2:はじめての出会いは血みどろです
思い起こせば10年前の秋の日。
6歳のステラは最下層の貧民窟に半分住んでいた。
何故半分かというと、幼くても自分の姿は人の中で目立つことを知っていたので、必要以上に目立ちたくなくて、月の半分は森の小屋で過ごし、残りの半分を貧民窟を移動しながら過ごしていたからだ。
本当だったらずっと森で過ごしたいのだが、人間というものは物入りで、森だけでは生きていけないというのが悲しいと思う。
そんなことを思いながら、今日も今日とて森に向かう。
何故か?
食べ物を得るためである。
今のねぐらの周囲で食べ物を手にしても、弱肉強食のあの小さな世界ではすぐに誰かにそれを奪われてしまう。
自分はまだ幼く、力がない。強い力と暴力に勝つ術がない。
身体を鍛えて能力を付け、生き抜く術を身につけなければいけないのだ。
その為には、まずは食だ。
食べ物が必要だ。
今の季節は森の恵みが多い秋。
食べ物を収穫し、リスよろしく自分だけの秘密基地に備蓄しないと、冬を越すことが出来ない。
ステラは、自分の手には大いに余る古い剣を片手に、森の中を突き進んでいた。
「自分」という自我を持った時にはすでにひとりだったが、育ててくれた人が居て、その人の事は「師匠」と呼んでいた。
誰しも自分一人だけでも生きるのが大変なのに、見ず知らずの捨て子であったろう自分を拾い育ててくれた、師匠は本当に優しい人だった。
………時に、魔人かと見まごうほどに豹変することはあったとしても、だ。
師匠は、過去には宮廷出仕したほどの魔剣士であったと嘯いたことがあったが、話半分で聞いていたので真実はわからず仕舞いだ。
ステラを拾ったその日を誕生日として、それから5年間。
自分の命を削りながら、どこの子供かもわからない自分を育て、教育し、鍛え、そして、師匠はその命を終えた。
「自分の命をお前につなげることが出来て良かった」と、笑顔でそんな言葉を残し、最後には枯れ枝みたいな体になって師匠は逝ってしまった。
あの人から貰ったこの命を、自分も誰かにつなげなければいけない。
その為にはまだ、死ねない。
秋の季節とともに6歳になったばかりのステラはそんなことを考える。
まだこの世に生を受け6年しか生きていないというのに、あらゆる意味で子供らしくない子供だった。
今日は森の恵みだけでなく、可能であれば「獣狩り」もしたい。
肉類のタンパク質は子供の成長には欠かせないのだ。
普通の獣でも、魔獣でも良い。
出来たら、ディトーの肉が食べたいなあ。
干し肉にしても美味しいけれど、狩れたらまずは焼いて食べよう。
準備は万端である。
そんな決意を胸に、鹿の角と獅子の体を持つ魔獣「ディトー」の肉を思い出し、ステラはよだれを垂らしかけた。
―――その時だ。
森の空気が変わった。
ざわつきが広がり木立が揺れ、翼のあるものは一斉に飛び立ち、四足獣たちの蹄が大地を蹴る音が聞こえてくる。
ステラは小さな体で、剣を構えた。
6歳の子供にしては板についた構えだ。
剣は育ててくれた師匠に歩くと同時位から鍛えられたのだ。
自分の立つ場所から2時の方向に、数体の気配を感じて体をそちらに向ける。草木の間に明らかな生き物数体の姿が見えて、音を立てない様最大の注意を払いながら、ステラは木の幹からそこをのぞきこんだ。
ディトー3体に囲まれたステラより何歳か大きな男の子が、魔術式を詠唱し周囲に守りの魔術陣を展開している。
身に着けた上等な衣服だけでわかる貴族の子供だ。
ステラとは生きる世界の違うそんな恵まれた子供が、魔獣がひしめくこの森にたった一人でいるなど、自殺行為も甚だしい。ありえない情景に普通の人間ならば首を傾げるところであるが、ステラはそんなことにはまったく興味がなかったし目にも入っていなかった。
ステラの興味はただ一つ。
ディトーの肉である。
「肉祭りだ!」
ステラは瞬時に身体強化魔法を自身に掛け、剣を頭上に構え飛び上がった。
まずは一体。
こちらに背中を向けていたディトーの首を袈裟切りで一刀両断し落とす。残り2体が突然現れたステラに気付き咆哮を上げ、口中の火打石を鳴らす。ディトーはその姿とは裏腹に火属性の魔獣であり、炎を武器として相手を狩る。
炎を出現されると面倒なため、ディトーとの戦いは時間との戦いでもある。
簡単に言ってしまえば、炎を出現させるには数秒の溜め時間が必要なので、その間に、首を落としてしまえば良いのだ。
ステラは柄を握った両手に力を込め、目を閉じ息を整え、たったひとこと詠唱する。
「――――――ソル」
光の一閃。
その一太刀で、2頭のディトーの首を落とし、静かに鞘に戻す。
「あ、すまん。血だらけにしてしまった」
剣を鞘に戻した後大きく息をついて目を開いたステラは、初めて目の前の惨状に気付いた。
貴族の男の子はディトーの返り血を浴び、茫然とステラを見つめて来ていた。
秋の木漏れ日の下に輝く白金の髪と同色の長いまつ毛。瞳は暗青色の深いサファイアときている。
氷の人形の様な―――というか、人形というよりはこれっぽっちも動かない彫像のような綺麗な容貌で人買いに売ったらさぞかし高値となるだろうが、その子は現在血塗れです。
白金の豹みたいな子供だ。とステラは思った。
ディトーの返り血を拭ってやりたいが、ハンカチなど持ってはいないし、自分の着ている服なんて、彼からしたら雑巾以下の代物だと思う。
「え……と、このさきに小川がある、かお洗うか?」
本当に彫像かと思うほどに表情も動かなければ、体も動かない。
さっき見つけた時は、魔術陣を展開していたから、生きているとは思う。
瞬きもしないでただ見てくるので、ステラは生存確認の為に彼の頬を突つきたかったが背が足りないので、彼の手を突いた。
「あ、あったかい。生きてる」
「………お前は何者だ?」
子供にしては低い声で彫像の男の子がそう尋ねてきた。
白金の彫像の名は、アイザック・ヴィンセント・スタンレイ。
これが私と兄上の初めての出会いである。