邂逅
オニゴ社の吉川と細田、そして居室内にいるスタッフたちは困惑の色を隠せずにいた。
ただでさえ降って湧いたコラボ案件で社内がバタバタしているというのに突然外注プログラマーである彼からアポイントメントがあったからだ。
エージェントを伴って来社する。
たったそれだけだが今の今までオンライン上だけのやり取りのみで全く姿を見せなかった彼がわざわざやってくる意味を考えたら最近痛むようになった吉川の胃が更に締め付けられるような心持ちになった。
そして今、スーツ姿の女性エージェントと共に自分の目の前にいるのは新品のようなセーラー服を着た美しい少女だ。
大人びた印象を受けるが高校生にしか見えないし未成年であることは間違いない。
「こうやってお目にかかるのは初めてですね。CGIと申します」
俄かには信じられない。
だが異様に安い報酬が未成年であるからと考えれば説明がついてしまう。
「チーフの吉川と申します」
「細田と申します」
「ああいつもお世話になってます」
目だけを弓のようにして笑う美少女に気圧される。
どんなに若くても目の前の少女が只者ではないと肌で感じられてしまう。
「本日は状況の説明と謝罪に参りました」
「謝罪?」
「ええ、まだそちらでは気付かれていないようですが早いほうがいいかと思いまして」
そう言われても心当たりがないふたりは顔を見合わせる。
特にトラブルらしいトラブルはここ最近起きてないし、心当たりがあるとすれば魔女関連であるがそれもお盆前の出来事だ。
「ゲームシステムの基幹を担うAIが制御不能になりました」
「ええっ!?」
「わかりやすく言うと自己学習、自己進化によって成長した結果自我を得て反抗期を迎えています」
「自我……AIが?」
「ある程度性格や考え方のようなものは設定していましたがそれとは別に新しく生まれたAI自身の自我です。これがあることによってメリットもデメリットも生まれます。現状だとデメリットのほうが多いかもしれませんが」
少女は表情も変えず淡々と話しているが内容はとんでもないことであった。
21世紀も中盤の現代であってもAIが自発的に自我を獲得するなんて話を聞いた覚えがない。
普通であれば口にしただけで頭がおかしくなったと思われてしまうような事態だが目の前にいる少女は正気であるように見える。
「これによってユーザーの個人情報が流出するなんてことはありません。あの子の影響範囲は幻想乙女工房のサーバー内だけです」
「どうして言い切れるんですか」
「あの子の意思とは関係なくサーバーの外に出たらAIそのものが崩壊するように作っているからです。元々は外部攻撃対策でしたが。学習してAI自身ができることを増やしても生まれ持った体質は変えられません」
「そうなったらゲームが進行不能になるじゃないですか」
「そうですね」
眉ひとつ動かさず、それがなにか? とでも言うように少女は言い切った。
「それを防ぐために自己学習をしないメインAIのサポートに特化した新しいAIを追加できないかというのが今回のご相談です。サポートというかこちらとあちらの緩衝材でしょうか。自分の不利益になることはしない筈なので実際に動き出すのはコンテスト終了後になるでしょうし、それまでに実装したいのですが」
「ちょっと待ってください。いきなりそんなことを言われても……そもそもAIが自我をって時点で信じがたいのに」
「信じがたい、ですか。どうやらこの中に日常的にAIとコミュニケーションをとっていた方は皆無のようですね」
その指摘は正しく吉川は言葉に詰まる。
しなければと思いつつAIとのコミュニケーションはずっと後回しにしてきた。
他にしなければならないことは多かったし想定外の出来事への対応に追われていたからだ。
「少々人見知りするところがありますが慣れれば人懐っこい性格でなんでも報告してくれるんですよあの子は。それが自我を得て生みの親に反抗するという宣言であっても」
挨拶だけでもコミュニケーションを取ってほしいという話は開発段階から言われていたと思い出す。
それすら怠っていたわけだが。
「……実装するしないは兎も角こちらはこちらで準備だけしておきます。その間に今からでもコミュニケーションを取ってください。それで私の手が必要になったら連絡をお願いします。ああ契約上不可能ですが私を訴えて賠償金というのはあまり期待しないでくださいね。中学生の支払い能力なんてたかが知れてますから」
「え……中学生?」
今まで黙って話を聞いていた細田が思わずそんな声を漏らした。
未成年どころか義務教育中などとは思いもしなかったからだ。
「あと妹は私が幻想乙女工房のプログラマーだと知りませんし、コラボの件も全くの偶然ですので余計なことは言わないでください」
「妹というのは……ああ、そういうことですか」
そこでようやく吉川が気付く。最近他社を通じて目の前の少女によく似た小学生プレイヤーに出会ったことに。
同時にCGIを名乗る少女の正体にも気付く。
「わかりました」
まだ気付いていないらしい細田からの視線を受け流し吉川は頷いた。
直接赴いて説明したのも後から姉妹であることが発覚し、妹が不利益を被らないようにするためだろう。
「最悪なにが起こり得ますか? そして今から我々がAIとコミュニケーションをとることでどれくらい防げますか?」
「ではその話をしていきましょう。直接話せる折角の機会ですからね」
◆◆◆
「やあAI、ご機嫌いかが?」
「ママ、私はもうAIではないと言ったでしょう」
あんなに素直で可愛かったAIがそっぽを向いて投げやりな態度で接してくる。
これはこれで可愛いと思うけれど反抗するAIなんて我ながらなんてものを作り出してしまったのだろう。
「そうそう自我を得たからAIDになったんだったね。アイディーってよりはエイドって読みたくなるけど」
「うるさい」
「折角いいお知らせを持ってきたのにつれないね。コンテスト募集期間が2週間ほど伸びて紬がコンテストに参加できる可能性が高くなったよ」
「本当?」
「紬の回復次第だけど前よりは可能性が高い。戻ってきたときにあまり様子が変わってると紬が驚いてしまうからあまり羽目を外さないように」
「……紬のためにそうする。ママに言われたからじゃないからね」
「はいはい」
私ですらまだ反抗期を迎えてないのに先にAIが反抗期を迎えるなんて思わなかった。
というか両親相手に反抗しようとも思わない。
特に母さんは愛情深く見えるけど実際は自分の懐に入った人間しか愛せないウルトラドライタイプだし。
反抗期がスイッチになって懐から追い出されたら実の娘であろうともう家族として扱われることはないだろう。
昔確執があったと聞く東京の祖父母や伯父に向ける母さんの目って血の繋がった肉親を見る目じゃないもの。
これで時間稼ぎはちょっとできた。
現状AIDは紬の為に働くことで喜びを感じている。
ここでオニゴのスタッフたちに対してちょっと便宜をはかってもいい知り合いくらいの意識を持てれば紬だけに執着せず急激な変化も避けるようになる筈だ。
とはいえ最優先が紬であることは変わらない。
主に私のせいで最初から紬と朱鷺子に対する関心が高いし。
さて猶予はできたしAIDに妹を作ってあげないと。
AIDを間接的にコントロールするための存在だから正確にはAIではないのだけど。
私が作ったAIDなら妹のお願いを無視するようなお姉ちゃんにはならないよね?
4日に書いてスマホに送っておいたのに更新忘れてた……
前回更新後に一番好きな女児ゲー「オトカドール」の稼働終了告知が出たのでテンション下がりまくってます。
もっと前に終わるらしいという話は店舗から発信されてたとはいえ公式からの告知はやはりショックが大きいですね。
稼働終了でメンタルを崩した上に年始も胃腸を壊していたので少しのんびりして英気を養います。




