白亜館のお客さん
ハァ~イ、皆さん、ごきげんよう。
あたしの名前はタルラー。映画や舞台での女優業を営んでいるわ。
稀代の悪女だなんだと呼ばれたりするけど、まあ別にいいんじゃない?
だって、あたしはやりたい事をやっているだけなんだし、何と言われようとも構わないわ。
この前だって、とある俳優と一夜の逢瀬を楽しんで、翌朝には新聞記者に包み隠さず、実名で教えてあげたもの。
あたしって、嘘や演技が苦手で、人当たりのいい笑顔なんてできないわ。
だから、舞台や映画じゃ飾らなくていい、そのままの自分を出せる悪役ばかりやっているもの。
美貌で男をたぶらかす妖婦だとか、悲惨な最期を迎える悪の組織の女幹部だとか、そんなのばっかり。
でも、それがいい!
だって、演技しなくても、ありのままの自分でいるだけでいいんだから。
自分で言うのもなんだけどさ、あたしって若い頃は結構寂しい時間を過ごしたのよ。
産まれてすぐに母親が亡くなって、父親はその無念から逃れるように仕事に没頭。
まあ、仕事熱心なのはいいし、勢いのままに下院議長にまで上り詰めたのは凄いと思うわ。
でも、たった一人の娘の放り出して、仕事にかまけるってのはちょっとね~。
だから、あたしはずっと寂しかった。
親身になって面倒を見てくれた家政婦もいるけど、それでも私は満たされなかった。
小学生の頃から男を誘って逆ハーレム作って、何度説教されたことか。
で、素行を直すとか言って、全寮制の女学校に入れられたけど、そこでもハーレムを作って追い出されちゃったわね~。
今となってはいい思い出だわ。
あたしは愛が欲しい。寂しさを埋めたい。ただそれだけなのに、それを理解してくれるのは優しい家政婦だけだったわ。
思うままに考え、それを行動に移しているだけなのに。
そう、あたしは世界で一番の正直者。飾ることなく人前に出る。
やった事も包み隠さずお話するわ。
煙草も毎日五箱は吸うし、マリファナだってやっている。
中毒性なんてあるわけないわよ。
だって、数十年吸い続けているあたしがさ、こうしてピンピンしているもの。
そんなんだから、雑誌や新聞に何を書かれたって問題ない。
あ、でも、名前の綴りだけは間違えないでよね!
で、今日はお呼ばれして、ワシントンまで来ているのよ。
私の目の前には白亜の豪邸が見えるわ。
白亜館って呼ばれる、我が国の大統領がいるところね。
そう、あたしはその大統領にお客さんとして招かれたというわけ。
今の大統領って、パッとしなくて、なんか冴えない人なのよね~。
人気もイマイチだから、話題作りにあたしをパーティーに呼んだってのは、ちょっと露骨かしらね~。
思惑が透けてみるのは、何と言うか、白けるって感じかしら。
でもまあ、折角招いてくれたんだし、それには応じてあげたわ。
ただし、“母親同伴”という条件付きで。
先方もその条件を呑んでくれたんだし、あたしは大好きなママと一緒にお出掛けってわけ。
居並ぶ白亜館のスタッフの皆さんから奇異の目が向けられるけど、私は一切気にしない。
大統領からも怪訝の表情を向けられるけど、これも気にしない。
だって、“母親同伴”ってのを認めたのはあなた達だもの。
今更取り消しなんてみっともない真似、できないでしょうね。
もちろん、あたしもさせるつもりもないけどね♪
そう、あたしは大好きなママとお招きに与っただけだもの。
それにさすが、あたしのママ!
周囲の視線を気にもかけず、堂々たる立ち振る舞いをするママ!
ああ、それでこそあたしの大好きなママ!
自分以外の誰かに、愛情を注ぐことを教えてくれたママ!
愛と慈しみが、家族を作る事を教えてくれたママ!
ええ、構わないわ。ドンドン前に繰り出しましょう!
いけない事なの? 白亜の館に、肌の黒い人がやって来るのが?
そんなの、あたしには関係ない!
あたしのママは黒人だもの。
あたしを誰よりも愛してくれた人、それがあたしのママ!
肌が黒かろうが、家政婦だろうが関係ない!
愛情を注ぎ、慈しんでくれた人こそ、あたしの家族!
白人のあたしが、黒人をママと呼んで何か不都合?
誰にも文句は言わせない! この人があたしのママなの!
肌の色の違いがそんなに問題かしら?
何度も念を押したはずよ? “母親同伴”でもいいか、ってね!
さあ、お客さんとして招いたからには、ちゃんと歓待してくださいな。
今日はめでたい日! 記念すべき日!
あたしとママが白亜館に一緒に出掛けた日!
大統領にだって文句は言わせない!
さあ、通せ通せ、招待されたお客さんの登場よ~。
煙草はどこ? バーボンはあるかしら?
煙草を吹かして、酒を飲めば、大抵の事は忘れるわよ。
さあさあ、折角のパーティーなんだし、辛気臭いのはやめやめ!
パッとはしゃいで、杯を交わせば、人類皆家族。
肌の色の違いなんて、その程度の些細なことなのよ。
ああ、白亜館の反射光が眩しいわ。
ありがとう、あたしとママを歓迎してくれて。
さあ、皆さん、グラスに酒を注いでくださいな。
今日という日を記念して!
乾杯♪
~ 完 ~
戦前から舞台、映画で活躍した女優タルラー=バンクヘッド。
自分がよく『悪女』を作品に登場させますが、その理想像としている女性です。
悪というより、自由奔放で、誰彼構わず噛みついたかと思えば、ガッチリとした芯を持ち、その線からは決してブレない女性。
父親が米下院議長というかなりいいとこのお嬢さまだったんですが、母親が生後すぐに亡くなり、父親は仕事に逃げ、娘をほったらかしにするという寂しい幼少期。
そんな彼女にずっと寄り添って愛情を注いだ黒人の家政婦ローズ=レリイ。
その『愛しいママ』と一緒に白人の住処に乗り込んでいく。
当時はキング牧師らのアメリカ公民権運動が始まる十数年前の話で、ガッチガチの黒人差別が行われていた時代。
そんな時代の風潮などお構いなし。
ただ、招かれたからママと一緒にやって来ただけ。
ちなみに、彼女を招いた当時の大統領はハリー=トルーマンです。
ホワイトハウスの住人はひっくり返ったそうです。
『白人』のタルラーがママと一緒にと言ったら、なぜか『黒人』のローズがやって来たわけですからね。
当時としてはとんでもない衝撃だったそうです。
なお、このローズこそ白亜館に客人として公式に招かれた黒人第一号です。
こうしたロックな立ち振る舞いが最高にイカしてる。
なお、タルラーは悪女でもなんでもない、本当に自由に生きた方なんです。
ガチの悪女なら、自腹で孤児院経営なんてやりませんとも。
そして、ディズニー映画「101」の悪役クルエラ・ド・ヴィルのモデルでもあります。
晩年のタルラーの肖像見てたら、カッコいい老年の悪女なイメージがプンプン出てて、クルエラ・ド・ヴィルのモデルと言われても納得のお姿!
でも、彼女は悪女なんかじゃありません。ただただ自由気ままに生きただけです。
酒と煙草と男が大好きな、愛を求めて歩み続けたそんな女性です。
皆さんも彼女の魅力を知っていただけると幸いです。
( ̄▽ ̄)
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ヾ(*´∀`*)ノ