12:双子による美しい土下座
スタンレイ姓を名乗るようになってもう10年が経つ。
幼い頃に兄上と交わした「賭け」は、スタンレイを名乗っている時点でこちらの負け。
―――という訳ではない。
当時の「賭け」は、賭けの期限内に起きた、兄上の誘拐暗殺未遂に次ぐ「もう一つの事件」により、実のところ、未だに決着がついていないのだ。
10年前の「もう一つの事件」の中心にいたスタンレイの双子、次男イーサン・ワイアット・スタンレイと三男ネイサン・ヴィクトル・スタンレイはいま、家族用ダイニングの大理石の床の上に正座で両手を付き頭を下げていた。
スタンレイ男子に継承されるプラチナの髪にサファイアの瞳を持つ、鏡で映したように同じ顔同じ姿をした双子の、それはそれは美しい土下座である。
双子の土下座の前には、アイザックが氷の彫像の名のままに席に着き、表情も変えず兄弟一深い暗青色の瞳で二人を見据えていた。
「夜会ではステラから絶対に離れるなと、私は厳命したはずだ。それにより、この事態に陥った自覚が、お前達にはあるのか?―――一応、申し開きは受けてやる。言ってみろ」
アイザックの氷点下に凍るような冷たい声に、双子は顔も上げず静かに答える。
「「ありません。我らの不徳の致すところ………兄上、どのような処断でも」」
「ちょっと待った」
兄弟の断罪劇に割って入ったのは、アイザックの隣で悠然と足を組み座る秀麗な顔立ちの青年だった。その美貌はアイザックにも負けず劣らない。
彼は、光り輝く見事な金髪をかきあげ、王国内で唯一無二のただ一つの血筋の証明となる、宝石の様なエメラルドに斑に金が散る瞳でアイザックを睨みつけた。
「イーサンとネイサンの前に、俺がお前の『申し開き』を聞く方が先だ。さあ、アイザック、さっきのは一体何なのだ?」
その瞳の色は血筋の象徴ともいわれる王家の紋章。
ステイビア王国第一王子セオドア・ワイアット・ステイビアは、双子の土下座には構わず、自身の後ろに立ち控える近衛騎士団長に顔を上げ「なあレオナルド?」と声を掛ける。
不機嫌という言葉を顔に書いたような渋い顔をしたレオナルドは、それに小さく頷くとセオドアと同じくアイザックを睨みつける。
「私も殿下に同意見だ、あれはなんだ?!」
セオに同調するレオ叔父上は、すでに王族護衛の任を忘れているように見える。
うん。こりゃ参った。
セオとレオ叔父上がタッグを組むとだいたい碌なことにはならない。
兄上の援護をしようにも、ここは階下の家族用ダイニングから離れた二階の自室である。
ステラはベッドの上で胡坐を組んで、ダイニングの様子を映した魔鏡を覗き見て頭を抱えた。
兄上からも、父上母上からもセオには今は絶対に会うなと、厳命を受けている。
その理由も、作戦本部(?)でさっき説明を受けたし、自分でもそれは勘弁してほしいので、セオにいま会う気は全くない。
しかして、「さっきの」とは、やはり「あれ」のことか?
「?ステラと昼寝してただけだが。それが何だ?」
「「それが何だ――――だとおお?!」」
やはり「あれ」か。
兄上と二人してぐっすり眠っていたところを、セオとレオ叔父上が突然現れて大騒ぎするもんで目が覚めた。
二人はクザンたちが「食事の用意が出来ました」と有無を言わせぬ強制力で引っ張って行ってくれて、その後、父上と母上から事の概要は聞くことが出来た。
だからこそ、ステラはセオドアを避け自室にこもり、対応は兄上に任せたのだが………。
「「えええ―――い~な~兄上!」」
がばっ!と顔を上げアイザックに声を上げる双子に、セオドアが怒りの声を上げる。
「いいなあ、じゃない!双子!!妙齢の兄妹が一緒のベッドで寝るなど―――?!」
「「お言葉ですが殿下。うちでは普通です」」
くりっと同じタイミングで顔をセオドアに向けはっきりとそういう同じ顔の弟に、アイザックが得心がいったように頷いた。
「よし。イーサン、ネイサン。夜会の件は不問とする」
「アイザックゥゥゥゥ―――!!」
………盛り上がってるな、セオ。
レオ叔父上と次男三男が王宮で様々な手を使い、王宮の転移ゲートを故障させてまでスタンレイ領地にセオが入れないように画策したそうだが、セオはその全てを乗り越えて、やってきてしまった。
王宮魔法師を招集し、王族特権の転移魔法での来訪―――。私用で王宮魔法師を酷使するなど、どんだけ馬鹿なのか?と聞きたくなるが、本来は頭のキレと能力は高く、次代の王太子との呼び声は高いセオである。
そもそも、セオとアイザックを会わせないために、昼寝に入っていたのだが、そこを強襲されるとは思わなかった。
この王子様はスタンレイの事情に精通しすぎているし、無駄に頭が回るので始末に負えない。
邸宅スタッフと警備の騎士達の制止をものともせずに、一目散にアイザックの自室に狙いを定め、突撃したのだそうだ。
ふと、視線を流してきた兄上と、魔鏡越しに目が合った気がした。
魔鏡でダイニングの様子を見るとは伝えてあるが、向うからはこちらが見えていない。目が合うはずはないのだが、兄上が何かを伝えてきていると気が付く。
うん。ここも危ないのですね?
逃げよう。
アイザックのサインに気付き魔鏡をベッドに置きステラは立ち上がった。
「お嬢様、どうされました?」
部屋に控えていたリリーの声を背に受けながら、ステラはベランダの扉に手を掛けて振り返った。手には邸内だというのに師匠の形見の剣を携えている。
「ここもヤバそうだから移動する」
「では、奥様のところへどうぞ。移動の際は別邸のサンルームでお茶を。とのことでした」
「さすが母上。リリーは―――」
「私は、ここでお馬鹿様の足止め工作を致します。別邸へは」
「俺が付くよ、お嬢」
音もなくネイトがステラの目の前にその姿を現し、膝をついた。
「俺はもともとお嬢付きだからな。隊長が若様のフォローに入ってる、ひとまずお嬢は本邸から離れろと、侯爵様からの指示だ」
「………どんどん大事になっていくな」
「あの馬鹿ったれのせいでショ。行くよ、お嬢」
ひょいとベランダの手すりに飛び上がり手を差し出すネイトに、ステラは大きくため息をついて、共にベランダから飛び降りた。
自国の王子を「馬鹿」呼ばわりする。
それこそがスタンレイに身を置くもののスタンダード。
彼らは国でも王家でもなく、スタンレイのみに忠誠を誓う者なのだ。
「―――そもそも夜会だ!俺はあの場でステラを俺の婚約者有力候補として立たせるつもりだった!ステラに不適切な対応をした令嬢達は確かに問題ありだが、それしきでお前がステラを連れ去るもんだから」
「殿下。お言葉ですが、ステラの婚約者はこのわた―――」
セオドアの宣言にたまらず前に出てきたレオナルドの足を、アイザックが力の限り思いっきり踏みつけて口火を切る。
「スタンレイはそんなもの認めていない。お前が勝手に王命だなんだと1年も早くステラを社交界デビューさせただけでも大変な迷惑をこうむっているというのに、何が婚約者有力候補だ。それに」
室内の気温が一気に下がりダイアモンドダストが起こり、空気にキラキラと氷の粒が光りだす。
アイザックは本気で怒っている。
相手が王太子最有力候補の第一王子でも、彼は一向にひるむ様子はない。
「言うに事欠いて、『それしき』だと?ステラを害する女どもの動きを知りながら、それを抑えもせんお前が、よくぞ言ったものだ。ステラに喧嘩を売った5家への制裁は、スタンレイの総力をもって行う。お前も今後はうちに出禁だ。とっとと王宮に帰れ、セオ」
「いやだね。ステラは俺の嫁にする。くだんの5家もオレが制裁を行うし、お前に何こそ言われる筋合いはない!そこをどけ!ステラに会う!!」
「―――たとえ王子殿下といえども許せません!!ステラは私の」
「「関係者以外口を挟むな!!」」
アイザックとセオドアの同時の怒声に、先程踏まれて痛む足を抱えたレオナルドが二人の圧に押されて尻もちをついた。
一触即発の戦場と化したダイニングから、ちゃっかり者で空気を読みすぎるほどに読む同じ顔のツインズは、そろりそろりとダイニングの扉を抜け、スタンレイ家血筋のみが知る秘密通路の入り口がある図書室に全速力で駆けだした。
「母上のとこだな!」
「ステラとお茶だ!」
スキップ交じりに走るふたりはもう、兄貴分3人のステラ争奪戦など気にもせず、愛する妹とのお茶会に意識が飛んでいた。
幼いころ、アイザックが連れてきたステラを「捨ててこい」とまで言った彼らだが、今はもうそんな考えは欠片も残ってはいない。
走る彼らの前に、父であるウィリアムがゆっくりと歩んできた。
流石のツインズも急ブレーキで足を止める。
「戦況は?」
「「最悪です」」
クザンと執事を伴ったウィリアムが「ふむ」と声を上げ、ふたりの肩を叩きダイニングに向かっていく。
「お許しがでたな!」
「でたな!」
同じ顔を見合わせにっこりと笑うと、彼らは再び肩を並べて走り出した。