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11:兄上と賭けをします

「賭け?」


アイザックの突然の提案に、ステラは首をこてんと傾げた。


「ここに来てからの一ヶ月、色々と面倒を掛けて悪かった。でも、ステラのお陰で面倒事を一掃する目処がついたから、いいタイミングだと」

「はい?」


アイザックはステラを掛布の中にしまい込んで、いつものように自分もその中に滑り込むと淡々と語りだした。



アイザックの誘拐暗殺騒ぎの前から、スタンレイでは片付けたい面倒な案件が少なく無かったそうだ。

王家でも対抗出来るかどうかと言われる、多くの領地と大きな城を持ち、国庫並の資金と兵力を有するスタンレイだ。面倒事を潰すということは、どこぞの勢力を潰すことと同意で、軒並み片付けてしまっては、ただでさえ高い悪名が天井知らずになってしまう。


問題案件が積み上り、スタンレイ当主ウィリアムの指揮のもとそろそろひとつずつ片付けていこう。と動き出した最中に、アイザックの誘拐事件が起こった。

スタンレイ邸内には各所に敵陣営の密偵が内部潜入している。

密偵の把握は出来ていてフェイク情報の操作に利用できる為、通常はあえて泳がしてはいるものの、今回は危機感が勝ったのかフライングで行動を起こされた。スタンレイが動く前に、アイザックを抑えけん制するつもりだったのだろう。


そこに彗星のごとく現れた、スタンレイ非関係者の階級も最低辺の浮浪児ステラ。


天下のスタンレイがそんな子供を即時城に迎え入れるなどあり得ない。

過去に潰した他国の王家か旧大貴族家の落胤ではないか?

今回の誘拐事件への報復のための試金石ではないか?

など、敵陣営の足並みは乱れに乱れたらしい。


スタンレイが拾った子供(ステラ)は誘拐グループを狩る程の悪鬼で、スタンレイが次代の主力戦力にとスカウトした強力なルーキーかもしれない。などと、ステラがスタンレイにやって来た当日から各陣営の情報戦が勃発した。らしい……。



「悪鬼はわかるけど、らくいんって何?」

「血筋の者って意味だ」



どちらにしても心外である。

そもそもステラが片付けたのはディトーであり、誘拐グループではない。



ステラの素性はスタンレイでも突き止められなかった。

スタンレイができない事を他の情報機関が解明出来るはずがなく、ステラの素性に関しては大きな尾ヒレはひれがつき、スタンレイはその機会を逃さずに追加の架空情報を現場に投下した。


結果は予想以上の大混乱を国内に招いた。


真実は皆無の情報の錯綜(さくそう)から、味方陣営、敵陣営入り乱れての密偵間者合戦は邸内はもとより、領地内でも繰り広げら、一ヶ月が過ぎようとする今もなお、続いているらしい。




「最新情報では、ステラはスタンレイが過去に滅ぼした西の魔の森の竜王の生まれ代わりで、世界の転覆を図る、次代の大魔王になっていた」

「…………すごいね」


貴族って馬鹿なのかな?

ステラの人生最大のお気に入りとなったふわふわの枕に顔から突っ伏すと、アイザックが頭を撫でてくれた。


「父上はステラを認めないくせに、ちゃっかり上手く使ってほとんどの案件を一気に片付けた。残すはもう2−3案位らしい。邸内の人員整理も併せて行なったから、ステラに酷いことする者は、一掃した」

「ーーーー知ってたのか?」

「万が一に備えてクザンとネイトをつけて、ステラが捌ききれないだろう対応は二人に消させていた」

すまなかった。とアイザックが謝ってきた。


ステラに対する家人の対応はたまに「仕方ない」では済まされないものがあった。


――お風呂で怪しげな薬を掛けられそうになったり(速やかに位置を反転して相手がかぶった)

――庭に出ていたらメイドからナイフが飛んできたり(師匠の剣で打ち返し本人にリリース)

――邸内を歩いていたら従僕の呪術トラップがあったり(解呪して掛けた本人に返送した)


あれが多分、情報は正しいか分からないが危険な芽は摘んでしまおう。とステラを狙った暗殺者達だったのだろう。


「どうりでいつも、良いタイミングでクザンさんが現れるはずだ」

「ついでにステラを馬鹿にしたり酷い扱いをするメイド達も辞めさせた。僕と母上の意向に添えない者は、スタンレイには不要だから」

暗殺者と普通のメイドの扱いが一緒って、凄い。

もう、何に驚いていいかが、ステラはわからなくなった。



「で、賭けって?」

「僕と勝負しよう」



アイザックの提案の賭けは簡潔なものだった。

期間は1ヵ月。

ステラがスタンレイ家の防衛ラインを超え「脱走」することができたら、ステラの勝ち。

ステラの脱走をアイザックが完全に止めた場合は、アイザックの勝ち。


ステラ勝利の場合は、アイザックはステラを追わない。

アイザック勝利の場合は、ステラはスタンレイ家の養女に、アイザックの妹になること。



「クザンさんとか出てきたら無理だ。分が悪い」

「今回の賭けに関しては、クザンとネイトはステラの護衛以外は手出しさせない」

「う~ん――――」

手練れの二人が防御に出てこないとすると、メイドや従僕位ならいなせる。とステラは頭の中で勘定を始める。

「クザン達と同じく騎士階級は手出しさせない。見回りの騎士とは対峙があるかもしれないが、ステラはそれ位大丈夫だろう?」

アイザックが巧い事持ち上げてくるが、どう判断するかステラは思考を廻らす。


物理的に逃がさない。と大魔王の息子みたいな黒い顔で言ってきたのに、今回の賭けを持ちかけてくるアイザックの考えがステラには読めなかった。

「逃がす気がない。って言ってたのに、良いのか?割とオレは強いよ」

「ステラは良く脱走するけど本気でないのは見えていた。ディトーを一刀両断するところを僕はこの目で見ているからな」

バレている……。


逃げれたらそのまま森に帰ろうとは思っていたが、クザンに捕まって、クロエとお茶を飲む時間を実のところ楽しみにしていた自分がいるのを、知られていたようだ。


「魔力使用はいいのか?」

「魔力も剣も使用は許可する。その代わり、僕も全力でステラを止める」

「養女にするって言っても、お父さんは反対のままだろう?そもそも貧民街(スラム)出のオレがこんな大貴族の家になんか」

「そこは考えてあるから大丈夫だ」


なんで?

どうしてそんなに自信満々な顔をしているのでしょうか?

いくら嫡男とはいえ、まだ10歳にもなっていないと聞いている。聞くと外堀を埋められそうな気がするので、これ以上踏み込むことをステラは止めた。

ステラもまだ6歳ではあるが、師匠に危機管理は叩き込まれている。

聞いてはいけないこと、踏み込んではいけないラインの見極めは出来るのだ。


「最後に、一つ聞いていいか?」

「なんなりと」


ひとつの掛布の中でアイザックに向き直るステラを、暗青色の深いサファイアの瞳が見つめた。



「なんで、オレを妹にしたいんだ?」



スタンレイ邸に着いてすぐに発せられた、『今この時より、僕の妹にしたいと思います』というアイザックの爆弾宣言。

その真意をステラは知りたかった。



「賭けに勝ったら教えてやる」



アイザックはそう言うと、ぎゅうっとステラを抱きしめた。

その腕は、言葉よりも雄弁にアイザックの気持ちを伝えてくれた。

アイザックはステラを離す気なんてないのだ。



賭けに勝ったら、理由を教えてくれるというのならば、乗らないわけにはいかない。

それが、このあたたかい場所から離れることになったとしても、ステラはその理由を聞きたいと願ってしまった。


アイザックの提案である「賭け」に、ステラは乗ることを決めた。

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