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兄上。このままでは私は嫁にいけません。  作者: MINORI


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103/103

103:もしかして見えてます?


波打つ黒髪に包まれたレティシアが、ボールの様にバウンドをしながら弾んで飛んだ。



レティシアの本性ともいえる悪夢のような黒髪に捕らわれて、身動きすることも出来ずレティシアの「標本」とされていた一同は、漏れなく声を無くしていた。


次期王太子と名高い第一王子セオドアと騎士団長のレオナルド、スタンレイ侯爵家三男坊のネイサンに、クレセント侯爵家嫡男のヴィクター。そして、ここに来てやっと意識が戻ったらしい一応第二王子のデイビットと、レティシアの腹違いの兄を名乗る魔法騎士団第1師団長カールですらも、目の前で展開された余りの光景に、目を瞬かせてポカンと口を開けるしかなかった。


当世一級の男といえるお育ちの宜しいメンズ達は、魔女とは言えどのレディーに対し、自分たちが手をこまねいている状況を打破したのが、魔術でも剣術でもない―――『蹴り』という、物理攻撃であることに、かなりの衝撃を受けていた。そして、その『蹴り』の、あまりの美しさにも。



本当に見事な、惚れ惚れする様に美しい『蹴り』だったのだ。



魔女化しているとはいえウィスラー家のお姫様であるレティシアを、見事な回し蹴りで蹴り飛ばしたのが、彼らが焦がれるスタンレイ家のご令嬢であるとしても。



「―――………お見事です。お嬢」

「レ……レティ? ……死んじゃった?」



ごくりと息を飲んでのネイトのしみじみとした一言に、一応戸籍上の兄であるベルトランが血の気を落として呟いた。


二人の言葉が耳に届いていないのか? 回し蹴りのお手本のような姿勢のまま静止したステラの全身からは、発光するような青白い炎が煌々と輝き、辺りを照らし出していた。


レティシアのコレクションルームであった標本室が、ステラが発する青白き光に照らされ、炎に焼かれる紙の様にぼろぼろと風に舞って消失してゆく。


だんだんと、もともとの場所である王宮回廊が辺りに現れだす中で、見た事もない程に激昂したステラの額には、アイザック張りの青筋が浮き上がっていた。爛々と輝くアメジストの瞳は、アイザックだけを睨みつけ、レティシアのことなど歯牙にも掛けていない様子がありありである。



「……兄上」



地獄の獄卒も裸足で逃げ出しそうなオソロシイ声音で、ステラはアイザックを呼びつけた。


ステラの顔は、青みがかった銀の髪が覆い隠していて、銀色の髪の間から覗くアメジストの瞳がギラギラと睨みつけてきているのがわかるだけで、その表情までは読み取れない。


かたや、ステラに睨みつけられているアイザックはと言えば、先刻レティシアに向けて白刃を振り落とそうとした姿勢のまま、珍しくも目を丸めステラをただ見つめるのみ。


と、アイザックの口角が、ひっそりと上がるのを、ステラは見逃しはしなかった。



「兄上――無事ですね?」

「無事? ああ。()()、だ」

「嘘なしですね?」

「ある訳がない」

「わかりました。ならば先にあの女を片付けます」



レティシアを吹っ飛ばした方向を睨み据え、ステラはゆっくりと姿勢を戻した。剣を腰に帯びたまま、瓦礫の中にうずくまるレティシアの元にすたすたと近付くステラに、レティシアの波打つ黒髪が蠢いた。


レティシアがステラに向かって顔を上げ、攻撃色に染まった深紅の瞳が、獲物を捕らえて爛々と輝く。



「邪魔な女!!」

「そっくりそのままお返しする」



闇を纏ったレティシアの悪夢のような黒髪が、ステラに向かい攻撃を始める。

刃の様に変形し、四方八方から雷の形状でステラを狙う黒髪を、すらりと抜いたリアムの剣で、ステラはつまらなそうに斬り捨てる。



「お前など! 生まれてきたのが全ての間違いなのよ!」

「それもそのままお返しする」

「消えてしまえ! お前さえいなければ! 私はこの国の女王ともなれたのに!!」

「それは無理がありすぎだ」



レティシアの攻撃は止むことがない。


金瞳と同じように、生まれつき闇の能力を持ち得ているのか、または、私への足止めで金瞳が闇の力を貸しているのか?


波打つ黒髪の波状攻撃すべてに反応し斬り捨てながら、状況を冷静に分析しているステラの耳元に、リアムの剣から声が聞こえてきた。



『あの黒い子。今世の金瞳と同じ血を持ってるからか、始末に負えない。間違いだらけの勘違いの恋心が、ステラへの対抗心で闇の深さに拍車をかけてるみたいだから、一発ぶん殴って目を覚ましてやるといい。闇を祓えて一石二鳥だし、まずは、死なない程度にね』



また……難しい事を言ってくれるなあ。師匠。

女の子って、どの程度の力加減で殴れば死なないのか。試したことがないのでわかりません。



『う~ん。グーで行くと死んじゃうだろうから、目が醒めるまで平手で往復ビンタってのが妥当かな?』

「了解です」



ステラは大きく上段で剣を構え、両足に力を籠めて腰を落とす。


波状攻撃で一斉に向かってくるレティシアの黒髪を、剣を振り抜き一刀両断し、その懐深くに飛び込みドレスの胸元を鷲掴み、自分に向けて引き上げる。



「ぶ、無礼者ッ!!」

「兄上に手を出そうとした無礼者が何を言うか」



ぱんッ! と、ステラはレティシアの右頬を打った。



「―――………っな、何をするの?!」

「うねうねな黒髪がまだ蠢いてるってことは、まだ正気じゃないな」



ぱしん!ぱしん!! と左右の頬を順々に平手打ちするステラに、レティシアの頬が見る間に赤く腫れてゆく。



「痛いッ! 貧民の分際で、私に手を挙げるなど!!」

「あ。ちょっと正気が戻って来たか? もう一声」

「いやあ! もう、止めて~~~!! 皆様! 助けて下さいませ! この女を止めて下さいませ~~~!!」



自分を凝視する、自らが搔き集め標本とした血統の良いメンズ達にやっと気付いたのか、レティシアがいつものあざとい素振りと声音を以て救いを求めて来る。


きゃあきゃあと泣き声を上げるレティシアに、救いの手を差し出すメンズは、いない。



「……お嬢は優しいなあ」

「ステラの騎士道精神には頭が下がるな。女の子には優しいのはわかるけど、ステラに無礼を働いた女など、ぶっ殺せばいいのに」



ネイトの隣でレオナルドが呆れ声を上げ、二人はステラの元に走り出す。



「あれだけブチ切れてるのに、どうして、あの女は、闇に……落ちないんだ?」

「ウィスラーのオヒメサマや、灰色にしかなれない優柔不断な第二王子(あんた)みたいなのと、うちのステラを一緒にしないでください」

「っ痛?!」


わざとらしくデイビットの足を踏んずけて、べ~! っと舌を出したネイサンもステラに向かって走り去った。



「ぶ、無礼な?!」

「幼い頃よりステラに無礼を働いて来たのは、お前とレティシアの方だ。ステラを本気で思うなら、いい加減目を覚ましたらどうだデイビット?」

「―――………兄上」



ばしん! っとデイビットの背を力の限り叩いて、セオドアが不敵に笑う。



「まあ、名乗りを上げたところで、俺もスタンレイも、お前などステラに近付けはしないがな。お前もだぞ、ヴィクター」

「俺にはステラ嬢との親友カードを持つ『妹』がおりますので。スタンレイ家へのフリーパスを持っております。殿下は出禁続行中ですよね?」



セオドアとヴィクターが下克上の睨み合いをしている前で、事態が一気に収束し始めていた。


レティシアは、自分が搔き集めた男達に味方をして貰えなくて、更にはステラに頬をぶたれ続けて、遂に、わんわんと泣き出した。レティシアの涙は、赤く腫れた頬を流れ落ち、それに比例する様に、少しづつ、瓦礫の山が積まれる床に伸びていた波打つ黒髪が色を変え始めた。


澱んだ闇色をしていた黒い髪が、元通りのご自慢の蜂蜜色に毛先から戻りはじめ、その長さも、いつもの腰あたりの長さに戻っている。



『そろそろ、金瞳の闇は祓えたみたいだな。流石はステラ、お疲れ様』

「平手打ちで闇が祓えるなんて、お手軽なオヒメサマだな」

「―――………ステラ」



師匠の剣を担いで、自分の隣に見えるようになった師匠とぼそぼそと話していたら、不意に現れた兄上の声に、背筋が冷えた。


空気が、ひんやりとしている。

兄上の群青色のサファイアの瞳が、寒風吹きすさぶ冬の夜空の様に、冴え冴えと凍り付いている。



「……あに、うえ?」

「そこの……お前の肩を抱いている半透明の男は誰だ?」



―――師匠が、見えてるとか言いますか? 兄上?



殺意の籠った兄上の冷えた目が、間違いなく師匠の顔を睨みつけていて、それに気付いた師匠が、これ以上ない位にオソロシイ笑顔を浮かべて、兄上からの喧嘩を……買っていた。



売られた喧嘩は買うのがセオリーですものね、師匠……。



三つ子の魂百まで、っていうことわざがあるけれど、相変わらずの大人げないそのご様子は、やっぱり、死んでも変わらないんですね。



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