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一話完結の短篇集

完成品

作者: 雨霧樹

『では1時間程置いたものがこちらになります』

 そういって、画面の前のコックは、スタッフから差し出されたボウルを受け取り、台所の上に並べた。

 

「――え」

 けれど自分は、調理された食材ではなく、その中身に目を奪われた。決して、それがとても素晴らしい料理だからだったわけではない。


――アナタに報復します。まずはアタタカイ。

 

 皿の中には、料理はなく、自分へのメッセージが浮かび上がっていたからだ。


 自分は、先日、人を殺した。勿論事故ではなく、意図的に、殺意を持って実行した。ただ、言い訳をするつもりもないし、誰かのせいにするわけでもない。ただ、生きるために父を包丁で刺した。当時の警察は正当防衛とか虐待の末だの言って、自分をカウンセリングに無理やり通院させ始められただけで、お咎めは一切なかった。


 心のどこかで、自分は罰せられたいと思っていたのだろうか。随分と自分勝手な考えだなとそこまで巡らした思考を鼻で笑う。でも少なくとも、画面の中で起こっていることはそんなことにしか違いないのだろう。その証拠に、自分の目には料理が一切写っていないのに、何事もなかったのかのように調理を続けている。


 『では続いてこちらをひと煮立ちさせます』

 そう宣言し、コックは鍋を取り出し火をつける。そのまま、あまり見たことが無い手順での煮込み調理が始まった。

 

 ――それと同時に、部屋が突如として熱気に包まれた。


「熱ぃ…… なんだこれ……」

 先ほどまで空調を付けていたのに、全身に熱が襲い掛かる。仮に故障したとしても急激に熱くなるなんて結構危険な事が起きているのだと思い、急いで備え付けてあったモニターを確認する。しかし、そこには今までと変わらない温度が表示されていた。さっきよりも熱を帯びてきており、今にも倒れそうな暑さなのにこの温度は絶対におかしい。


「まさか、火事か!?」

 原因不明の暑さに加え、突然の機械の故障。外に原因があるのではと考え、真っ先に浮かんだのが近所での火災だった。それならば全ての原因に理由が付く。どんどん暑さが厳しくなり意識も朦朧とするが、気合を入れてなんとか、玄関の扉を開ける。


 

 外では、何も起きていなかった。それどころか、自分の体の暑ささえ、消えていた。

 そういえば、精神科に通院していた時に、唐突に誰かに責められてしまうと錯覚する場合があると、説明を受けた気がする。やはり、自分はまだ父の幻影から逃げ出せていないのだろう。無理やり自分を納得させて家へと帰り、先程まで居たテレビの前に座りなおした。


 『では、次の料理を作りましょう』

 気が付けばテレビの中では一品目の煮物が終わり、次の品へとりかかろうとしていた。どうやら材料からして作るのはパンらしい。今まで気が付かなかったが、今回は『あまり使わない料理道具』特集らしく、普段はあまり使うことの少ない道具が並んでいた。今もフードプロセッサーと泡立て器が並んでいる。そう言えば、煮物もあまり見たことのない手順で食材を煮ていた。



 『そうして、1日ほど寝かしておいたのがこちらです』

 先ほどと同じような手順によって、事前に調理された物が提供される。

 

「――またか」

 

――温かったですか。次はツメタイ。

 

 先ほどとは違うメッセージが浮かび上がってきていた。しかし、決定的に違うところがある。”温かったですか”とあるということは、先ほどまでの異常な高温はコイツの性だったというが判る。自分が狂っていたわけではないと、どこかで安心する一方、今の自分は果たして正常なのかと疑っている自分もいた。


 だが、そんな疑問はすぐに文字通り凍り付いた。

今度は部屋全体が寒さに覆われ、皮膚も寒さで赤く染まってきている。今一度画面を見ると、ボウルの中身を氷水で冷やしながら泡立て器でかき混ぜている。


――これが報復か。

 自分の体の動きがどんどん遅くなっているのが肌で感じる。爪の先さえ動かすのが精一杯の中、さっきと同じように外に出れば解決するのではないか、その考えを頼りに這いながら、部屋を出る。だが、自分はこの未知の現象に納得していた。これで終わってもいいかもしれない。だが、そんな考えとは正反対に生きようと藻掻く自分がいた。

 


 結局、再び玄関の扉を開け、家から脱出することができた。想像通り、さっきまでの霜焼けが嘘のように治り、健康な体を取り戻していた。この先どうするべきなのか、自分でもわからなかった。


「もう少し、自分に向き合わなきゃいけないな」


 そう決意を新たに、とりあえず友人に連絡でも取ってみようと考え、ポケットに手を伸ばしてスマホを手に取る。

 


 『では、三品目を作っていきましょう!』


 画面には、先ほどと変わらず料理番組が映し出されていた。

 


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