっ―――?」」

誰のこと?とぽかんと口を開けるカンの鈍い双子の足を、「反応が鈍い!」と、ビアトリスは踏みつけた。


まだ学院生でもないビアトリスと、魔術転移学を取っていないスタンレイの鬼双子は、デイビット第二王子に連れて行かれるステラを追うことは叶わない。




ビアトリスとデイビットは、実は幼馴染である。

だというのに、ビアトリスが目の前にいることに気付きながらも、デイビットは彼女を一瞥もせずに、いつもの生ぬるい笑顔を浮かべステラを連れて行ってしまった。


デイビット・イアン・ステイビアとは、そういう男だ。

ゆるい金茶の髪と濃緑の瞳をした、柔和な印象を与える整った優しい面立ちをした第二王子だけれども、言葉は辛辣で、底を明かさない真意が読めない笑顔を絶えず浮かべている。

顔は良いことは認めるが、正直デイビットはビアトリスの好みではない。


クレセント侯爵家が王兄派であることから、幼い頃から婚約者候補に名を連らね、物心ついたときから両親に王宮に連れて行かれデイビットと過ごす時間は多かった。だが、だからこそビアトリスは、昔から彼の事が苦手だった。


幼い頃から変わらないデイビットの偽物の笑顔が、ビアトリスは昔から気に入らない。


ステラはその真逆。

姿こそ冬を思わる冷たい印象を持たせるものの、太陽みたいな裏表ない笑顔で胸を暖かく、いや、燃え上がらせてくれる。男装なんてっ!美しくて綺麗で華麗で恰好良くて!理想そのものの王子様っ―――!っと、自分の真なる嗜好は置いておこう………。


ああ、ステラのお日様みたいな笑顔と比べると、あの第二王子の笑顔は苦手ではなく「大嫌い」なのだ。と、ビアトリスは今悟った。


あの第二王子を、ステラには近寄らせたくない。

王兄派のクレセント侯爵家に生きる私だからこそ、あの方のあらゆる意味での危険度は良く知っているから。




「我が女神にして最推しの貴公子ステラ様を守らなければ!!」

「―――っ()て~な!って、お前の言語……どうなってるんだ……俺には理解できない、ネイサン。パス」

「大丈夫だイーサン。俺にもわからん」

この双子。スタンレイらしく顔は本当に綺麗なのに、頭が悪すぎ!だしだしと地団太を踏んで、ビアトリスが令嬢らしからぬ咆哮を上げる。


「保険の為に、氷鬼軍曹(アイザック)様をとっとと呼んでくださいませ!ステラ様に何かあってからでは遅いのです!」




◇◇◇




告解します。

本当は、初めてステラを見た時に「なんて綺麗なのだろう」と子供心に見惚れてしまった。

でも―――。



「あのこは、ひんみんがいの生まれで、われわれとはちがう、人ではないいきものです」



ウィスラー公爵家のレティシア・リリィ・ウィスラーの言葉は、絶対だった。

レティシアの母は、先王の第一子の王女でウィスラー公爵に降嫁し公爵夫人となった。その引き継いだ血の自信からか、彼女は幼い頃から誰よりも気位が高かった。


幼子の貴族コミュニティの絶対的なお姫様、いや、女王であったレティシアの言葉は全てが「是」。

逆らえる者は大人でもいない。

ビアトリスは他の貴族の子供同様、レティシアの取り巻きとなった。彼女の傘下に入らねば自分もステラと同じになるからだ。


レティシアはステラと同い年だから、初対面の時は6歳のはず。

今思い出しても、アレは6歳の幼子の言葉ではないとビアトリスは思う。


ステラはそこにいる誰よりも圧倒的な美しさを備えた美幼女だったが、レティシアの一言でコミュニティからは完全に孤立した。


でも、ステラはあの時から、全く動じていなかった。

いえ、動じていないと言うよりは、全く意にも介していなかった。



だけど、それがステラへの攻撃を更に増長させ、ビアトリスも気付けば「虐める」側の陣営の者となってしまっていた。



振り向いてくれないからと意地悪するなんて……なんて子供だったのでしょう……時間を無駄にしてしまったわ!!

最初から仲良くなっていれば、成長のアルバムを目に焼き付ける事だってできたのに!!

私としたことが、なんて勿体ない事をしてしまったのか………。

悔やむに悔やみきれない!過去に戻って、愚かな自分をタコ殴りしたいです。



幼女から少女へ、そして女性へと近付いてきても、ステラは全く変わらなかった。

どれだけの酷い扱いを受けようとも、表情も変えず優雅な笑みと身のこなしで、スルリと全てを躱してしまう。


ステラは野生の美しい魔獣だ。と溜息混じりに頬を染めた貴族男子が夜会で呟いているのを聞いたことがある。

うん。激しく同意致します。


ステラにとっては、周囲の悪意や辛辣な目、その身を貶める様な罵詈雑言や直接の攻撃も、尾にたかるハエ程度のものなのだろう。と、今になって、ビアトリスは気付いた。


彼女の魂は恐ろしいほどに美しく綺麗で、誰も害することなど出来はしない。

そして、その傍らにはいついかなる時でも、スタンレイの名を冠する特級レベルの男達がいる。

誰も、傍に近寄ることすらできない。

ステラの傍に近付く為には、近衛騎士団トップの腕を持つ、白銀の彫像様を倒さねばならないのだ。


ビアトリスは近寄りたい自分の心に気付かぬまま、長年の癖と体面で、いつも出生を貶める辛辣な言葉を、ステラに投げ付けてしまう。



あの、王宮の夜会でもそうだった。



レティシアの腰巾着である4人の令嬢が、相も変わらない酷い言葉をステラに投げつけていた。

姿も頭脳も家門ですらも、何一つ勝てない相手に向かい、ただ口汚い言葉を口々に囀る、けばけばしい孔雀みたいな装いの令嬢達の前で、すっきりとした薄青いドレスに身を包んだステラが、優雅な所作で扇を広げ美しく小首を傾げ儚げに俯いて見せる。


ああ、なんて綺麗なの―――。


口には出せない感嘆を、ビアトリスは口の中で飲み込んだ。

それは決して言葉として紡いではいけないこと。



その後は大変だった………。



白銀の彫像様により、自分を含めた令嬢達と周辺は絶対零度の氷で閉じられ、動くこともままならなかったし、近衛兵に救出されてやっとの思いで家に帰ったら、侯爵家が潰されそうだと両親は死にそうになっていて、スタンレイの許しを得るまで帰ってくるなと家を追い出された。


「セオドア王子殿下もアイザック様も、あのアバズレに魔法でもかけられているのです!」


お兄様への逃げ口上は、一言でひっくり返された。

「うん。お前の理想が、白馬に跨がった美しい王子様だった事を思い出した」

あ、バレてる―――。




そうして、私は、見つけてしまったのです。

私だけの大切な、世界にただ一つの輝ける星を―――!


ロマンス小説の読みすぎ?

違います。

これは、美しき世界を愛でる、気高くも高尚な私の生きる道!!


銀の貴公子の美しい髪が風に舞う―――。流れるような銀色の一撃に、金の王子の剣が空に飛んだ。

膝をついた金の王子に、銀の貴公子がその手を差し出す。


静かなそれでいて憂いを含んだアメジストの瞳が、ただ一人の相手を見つめている。

激しき剣技に息を上げ頬を染め、潤み熱を帯びた緑の瞳で金の王子は銀の貴公子を見上げた。


美しき男には、美しい男が、良く似合う。

たまらん。

もう、我慢の限界です。


鼻血が出そう。

あ、もう出てるか。


もう、銀の貴公子と金の王子でお腹がいっぱいだというのに、追加で、白銀の彫像様まで現れて、今度は、白銀の彫像と銀の貴公子の勝負が始まってしまいました。

え?三角関係??美味しすぎますでしょう!!

どっちを取り合っていますの??


「―――何か私にしてほしい事とかないですか?」

銀の貴公子の甘やかしへの白銀の彫像様のリクエストは「膝枕」ですって?!


取り合われているのは、銀の貴公子!!

取り合っているのは、金の王子と、白銀の彫像様よ!!




もうそこからは、すべてを記憶するために、瞬きすらも惜しくて、何を聞いたか、自分が何を叫びまくったかも、良く……覚えておりません。


ただ、ひとつ憶えているのは、銀の貴公子がステラで、白馬に乗って颯爽とその場を退場したのを見送って、嬉しさのあまり失神したことです。


黒馬に乗った白銀の彫像様と白馬に乗った銀の貴公子の姿を、どなたか、映像魔法で保存した方はいらっしゃらないかしら?

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