19:やっかいな王と王子の躱し方
懐かしい夢を見てしまった。
イエスもノーもなく、王宮に連行されたあの日の夢だ。
あの時は、今思えば、良く生きて帰ってこれたと思う。
国王陛下と父上の取っ組み合いも凄かったが、問題はその後。セオと兄上が本気の殺気を出して剣を抜きやがりましたのです。
両方の父親は息子を止めもせず舌戦を繰り広げ、ただ一人のブレーキと助けを求めた王妃様は緩い微笑でマカロンを勧めてきた。おいしかったなアレ。
あの方も存外胆力が凄い………まあ、母上には負けるが。
「マブダチトリオ協定」とかいうふざけた協定の存在を初めて聞き、オヤジどもの本気を知ってしまった。
男三人、血を繋げたいほどに仲が良いって、どうなんでしょう?
三人で同性婚でもすればよかったのにね。
夢から現実に戻ろうと薄く目を開くと、深い海の色みたいな暗青色のサファイアの瞳と目が合った。
2・3度瞬いて思い出す。
ああ、昨夜は兄上を引っ張って来て一緒に寝たんだった。
兄上は体温は低いくせに、一緒に眠るとあったかくて安心して、ぐっすり熟睡してしまう。
「おはよう」
「―――いつから起きてた?」
「ちょっと前だ。お前の顔見て充電してた」
相も変わらず甘い言葉をくれる兄上だが、すいっと顎をしゃくってくる。
周囲を見ろ。の合図に兄上から視線を移して、絶句する。
どういうことだいこれ?
兄上との間には、ジョシュが掛布に丸まり、背中側には双子の姿。
いくらキングベットとはいえ、この人数が一緒に寝ればさすがに狭い。
「………寝入った時はいなかったはず」
「次々に増えた」
ちっ!と舌打ちする美しい兄に、ステラは笑うしかない。
「あら、やっぱりここに勢ぞろいね」
ノックもなく扉が開き、母上が楽し気に笑いながら子供たちが集うベットに近寄ってきた。
愛する子供達が子猫が身を寄せ合って眠るように、ひとっところに固まって眠っている姿が嬉しかったのか、母上は幸せそうに微笑んで、おはようのキスをくれた。
「「おはようございます。母上」」
未だ眠りから覚めない双子と末っ子を置き、ステラとアイザックは体を起こした。
「おはよう、アイザック、ステラ。ウィルがね、朝食を摂りながら作戦会議をしたいって」
「父上が?こっちにいつ来たんですか―――」
「少し前よ。問題児を片付けたいんですって」
「「あぁ―――」」
セオドアの事だと察し、ステラとアイザックの二人は同時にため息をついた。
ステイビア王国の天下の第一王子セオドア様は、「転移ゲートが壊れている」だの「ここには王宮魔法師もいないので転移魔法を使用できない」だの文句を言い続け、ついには居直り、スタンレイに逗留を続けて、早1週間。
公務はどうした、王子様?
国王陛下は静観を決め、父上は激怒。叔父上は半狂乱、兄上は―――骨も残さず潰してやる。と先程言われました。目は本気でしたが、冗談ですよね?
というか、父上も叔父上も兄上も――――仕事はどうしたんだ?
王子殿下の事言えないでしょう。
国の重鎮である皆様は、この一週間スタンレイに缶詰です。本当に大丈夫なのか?
え?
遠隔で仕事はしていると?
皆さん優秀ですね...……。
ステラは来週から、王立学校の新学期だというのに、このままでは本当に休学となりそうだ。
まあ、行かなくても問題ないというのなら、講義のカリキュラムはほぼ終わっているし、試験だけ受けに行けば良い。卒業後に仕官したいわけでもないし、このスキに森に戻ろうかとも考える。
「ステラ」
うん。考えていることがバレてますね。
別邸のダイニングに並んで座る兄上に顔を向ける。
「はい。兄上」
無駄な言葉を零して痛い目に遭うのはこの10年で懲りている。返答はシンプルイズベストだ。
「もう一度言うが―――セオには、お前は会う必要はない」
「兄上。さっき父上とも合意しただろう?」
セオが一向に引かず、ステラを嫁にくれる証明をもらわない限り動かん。と頑として譲らず、国王陛下までそれを承認している。とか、とんでもない事を言ってると父上が唸りながら教えてくれた。
セオも面倒だが、それ以上に面倒なのが国王陛下らしい。
初めて対面したあの時、最後には和解した父上と国王に師匠の伝言を伝えた。
『自分は最後まで自分らしく自分の信念を持って生きた』
ステラがその言葉を伝えた瞬間、二人は膝から崩れ落ち、同時に滂沱の涙を流した。
ひとしきり二人が泣いた、その後―――。
自分に知らせず、さっさとステラを養女にした。と国王による2回戦目の喧嘩が始まった
だが、この際、その話は横に置いておこう。
国王は、相談もなくウィリアムがステラを養女にしたのだから、今度は自分の息子に嫁に貰うのは、協定上しかるべき。と言って、譲らないらしい。
いうなれば、養女としてスタンレイとステラは縁を結んだのだから、今度は自分。との言い分だそうだ。
だが、巻き込まれたステラは堪ったものではない。
ステラは本邸の騒ぎには関与せず、別邸で母とジョシュと双子と、電池切れで現れる兄と、ゆっくりと好きに過ごしていた。それは、セオが帰るまで続くはずだったのだが、今のままでは終わりが見えない。
絶対に譲らない王子様に堪忍袋の切れた兄上が、セオと本気の決闘を行うと言い出し、当事者としてここが潮時とステラは手を挙げた。
セオと、本気の決闘をステラが行う。
ステラが勝てば、王子殿下は速やかに王宮に送還。
王子殿下が勝てば、婚約を認める。
これでどうだ?と条件を出せば、セオは両手を上げて喜び合意文書にサインするだろう。
ステラは、負ける気はない。
結婚はいずれして師匠の命を繋げるため、自分で産むにしてもそうでないにしても、子供を持つことがステラの人生における最終目標である。
その目標を達成する為に結婚相手へのステラ的な最低条件がある。
―――条件はたったひとつ。自分に勝てる男であること。だ。
この条件をクリアできる男をこの世界でどう見つけるのか、ステラは基本的なところを見誤っている。とはスタンレイ家に仕える家人の総意であるが、本人だけがそれに気付いていない。
「そうだな。それぐらいしないと、セオを送り返せないし、クリスも納得しないだろう」
父上が妙案だと頷く、
「こてんぱんにしてあげれば、あの子も少しは冷静になるでしょうね」
母上が大変良くできました。と笑う。
問題は兄上だ。
「私は反対です」
アイザックの目が据わっている。
『暴走』一歩前の顔をしているアイザックに、ダイニングには緊張が走る。
「私が、セオを完膚なきまでに潰して―――」
「兄上」
『竜使い』の称号は伊達ではありません。
この10年。何回兄の暴走を止めてきたことか。タイミングも、気の逸らし方も、気の引き方も、熟知しておりますとも。
ステラはアイザックの手を引いて不敵に笑った。
「一度、久しぶりに手合わせしましょう、兄上。それで、私がセオをこてんぱんにできるかどうか、兄上が判断してください」