23:お友達が出来ました
王宮夜会の5悪令嬢からの意地悪事件から、怒涛の秋休みを経て、王立学院の新学期を奇跡的に学舎で迎えることが出来た。
ステラスタ・エレノア・スタンレイ16歳。感無量です。
ですが。
王宮夜会からのセオの婚約者指定騒ぎもあったせいか、ただでさえ自分に寄り付かない学院生達が更に遠巻きになってこちらを窺う、微妙な空気感が半端ありません。
貴族以外の庶民にも門徒を開き、学院に学ぶ学生の平等性を強く謳う王立学院であっても、学院内には貴族と貴族以外の見えないな線引きがある。その中でも、庶民よりも下層の貧民街出身であるのに、名門スタンレイ侯爵家の養女となり、飛び級しまくりの頭脳を誇るステラは、庶民コミュニティーからも貴族コミュニティーからも遠巻きにされ、入学当初から一匹狼と化していたのだが………。
国王陛下から第一王子の婚約者打診を受けたことが広まり、そのレベルは今や、幻の幻獣レベルまで爆上がりです。
まあ、学院には勉強に来ているのだし、5悪令嬢との意地悪騒ぎとセオとの騒ぎがあってもなくても、以前から自分は学院内で異邦人扱いだった。別にどうということはない。と、ステラはいつもと変わらずひょうひょうと学院内を闊歩していた。
そんなステラに、今までとは別の視線が集中していることに、ステラ本人だけが気付いていない。
今までは、男子学生からの秋波と女子生徒からの軽蔑と憎悪の視線。
ステラは全く意に介さずガン無視を貫いていたが、「スタンレイの冬薔薇」と称えられる美しい姿に見惚れる男子は少なくはなく、それを逆恨みしての女子の目は恐ろしくも冷たいものだった。
だが、今期はそれがまるっと変化してしまった。
男子生徒の今までと変わらない秋波にプラスし、「女子に興味なし」の男子生徒までもの視線を集め出し、女子生徒からの秋波は男子達のそれを軽々と超え、凍り付き顔を真っ赤に染めて腰砕けとなる女子が続出中だ。
今学期のステラは、女子生徒の制服を脱ぎ、男子生徒の制服を着用し、その美しい青を映した銀の髪を頭の高い位置に結っていた。
アクセサリーのように揺れる癖のないさらりとした銀の髪。黒いローブが更にそれを際立たせ、ローブから覗くすらりとした長い脚で学院を闊歩するステラを、「銀の貴公子」と誰かが呼んだ。
もともと、女服よりも男服を好む傾向が強かったステラだが、学院では一応女服を着用していた。
それがルールだと思っていたからだ。
だが。
『学院に男女の制服の絶対的な規定はありませんわよ。男子がスカートを着用しても、女子がトラウザーを着用しても問題はありません』
目から鱗の一言を発したのは、誰あろう、5悪令嬢筆頭のクレセント侯爵家ビアトリス・ベラ・クレセントその人だ。
「やはり。ステラ様の男装の美しさと破壊力は凄まじいものですね」
学院の中央棟から専門学科のある西棟へ抜ける回廊を進んでいたステラに声が掛かる。声を掛けてきた令嬢は真紅の髪を揺らし駆け寄ってきた。
「あれ、ビアトリス。編入手続きは今日だったのか?」
「はい!ステラ様―――」
頬を染め走り寄るビアトリスの行く手を阻む影が二つ、さっとステラの前に立ちふさがる。
「鬼双子?!―――いつもいつも………邪魔ですわっ!」
「「うるさい!赤狐!ステラにこれ以上近寄るな!」」
このところ、すっかりお馴染みになった、イーサンとネイサン対ビアトリスの攻防に、ステラは小さく息を吐いて傍観を決め込んだ。
今期の学院は騒がしくも楽しく過ごせるのかもしれない。なんて、この時のステラは呑気にもそんなことを考えていた。
◇◇◇
アイザックと同僚の同輩という兄を伴ってスタンレイの門を叩き、セオとの「決闘」現場に現れたビアトリスだったが、初回は「出直してこい」とのウィリアムの恐ろしいまでの笑顔に、即時退散とあいなった。
その際、鼻血止血後のビアトリスとちょっとだけ応接室で対面したのだが、今までの彼女とは、まるっきり様子が変わっていたので、一体何があったのかとステラは首を傾げ、当然のように同席していた兄が、大変不本意で納得がいかない苦虫を噛んだような顔をしていて、謎だった。
ビアトリスは始終顔を紅潮させ、ステラと目が合う度に奇声を上げ、胸を押さえ、倒れそうになるのを、兄であるヴィクターが支える。そしてまた、ステラを見つめ、目が合うと―――以下同文である。
「ご病気………ですか?」と尋ねると、「ある意味病気。ですかね」とヴィクターがうっすら笑い、ステラを見て頬を染め、アイザックに剣を突き付けられていた。
カオスな面会だったな。
と、ビアトリスを過ぎ去った嵐と考えていたステラだが、彼女は軽々とそれを裏切ってきた。
ビアトリスの奇行は次の日から始まった。
次の日の朝には面談依頼の封書が正式なルートで届いた。
昨日の夕刻に帰ったのに、なんで朝に速攻でお手紙が届くのだろう?
すでにそこが謎だった。
スタンレイとクレセントの領地は王都を挟んで正反対であり、転移魔法を使ったにせよ、そのレスポンスはないだろう。
封書は一時間ごとに届く。
午前中だけで6通の面談依頼が届き、その度に封書の厚みが増してゆき、手に余ったステラはクロエに相談をした。アイザックに相談などしようものならば、あの兄は、剣を携えクレセント領を落としに行きそうだ。父上も、きっと同じである。
ステラの相談にコロコロと笑ったクロエは「会ってあげなさい。彼女にもう害はないから」との助言をくれ、彼女を信用しているステラはビアトリスと会うことを了承した。
それからは、怒涛の日々だった。
二日と空けずにスタンレイ本邸に訪れて、相変わらずの真っ赤な顔に奇声を発し、お付きの侍女に支えられるビアトリス。
この年になるまで、女友達というものを持ったことがなかったステラは、ビアトリスと何度も会うようになると、なんだか不思議と楽しくなってきて、お茶会、乗馬、と共に過ごす時間が増えていった。
ヴィクターも同行していたようだが、アイザックに練兵場に連行されていた。とは後日、ビアトリス本人から聞いた。
「兄が来ると、ステラ様が減ります」と、アイザックと同じ弁を語るビアトリスにステラが笑顔を溢すと、彼女とともに侍女までもが真っ赤になった。
クレセント侯爵家が、スタンレイ詣でをしている。との噂は、国内に一気に広まり、スタンレイからの猛烈な圧力により家を潰されかねない状況にあった、ベゼル伯爵家、ローナン子爵家、ベルナール、コール男爵家からも、ステラへの非礼を詫びるチャンスが欲しいとの面談依頼が続々と入り続けた。
対応はすべてウィリアムとアイザックが行ってくれたので、ステラは領内で好き勝手過ごしていたが、ビアトリスよろしく、スタンレイ城に突撃してくる輩が後を絶たなくなってきたこともあり、今度は領内から王都のタウンハウスへの移動が敢行された。
まあ、領内に引っ込んでいるのも皆限界だったというのもあると思う。
宰相の任にある父上は王宮にしょっ引かれ、近衛騎士団で第一王子の護衛兼側近である兄上も、セオからの強硬な呼び出しで近衛騎士の同僚たちに引き摺られていった。
やっと戻った日常を満喫し、気付けば秋休みの終了の日が近付いていたある日。
スタンレイタウンハウスにも本邸と変わらずに訪れるビアトリスから、その話を聞いたときは正直驚いた。
「わたくし、王立学院への転入試験を受けることに致しました」
「受けるのは誰でもできるもんなあ」
気付けばいつも同席するようになっていた双子のイーサンの言葉に、ビアトリスがギッ!と強い視線を向けた。
「今までは!ちょっと気になる推しが中等部に居たためにわざと試験を落としていたのです。が!今は違います!」
「「推し?」」
イーサンとネイサンが聞きなれない言葉に首を傾げるのにも構わずに、ビアトリスはその場に立ち上がり仁王立ちし、天に向かい吠えた。
「ステラ様の麗しい男装礼装のローブ姿をこの目で見たい!!その一心でお勉強にまい進した結果、家庭教師からは編入試験はクリアできるレベルを越したと太鼓判を頂きました!!推しはすべてを救うのです!!」
だから推しってなんだよ。とネイサンが呟いている。
「一緒に学院で学べるのは楽しそうだけど。話の腰を折ってすまないが、私は一応性別が女なので、女子制服を着用している」
「あら!学院に男女の制服の絶対的な規定はありませんわよ。男子がスカートを着用しても、女子がトラウザーを着用しても問題はありません!」
◇◇◇
「赤狐の不用意な一言のせいで、ステラがスカート履かなくなったじゃないか?!」
「まったくだ!滅多に見られない生足だぞ!!」
「破廉恥!破廉恥ですわ!!鬼双子!!」
あの時のビアトリスの言葉に、何故か双子が慌てていたのには気付いていたが………。
生足ってなんだ?
君たち、妹に対して何を考えていたのだね。
兄上がいたら確実に正座案件だろうその言葉を、ステラは聞かなかったことにした。
「無事編入手続きが終わったんだ?学年は違うけど、同じ学院生になれて嬉しいよ」
すでに気の置けない友達となっているビアトリスには、ステラは令嬢のフリをする言葉使いをせずいつもの物言いで話すことが出来るようになっている。
その言葉使いにも痺れる様子のビアトリスは、両手を組んで神に祈る姿勢でステラに向き直った。
「はい!天にも昇る心地です!!聴講はどの講義でも自由ですわよね?!3学年の講義にも聴講生として参りますので、是非!お隣で!ご尊顔を拝見したいです!!」
うん?どうしたもんかな、ビアトリス。
「ええっと。講義聴講ではなく、私の顔を見たいの?ビアトリスはそんなにこの顔が好きなのか?」
「大好きですわ!!」
「「あ~か~~きつね~~~!!お前もう帰れ!!」」
3人の攻防を他所に、ステラは手元の懐中時計をパチンと開いた。
5限の講義まであと15分。
そろそろここを切り上げて、西棟の教授の所に行かねば遅刻する。なにしろ5限の魔術転換学の教授はステラを助手と勘違いしているようで、講義の準備を毎度毎度手伝わされる。
別に従う義理もないのだが、いや、後が怖いので言うことを聞いていた方が正直楽なのだ。
「そろそろ―――」
「ステラスタ。次は魔術転移学だろう?一緒に行かないか」
そろそろ切り上げましょう。と続けるつもりのステラの言葉は、ふいに響いた回廊を抜ける声によって消された。
回廊の大柱の陰から現れた長身の青年の姿に、双子もステラも瞬時に冷たいものを瞳に灯した。
「―――デイビット王子殿下。一緒にとは一体」
ステラが訝しみ問いかけると彼は不敵に笑んで見せた。
「言葉通りだ。私も魔術転移学の講義を取っているからな」
現国王の養子にして本来はセオドアの従兄にあたるデイビット・イアン・ステイビア第二王子は、感情の見えない瞳の色のまま、笑顔を浮かべてステラに手を差し出した。