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1.がけっぷちの金欠声優

 わたし、一ノ瀬葵は声優を職業としている大学生である。


「やばいよ詩織、お正月に甥っ子姪っ子に一斉にお年玉をねだられたと思ったら、同級生の結婚が3人連続で決まったんだけど!うう、家計がピンチだよぅ」


「世間的には早いかもだけど、そろそろ結婚って年齢になってきたんだね、うちらも」


「やっばいよ、詩織ぃ。どうしよう~。このままだと私声優続けらんないよっ。うちの事務所って、副業とか出来るのかな?まじで副業探そうかな……」


「こればっかりはあおちゃん自身の問題だからね。まぁ、私がとやかく言ってもあおちゃんは聞く耳持たないからなぁ」


 個室居酒屋のテーブル越しに、同じ事務所で同期の声優、小鳥遊詩織が呆れかえっていた。



 --------


 お互いの自宅の最寄り駅が同じこともあり、月に数回、駅周辺の居酒屋で飲んでいる。


 お互い顔を出す職業なだけに、いつも選ぶ店は完全個室があるところ、と決まっている。


「っぷはっ!しおはいいよ、『ギャラクシー』シリーズがあるから知名度も上がってるしさ、私なんか、もう坂を転がっていくだけのおむすびだよ。ころころころりん、無理無理もうやだ疲れた帰りたい辞めたい……いや声優は辞めたくないよどうしよう」


「あおちゃんも、私より先に名前は世に出てるわけだし、自分を過小評価しすぎてるだけ思うけどなぁ……。うわっ、あおちゃん、そんなに乱暴にしたらジョッキ割れちゃうよ」


 ドンッ、と中ジョッキが音を立てる。アルコールに逃げるのは良くないとは分かっている。分かっているけど。


「今日もオーディション落ちたって連絡来てさ、何連敗したか分かんないよ。負け続けると生活も適当になって、段々どうでもよくなっていくんだよね……」


「それは声優なら誰しもが通る道だよね。私は今年に入って勝率4割くらいあるね、自分でも好調だと思うよ」


「そんなに!?やっぱしおはすごいや……流石私の親友だ」


「そんな言われると照れちゃうな。まあ、それとなく私も現場で情報仕入れとくよ。追加キャストの話とかさ。何かあれば連絡するね」


「まじで助かる~。しおちゃん天使。ちゅっちゅ」


「その酔い方だけは止めた方がいいと思うけど」


 そうでもしないとやってられない。

 ストレスの逃がし方は、人それぞれ。

 自分にとってそれがお酒なだけ。

 もちろん、いつもは用法容量を守って楽しく飲んでいる。

 でも今日だけは、やけ酒を許してほしい。


 --------


 事務所からの帰り道。すっかり夜も更け、冷たい風が頬に当たる。


「ほんと寒い。何これ冬に逆戻りじゃん。これじゃあせっかく咲いた桜もすぐ散っちゃうよ」


 居酒屋を出たところで詩織と別れ、かじかむ手を自分の息で温めながら、自宅アパートまでの道をとぼとぼ歩いていく。


 今日は白のニットに、黒のワイドパンツ。スプリングコートを着てはいるが、それでも肌寒く感じる外気温。風も少し強いせいか、公園の桜も散りかかっていた。





 一ノ瀬葵は、今年でデビュー4年目の22歳。大学1年生の時にweb漫画のアニメ化作品『ガールズライフ』通称ガルライで声優デビュー。当初は『期待の演技派大学生声優』として、声良し、ビジュアル良し、ダンス良しの3拍子揃った声優として、それなりに仕事ももらえていた。


 でも、今年はデビュー4年目。


 そう、『新人』でなくなる、4年目なのだ。


 声優業界は3年目までは『新人』扱いのため、ギャラも一律で決まっており、30分アニメ1話出演ごとに15,000円。その他配信イベントやリアルイベントについても、ギャラはお試し価格となっている。そこでいかに業界に名前を売って「良い作品」と巡り合い、いろんな人に認知され、ファンの『推し』になり、生き残っていくかが勝負となる。


 でも私みたいなそこそこ若くて、演技も多少出来るくらいで、見てくれも多分良くて(自分で言うのも恥ずかしくなってきた)、そんな子は履いて捨てるほどいる。


 特段ずば抜けたものを持ち合わせているわけではなかったし、徐々に出演作品数を減らしてくことは火を見るよりも明らかだった。


 それでも、20歳の時にオーディションをに合格し主演を務めた作品は、その年の年間DVD、BDセルランキングの3位に入ったり、SNSの検索ランキングに名前が載るなど、それなりに知名度は出てきた……と思っていたけど。

 最近はオーディションに落ちまくっている。正確な数字は数えてないけど、10連敗以上しているはず。


 なんで仕事、もらえないんだろうな?

 ちょっと仕事に行き詰っている状況である。



 --------



 これだけ私がアルコールに頼って荒れているのには、もう一つ理由がある。

 事の発端は、今日久しぶりに所属事務所「フラワーマリリン」の担当マネージャーから連絡があり、事務所に呼び出されたこと。


 先日受けた、某スマホアプリのキャラオーディションが合格したかと思い意気揚々と向かったが、通された会議室は薄暗く、既に椅子に腰かけていたマネージャーと部長も、どこか神妙な顔つき。


 そこで瞬時に察してしまった。


 失礼します、と一言伝え、手前のパイプ椅子に腰かける。


 そこで伝えられたのは、今後1年で事務所側が思うような仕事量に見合わなかった場合、声優としての活動を抜本的に見直していく……というものだった。


 いわゆる「クビ宣告」。

 去年は毎クール仕事をもらえていたのに。


 新人ではない私の評価って、そんなもんなのか。



『一ノ瀬、分かっていると思うけど、ここが正念場だぞ。大学の卒業単位も問題なかったはずだし、時間もたっぷりあるはずだ。本当に声優の仕事を続けたいのなら、今まで以上に頭使ってがむしゃらにやらないと』


 --------


 だいぶ酔いも回っていたため、帰り道のベンチに腰掛ける。会議室でのマネージャーの言葉が、いつも以上にずっしりとのしかかっている。


『お試し期間』である3年の間に一定の評価を得ていなければ、コンテンツの制作側からすると「コスパの悪い声優」になってしまう。


 声優業界は栄枯盛衰。旬の期間も短い。


 約10年前から始まった声優バブルのあおりを受け、私のように声優を目指す人間が爆発的に増えた。昔に比べ、1クール毎に流れるアニメの数も増えたし、仕事も多様化しているものの、そもそも声優の数に対して絶対的な仕事量が少ないままだ。現状は明らかに供給過多だ。


 声優の仕事にはベテランも新人も関係ないため、オーディションに行くと親子ほどの年の差のある大御所声優が隣に座っていたり、かと思えば駆け出しの中学生が役をもらえていたりする。


 新人は声優で食っていくためにオーディションをかたっぱしから受けていかなくちゃいけないし、仕事がもらえたとしても純粋にアニメの収録だけではなく、テレビ、ラジオ、雑誌、楽曲、SNS等、ありとあらゆる仕事が降ってくるため、多忙を極める始末。当然単価は安い。


 大多数の声優は、バイトと仕事を両立するのが当たり前。

 私自身も、声優の仕事だけでは赤字なので、授業の合間にコールセンターのアルバイトを掛け持ちしていたこともある。


 事務所の先輩声優にも、この『新人の壁』を超えられず、去っていく人が何人もいた。


『……あおちゃんは、頑張って乗り越えてね。応援してる』


 事務所を退所する際、静かに涙を流しながら声をかけてくれた先輩。


 仲の良い先輩も何人もいたけれど、今となってはこちらから連絡することはなんとなく憚られた。


 あの人は今、どこで何をやっているんだろうか。元気かな。


 そして、いざ自分がその立場になってしまった。

 高校3年生の時に事務所所属になって、来春大学を無事にストレートで卒業する(予定)。

 私も今年で22歳。世間では来春卒業する大卒新入社員と同じ年齢だ。


 そういえば、駅を出るときもフレッシュなリクルートスーツに身を包んだ若い(といっても同世代なんだけど)集団を何組も見かけた。そういえば、今日は金曜日か。みんな、そりゃ飲んでストレス発散させたいよね。



 ふと、スマホのネットバンキングで口座残高を確認してみる。


「あれ、こんなに貯金少なかったっけ……?」


 なんと1か月分の生活費しか残ってなかった。

 元々堅実な性格ではないし、家計簿で管理したりすることがなかったため、特に貯金額について気にしたことがなかった。

 徐々に減っている仕事量からは目をそらしていたため、収入が減っても、特段支出を減らすところまで考えてはいなかった。


 非常にまずい。


 冷や汗が出て、すっかり酔いもさめてしまった。

 慌てて財布の中身はを見ると、千円札数枚のみ、折りたたまれた大量のレシートとポイントカードがお出迎え。


 正直現実から目を背けたかったし、カードの使い過ぎかと思ってアプリのクレカ明細を何度も確認したけど、洋服、スマホのガチャ代、光熱費、漫画やゲーム……。全部、まぎれもなく私の買い物だった。


 このままいくと確実に貯金が底をつく。やばい。


 声優としても、人間としても、健康で文化的な最低限度の生活を送れなくなってしまう。


 なんとかしなければ。



 一ノ瀬葵は、既にかがけっぷちの金欠声優になってしまっていた。


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