追放された天使は天界へと舞い戻る
開いてくださりありがとうございます。
ハイファンタジージャンルに投稿するのは初となります。
力不足の面もあるかと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
評価・感想お待ちしています。
今作に登場する天使の階級ですが、最上位に熾天使、その下に智天使、座天使......となります。
「座天使アタナエル。君を天界から追放する。」
地上世界から遠く離れた天空の神殿のその最奥、主なき『神の間』にて、一人の天使が断罪された。
「バリエル様。何故ですか? 心当たりがありません。私はこれまで、天のために尽くしてきたつもりです。天界追放など、納得できません!」
「......アタナエル。君は先日、地上に残された人間たちに翼を与えようとしたそうじゃないか。......主が眠りについた今、天使はこの天界を守らなくてはならない。主が完全な状態で復活し、再臨されるその時までね。だが、君の思想は、その障害となり得る。......私はこの事態を重く見た。よって、追放処分とした。異議はあるかい?」
「......私は間違った考えをしているとは思いません。」
「そうだね。君は確かに間違っていない。だが、 私は保守的なんだ。君のように、片端から改革していく気はないんだよ。」
「......。」
アタナエルは周囲の天使達に目を向けた。
そこには、バリエルの傘下の者達が大勢いた。
僅かにアタナエルの仲間もいるのが確認できたが、元より少数派である彼らは、この大勢の前では無力であった。
かくして、座天使アタナエルは智天使バリエルの断罪によって、地上世界へ下ることとなったのだった。
「......もう、地上か。」
目を覚ましたアタナエルは、周囲を見回す。
既に太陽は寝静まっており、天上には色とりどりの星の光が地上に降り注ぎ、どこか幻想的な様相となっていた。
暫く歩き回るうちに暗闇に慣れた彼は、周囲を確認するため、空を飛ぶべく羽ばたこうとした。
しかし、いつまでも風は巻き起こらない。
疑問に思った彼が手を後ろに回して確認するが、どれだけ手を動かしても羽の感触が伝えられることはなかった。
彼の自慢であった、美しい翼は失われていたのだ。
「......な、に......。」
あまりの衝撃に、彼はその場で膝から崩れ落ちた。
そのまま少しの間絶望に浸っていたアタナエルだったが、ふと、空気の澄んだ空を見上げた。
彼の瞳に映った景色は、彼がかつて地上にいた頃、少年だった時代に見た絵画と酷似していた。
しかし、一つだけ、絵と異なることがあった。「天界は、地上からは決して見えない」のだ。
彼はここで、自分から「天使」が失われたことを、初めて実感した。
「う、ぐ......。」
アタナエルの目から、涙が溢れてきた。
かつてアタナエルがアタナシオという人間であった頃。
敬虔であった彼は、神に内に秘められた才を認められた。
そして、家族と多くの友人に別れを告げ、人間の生まれでありながら天使となったのだ。
その後、彼は着実に力を増していった。
先の神界の大戦で活躍したことで、元人間の天使としては最高位の座天使と相成ったのだ。
永き時の中で、座天使となった人間はアタナエルを含め、僅か4人である。
彼はその名誉に打ち震えるとともに、先の偉大なる同胞に恥じぬよう、暫しの眠りについた神への更なる信仰と貢献に心を燃やしていた。
しかし、結果として彼は、自らと同じ地上由来の天使を新たに生み出そうとしたことを咎められ、天界を追放されることとなってしまったのだ。
彼の脳裏に、とうに忘れていた家族の顔が浮かんだ。
末代までの栄誉だと喜び、彼の門出を心から祝福したその時が、鮮明に思い出された。
「父さん、母さん......。皆、すまない......。すまない......。」
とめどなく溢れるアタナエルの涙は、太陽が眠りから覚め、寒さに凍えた彼の心を温めるまで、止むことはなかった。
翌朝、日が昇ったことで落ち着きを取り戻したアタナエルは、眠気を感じ、木陰で眠りについた。
彼が寝入っているうちに、懐に小さな獣が潜り込んで来た。この獣は手負いのうえ、親とはぐれていた。
本来ならあと数日もすれば、衰弱しきって動けなくなるはずだった。
だが、アタナエルの体内には、失われた天使の力の残滓が残っており、それが獣の傷を癒した。
救いを求めた獣は、本能で自分が身を寄せるべきを理解したのだった。
アタナエルは、太陽が頂点に達する少し前に目覚めた。
腕を支えに体を起こそうとしたところで肌に触れる毛皮に気付いた彼は、丸まっている獣を刺激しないようそっと立ち上がると、軽く伸びをし、そのまま歩き出した。
「翼があれば、周囲を見渡せるのだがな......。」
太陽が落ち始めてかなりの時間が経った頃、アタナエルはため息混じりに呟いた。
そんなとき、少し先にとても背の高い木が現れた。
浮かび上がるように現れた巨木に対して警戒を強めた彼は、臨戦態勢をとりつつ数歩下がった。
すると、まるで霧に溶けたように、巨木のその一切が見えなくなったのだ。
アタナエルは、その異質な存在の薄さとずば抜けた背丈からして、恐らく普通の木ではないと考えた。
事実、それは大戦に敗れ地上に逃れた悪魔が、木へと姿を変えたものであった。
その悪魔は枝先から人間に対して作用する、幻惑を引き起こす花粉を振り撒いていた。
それを吸い込んでしまった人間は、ずるずると木に誘い込まれ、その姿が見えるところまで来てしまえば最後、木に取り込まれ、悪魔の養分となってしまうのだ。
アタナエルが木の側へと寄ったのは、僅かではあるが花粉が作用していたためだ。
しかし、弱った中級の悪魔の力では、上級天使であったアタナエルを幻惑に沈めきることは叶わなかったのだ。
アタナエルは警戒しながら、そろそろと木へと歩みを進めた。
そして、幹まであと数歩となったところで、頭上に垂れた枝々が急激に伸び、彼を拘束せんと迫ってきた。
「やはりな。」
アタナエルは最も近い枝の先を掴むと強く引き寄せ、次いで迫っていた枝と束ねた。
それを繰り返し、主たる枝を全て束ね終えると、手刀によって枝をへし折った。
しかし、断面が瞬時に再生してしまった。
「やはり悪魔の手先か。」
アタナエルの目付きが鋭くなると同時に、彼は頭上に右手を掲げた。
「太陽よ、我に力を。」
彼の掌の上に、小さな火の玉が浮かび上がった。
そして、それを握ると、反対の手で手近な枝を掴み、引き寄せた。
太陽の力を帯びた炎は、枝先を伝い、みるみるうちに枝々を焼き焦がしていく。
「ぐああああああ!」
突如木の幹に浮かんだ顔から、常人が聞けばたちまち発狂する悪魔の叫びが轟いた。
しかし、悪魔の命を削って放たれたそれも、咄嗟に耳を塞いだアタナエルには効果を及ぼさなかった。
「な......。」
悪魔が驚愕に染まる。
「馬鹿な......。貴様、何者......。」
悪魔の声は、そこで途切れた。
アタナエルがありったけの力を込めて放った拳が的確に眉間に刺さり、幹の半ばまで押し崩したのだ。
悪魔は根を強く張っていたことが災いし、その威力の一切を弱めることができず、絶命することとなった。
「硬いな。中級の中でも上位と言ったところか。弱っていなければ、今の私では危なかったな。」
アタナエルは、そう言うと、少し痛む拳をさすりながら、朽ち崩れる巨木を見た。
すると、その残骸から、何人もの人間が現れた。
彼らの手足は、悪魔に赤黒い幹となっていた。
悪魔は、花粉で誘い込んだ人間を樹の内に取り込み植物に変質させることで、その生命力を吸収していたのだ。
「随分と好き勝手にやっていたのだな。」
アタナエルは握りしめた拳を震わせ、そして、はっとしたように呟いた。
「......地上世界に逃れた悪魔がこれだけとは思えん。すぐにでも探し、始末しなければ......。」
彼は悔しさに唇を噛み締めながら、天上を仰いだ。
「そのためにも、早急に天使に戻る方法を考えなくては......。」
彼はその時、視界の端に僅かに動くものを捉えた。同時に、彼の耳に呻き声が届く。
木の残骸の只中に倒れていたうちの何人かが、顔を上げ、救いを求めるように声を出していたのだ。
アタナエルは彼らが生き永らえていることに驚きながらも、傍に近寄った。
「大丈夫か。」
アタナエルは、自身に最も近かった者の、木と成り果ててしまったその腕の端をそっと握った。
すると、木の色が徐々に変わり、やがて元の人間の手が蘇った。
アタナエルの残滓が悪魔の力を浄化したのだ。
苦痛に歪んでいたその顔も、いくらか和らいでいた。
「まだ私には力が残されていたのか......。」
彼は自身の手を見、ぽつりと呟くと、生き残った者の四肢を戻し始めるのだった。
全ての人間を戻し終えたのは、夜もほど近い夕方のことだった。
「......終わったか。本来であれば、すぐに全員を治せたのだがな......。」
アタナエルは、悔しさを孕んだ溜め息をついたとき、仰向けに寝かされているうちの一人が頭を上げ、訝しげに彼を見ていたことに気付いた。
それは、まだ10にも満たない少年であった。
「目が覚めたのか。手足はどうだ、痛くないか?」
体を起こした少年は、首を何度か縦に振った。
その時、少年の傍らで眠っていた母親が目を覚ました。
彼女は自身の両手足にあるはずの服がないことに驚き、母子を見ていたアタナエルに対して説明を求めた。
「貴方達は、皆、先の戦争の際に地上に逃れた悪魔に捕らわれ、その糧となるところだったのだ。」
アタナエルはそう言うと、すっかり朽ちた巨木の残骸を指さした。
「では、私達の手足の服がないのも......?」
「あぁ。既に木へと変えられていた。私の残滓がなければ、貴方達は皆、悪魔の糧となっていただろう。」
「はぁ......?」
「私は、つい半日程前まで天使だったのだ。訳あって追放されてしまい、今は頼れる者もない。この地上に逃れた悪魔との邂逅は全くの偶然であったが、結果的に悪魔を滅殺し、貴方達を救うことができた。」
「て、天使様......!」
アタナエルは、自身に対して跪く母親を手で制止した。
「今の私は、人間とさほど変わりはない。故に、そう畏まる必要はない。.....それよりも、先の通り、頼れるものがないのだ。貴方達の里に住まわせてはもらえないだろうか。」
「勿論でございます。今眠っている他の者も、命の恩人の頼みとあれば、異論はないでしょう。」
「感謝する。」
その後、助けた者達に迎えられたアタナエルは、望み通り、人間達の里に居を構えることとなった。
それから2ヶ月後、アタナエルは更に数体の悪魔を討滅していた。
見慣れた星空の下、アタナエルは焚き火を眺めながら食事をしていた。
その向かいには里の長がかけている。
「どうやら天使天使が取り逃した悪魔は、予想以上に多かったようだ。」
「天使様がいなければ、いずれこの里の者全員が、悪魔共の糧となっていたでしょう。天使様には、感謝してもしきれません。」
「そうか......。」
「......やはり、天界にお帰りになられるのですか?」
「そうしたいところだが、生憎、主も熾天使様も、先の大戦の消耗を癒すため、眠りについているのだ。再臨までの時間も、短いとは言えないだろう。再び天使となれるその時まで、寿命に限りができたこの体がもつだろうか......。」
「我々としては、このまま天使様に留まって欲しく思います。」
「それは、理解している。しかし、この身を主に捧げると決めた気持ちは、天使となった時以来、ただの一度も失われていない。長殿には悪いが、どうかご理解いただきたい。」
「えぇ、それは、承知しております。」
アタナエルはパンを齧り、葡萄酒を呷ると、続けた。
「......この里以外にも多くの人間が悪魔共に平穏を脅かされているだろう。......私が天使へと還り、残党を滅ぼすことができたなら、その時は、この里に私の部下を派遣すると約束しよう。いや、この里ばかりではないな。地上のあらゆる場所に向かわせよう。逃れた悪魔共を根絶やしにするのだ。」
「それは......。なんとも、ありがたいお話ですね。」
「全ては、天使に戻らなくては始まらないがな。今の私では、あまりにも非力だ。」
「天使様は今でも、人間とは思えぬ程にお強いではないですか。」
「そうかもしれないな。......だが、以前の私はこんなものではなかった。私は史上4人目の、地上出身の座天使だったのだ。いや、正確には、先の戦での功績を評価され、座天使へと相成ったところだったのだ。」
「座天使というのは、天使様の中でも高位だと聞きます。そんな方が、何故......。」
「......人間を、天使にしようとしたのだ。大戦を終えた我らは、かつてないほどに消耗していた。その穴を埋めるため、地上へ向かい、かつての私のように敬虔な者がいれば天使とするつもりだったのだ。しかし、それを実行しようとしたところで咎められてしまった。......恐らくは、私がこの機に乗じて、地上出身の天使達を率い、反逆するつもりだと、そう危惧されてしまったのだろう。......私のこの命は、主に捧げるためにある。それを信じてもらえぬことは残念でならないが、バリエル様は、生まれながらの天使だ。元人間を信じられぬのは、仕方のないことなのかもしれない。......いずれは分かってもらいたいが......。」
杯に残された酒を飲みきると、立ち上がった。
「......酒が入ったからか。ついつい、話し過ぎてしまったな。長殿、すまないが、お先に失礼する。」
「はい。良い夢を。」
アタナエルは長に会釈すると、宛てがわれた家に帰り、眠りについた。
その後、長が残りの酒を呷ったその時、突如、天から光り輝く星が降って来た。
それはどんどんと地上へ迫り、里の直前で静止した。
光が穏やかになるとともに、星はその正体を明らかにした。
光輪の冠を被り、二対四枚の翼を携えたそれは、紛れもなく天使であった。
「人間よ。私は、主天使アラバエル。此度、私が来たのは、座天使アタナエル様に再び天に還っていただくためである。ここにアタナエル様の強い残滓を感じた。アタナエル様は何処に?」
長がアタナエルの家を指し示そうとした時、その方向から声が響いた。
「ここだ。力を感じ、目が覚めた。久しいな、アラバエル。」
アラバエルは地上に降り立ち、アタナエルに頭を下げた。
「危急の要件のため参りました。先日、悪魔共の残党が、天界を滅ぼすべく攻め入って来ました。現在はバリエル様の権能と神殿の加護の力で守りを固めていますが、攻め手がなく、このままではいずれ突破されてしまうでしょう。」
「そうか......。私の『天使』は?」
「ここにございます。」
アラバエルはそう言うと、胸に手を当て、光球を取り出した。
アタナエルがそれに触れると、彼の体は光に包まれた。
数秒の後、彼は翼を取り戻したのだった。
「私の翼が戻った! 力も......。」
アタナエルは、満面の笑みを浮かべた。
「......では、行こうか。長殿、世話になった。約束は必ず果たそう。」
彼ははそう言うと、翼をはためかせ、アラバエルとともに天上へ飛び去った。
里の者達は、この至上の光景にただ跪き、地上に来訪した天使達に祈りを捧げるのだった。
「......これは、想像以上だ。」
天界へと還ったアタナエルの視界に入ったのは、黒い塊となった悪魔の軍であった。
「急ぎ、行かなくては。」
アタナエルは背後のアラバエルを一瞥し、向き直ると、急加速し、悪魔の塊の横腹へ突っ込んだ。
左翼の最前線にいた十数匹の悪魔達は、突然の攻撃に潰えた。
停止直後、彼が悪魔の群れの只中で放った圧倒的な光に蒸発させられた者も少なくない。
突如仲間が消し飛んだこと、そしてその理由がこれまで姿を現さなかったアタナエルの攻撃によるものだと気付いた悪魔達は、恐慌状態に陥った。
アタナエルは逃げ惑う周囲の悪魔達を散らすと、天上に指を掲げた。
すると、彼の指先から光が出、それは瞬時に球の形を成した。
彼がそれを前方にめがけ放つと、光球は凄まじい速度で悪魔を吹き飛ばし、散らし、滅ぼした。
そして、悪魔の密度の最も濃いところに差し掛かったところで彼が拳を握ると、光球は爆発し、周囲の邪悪を、跡形もなく消し去った。
悪魔の軍の中央にいた残党の長もその攻撃に呑まれ、一瞬のうちに最高戦力を失った悪魔は、例外なくアタナエルに背を向け逃げ出した。
「太陽よ。我に力を貸し与え給え。」
アタナエルが両の掌を散り散りになる悪魔に向けると、炎が蛇の如くにうねり、敗走する悪魔達を背後から包み、焼き焦がした。
「大方、片付いたか。後の掃討は皆に任せよう。」
アタナエルは追いついたアラバエルにそう告げると、神殿へ向け翼をはためかせた。
神殿の入口では、膝を折り、肩で息をするバリエルの姿があった。
少しの後、バリエルは息を整えると、背後の神殿を見、アタナエルに向き直り、言った。
「......アタナエル。此度のことは、すまなかった。......私は思い上がっていた。主と熾天使様がいない今、この天界を、神殿を守れるのは私だけだと、そう錯覚していた。地上出身の天使などにそんな大役は担えないと思うばかりか、君が同胞を増やして反逆を企てているのだと、そう考えていた。......おかしな話だ。君は、亡き我が師と同じく、人間であった過去を持ちながら、座天使へと成り上がった者なのに。......君なくして、この天界の平穏は叶わない。私はそれを、強く実感した。同時に、いつまでも保守的でいてはいけないのだと、気付かされた。......座天使アタナエル。どうか私の補佐として、力を貸してくれないか。私には、君の力が必要なんだ。」
「......地上にて、人間と約束をしました。先の大戦で逃れた悪魔を滅殺すべく、天使を派遣する、と。......私の部下だけでは、手が回りません。ですが、貴方様の助けがあれば、それを為すことができます。協力していただけるのでしたら、補佐の件は、座天使アタナエルの名において、謹んでお受けします。」
「......分かった。君に協力すると約束するよ。......今現在、天使天使には兵力の補充が必要だ。そこで、君には地上へ赴いてもらいたい。悪魔の討滅と並行して、信仰心の強い、天使としての素質のある人間を見つけて欲しいんだ。......受けてくれるかい?」
アタナエルは、差し出された手をそっと取り、言った。
「承知しました。」
お読みくださりありがとうございました。
本作は前書きの通り、私の作品では初となるハイファンタジージャンルです。
1週間ほど前、何か追放物を書きたい、と思ったときに天使が思い浮かんだため、それをもとに書き上げた次第です。
是非評価していただきたいです。よろしくお願いします。