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15:もうひとつの事件2

夕闇過ぎ、森には夜の帳が降り始めようとしていた。

湖畔の森の大きな木の下で、小さな焚火の炎が揺れる。

炎の明かりに照らされる影は、大人が一つ、子供が一つ、そして大きな馬が一つ。


黒馬の腹に寄りかかりながら、火の様子を見ていたステラが、ネイトに振り返った。

「食べる?」

「―――ご相伴にあやかりますが……お帰りになるお気持ちは」

「ない」


夕暮れ前に森で狩った鹿肉をこんがり焼いてネイトに3本渡し、ステラは自分の鹿肉に噛り付いた。

ディトーの肉には及ばないが、まあまあ美味い。

やはり、台所から塩と胡椒を頂戴しておいて良かったと。美味美味(うまうま)と肉を食べるステラに、ネイトは困り顔で肉に噛り付き咀嚼の後に口を開いた。


「若様が悲しみます」

「そもそも、どうしてオレを妹にしたいのか。理由を聞いたことがない」

「理由、ですか……。俺も、ステラ―――様には聞きたいことが山ほどある。なあ、黒王(こくおう)?」


ステラを乗せて来てくれた黒馬の名は「黒王」と言って、アイザックの愛馬らしい。

彼は何故かステラから離れたがらず、今も共に居るのだが、ネイトの声にひん!と返答してきた。言葉がわかるのだろうか?


「黒王も同じだってさ。ここだけの話、聞いていいか、お嬢?」

「―――お嬢………?」

ネイトから敬語が消えて、得体の知れない呼び名を付けられて、ステラは怪訝に眉を寄せた。

「お嬢は、何者?!」


騎士というより諜報員の色合いが強そうなこのお兄様は、なんと難しいことを聞いてくることか?

ステラは喉に肉を詰まらせかけた。


「貧民街と魔の森に住んでいて、魔の森での肉祭りじゃ、どこのかーちゃんか?って聞きたくなる位、肉焼いて、俺達の世話を焼いてくれて。今、6歳だっけ?ありえん。黒王だって、若様以外を乗せたのなんて、初めて見た!!おまけに、さっきのだよ!さっきの!!湖の主ってなんだよ?!なんで凍らなかったんだ?!信じられん!!」


目の前にいるのは、魔の森で肉祭りの時の気取らないネイトに戻っている気がする。

そして、ひとまずの疑問は全部聞くタイプの人らしい。

ネイトの勢いに押され、じりっと後ずさるステラに、彼は更に詰め寄ってきた。答えるまで引く気はないらしい気迫を感じる。


「貧民街と魔の森に交互に住んでるのは娼婦狩りに捕まらないためで、肉焼きはみんなが食うから沢山焼いただけで、6歳は―――師匠に拾われてからのカウントで、黒王は、本人に聞いてくれ。湖の主は―――見えないのか?」

「へ?」

ネイトが素っ頓狂な声を出した。


見えない。ということの方が、ステラにはわからない。

湖の主も、森の主も、風の主も、すぐそこに居るのが、ステラには見える。

見えることがステラには普通であり、どう説明して良いかがわからない。


「遠くて近い隣人……と、師匠は言っていたけど。お願いをして対価を払って、希望を聞いてもらう。オレには、それが普通で」

「遠くて近い隣人って―――まさかの()()か?」

「あれ?」

「今は―――ひとまず置いとく………これは、侯爵様案件だ」


全てを飲み込むように大きく息をついて、ネイトの武骨な手がステラの頭を撫でてきた。

「お前は、なんていうか、そんなの全部横に置いといて、一緒にいると―――あったかい気持ちになる。だから、養女になるならないは置いといても、俺はここにスタンレイに残って欲しいと本当に思う。若様もきっと同じだ」

「言葉だけ、ありがたく受け取っておく」

「騎士目指すとかはどうだ?俺も結構な下層の出だが、スタンレイは実力主義だからお前なら」




「「なんてことを言っている!ネイト!!天下のスタンレイが、貧民街の浮浪児等受け入れるわけがないだろう!!」」




ふたつの同じ声が森の静寂を切り裂いた。

ここに居るはずのない、居てはいけないその声に、ステラは瞬時に立ち上がって声が聞こえた方向に向かい、アメジストの瞳で睨みつけた。


「―――何故、邸に居ない、どうしてここに?」

「お前にそんなこと言われる筋合いはない!」

「わざわざ、お前の様な浮浪児を探しに来た我らにっ」

イーサンとネイサンは暗くなる森の中を照らす光魔法のカンテラを手に、闇に沈む林の中から不意に姿を現した。


「タイミングが悪すぎる―――」


焚火の明かりに照らされる双子に構わず、彼らの後方を睨み据え、その身から離すことのない剣を鞘から抜くステラに、イーサンとネイサンが声を上げる。


「「ま、丸腰の相手に、剣を振るつもりか?!」」

「ネイトさん」


ステラは双子に構うことなく、ネイトを振り返った。

ネイトも帯剣している。

武装をしていなくとも、彼は騎士であり護衛であり恐らく主君の闇の面を司る影である。闇の世界に属する貧民街に育ったステラには、その気配が判別できている。


「ネイトさん、二人をガードしてください。オレは、湖の主への()()を片付けないと」

「対価で片付けるって―――()()に気付いていたのか?」

「だからネイトさん、ここに居て、オレから離れなかったんでしょう?」

「まあね」


残り一片の鹿肉を口に放り込んで串を投げると、ネイトはゆっくり立ち上がって、ステラと同じく剣を抜いた。


「対価の、()()()()を片付けるために、帰らないって言ってたのか?」

「対価を払って、ここから脱走するので、『帰らない』です。アイザックとの賭けで、脱走したらこちらの勝ちなので」

「簡単にいうな。やっぱり、魔の森で()()ディトーを仕留めたのは、お嬢か?」


ネイトの問いには答えず、ステラは身体強化の魔法を口先で呟く。

黒王と自分の身を洗いに湖に来る前から、森に潜む()()()()()()()()()者達の気配は感じていた。


―――自分には決して仕掛けてはこない相手。

馬場の横で、双子に風魔法を仕掛けられた時に感じた、相手からの視線は、間違いなく双子を追っていた。

アイザックとの賭けの晩に聞いた言葉を思い出す。



『最新情報では、ステラはスタンレイが過去に滅ぼした西の魔の森の竜王の生まれ代わりで、世界の転覆を図る、次代の大魔王になっていた』



それを信じているグループだからステラには仕掛けてこないのか?

あの時、アイザックは言っていた。大体の案件は侯爵が潰したが、数件が残っていると。

これは、その陣営の実行部隊で、ステラではなく、双子を狙っていることは、確かだ。


「黒王!二人を!」


ステラの命に、黒王は瞬時に双子に跳びかかると、二人の首根っこを咥えてネイトの後ろに走り去る。

「「ぐえっ!?」」

潰されたカエルの様な声を上げるイーサンとネイサンの目には、周囲の現実が映っていた。


彼らの居たはずの周囲から、次々に現れる人影。

双子を追って動き出す黒い影は十数を軽く超えている。ネイトが黒王とイーサンとネイサンの周囲に守護魔法陣の術式を展開し、剣を構える。それを視認して、ステラは剣を振るった。

ステラの剣の速さに防御を取ることも出来ずに、大人二人が吹っ飛び、木の幹に体を叩きつけられ地に沈む。


「魔王に向かうな!双子を取れ!!」


酷い言われようである。

ネイトの吹き出す声を聴きながら、ステラは怒りの詠唱を行い、剣に(いかづち)を与える。


こちらに向かってこない相手を切るなど造作もない。

ただ、ステラが思ったのは、アイザックの土産に生け捕りが数人必要だなということ。


一閃また一閃と、雷の青い光が黒い影を貫き、次々に()()を払っていく。

6歳の子供がなせる技ではない。

まるで舞うように、剣を振るい、雷を落とし、双子を襲ったはずの者達を一掃し、ステラは何事もなかったかのように流れるように剣を鞘に戻した。



「ネイトさん。このお客さん達をアイザックに渡してください。オレは―――これで」



ステラがネイトを振り返ると、彼は大変嬉しそうに左口端を上げて笑うと、ステラの背後を指差した。

「お嬢が、直接伝えるといいよ」

「―――――――――」



振り向くとそこには、アイザックと侯爵閣下の姿があった。

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