異変
お盆休みが終わり田舎から帰ってくるとすぐにゲームを起動した。
帰省中は引きこもってゲームどころかネット断ち状態だったし。
向こうではいつも通りお面をつけていったのに毎年絡んでくる親戚が近寄ってこなかったのはなんだったんだろう?
おかげで快適だったけれど。
「あ、コンテストの詳細と募集要項が出てる……朱鷺ちゃんが一緒に遊んだり配信できなくなったのはこれか」
読めば納得。フレバリームーンとのコラボコンテストでイベントのメインに据えられていたのは朱鷺ちゃんだった。
都合の理由がわかってしまえば簡単な話で、朱鷺ちゃんと一緒に遊べない期間はコンテストの審査が終わるまでなんだろうと察しがつく。
「応募期間中は赫月の魔女からもらう童話の世界も全部解放されるのか。素材で応募用クラフトに差が出ないようにって配慮かな」
作品は匿名状態で審査されるし魔女は応募してはいけないとも書いてないから私も参加できそうだ。
そして朱鷺ちゃんも匿名でコンテストに参加すると。
朱鷺ちゃんは審査員のひとりでもあるけれどプレイヤーによる一般投票もあるからね。
朱鷺ちゃん……この場合は音ゲープレイヤートキコに着せたい服か。
応募締め切りが今月末なのであまり余裕がないな。
音ゲー用のアバターは幻想乙女工房と違って現実の朱鷺ちゃんに近い等身だからその辺りも考えないと。
自動で等身を合わせるとデザインが歪みそうだしコンテスト用クラフトは普段のクラフトと区別されるのかな?
まあいいか。納得するまでたくさん作ろう。
この世で一番朱鷺ちゃんに似合う服のことに詳しいのは私だし。
プレイ時間制限は無くなったけれどお昼ご飯の時間がずれてしまうとみーさんが困るはずなのでそこはちゃんと中断する。
なんとなく前よりも表面的に感じるおしゃべりを朱鷺ちゃんとして、食べ終わったらすぐに部屋にこもる。
実際朱鷺ちゃんがうっかり口を滑らしたらお仕事の邪魔になるんだろうなって思うから無難なことしか話せないよね。
守秘義務って大変だ。
「ねえAI。私以外に魔女になりそうなプレイヤーっているの?」
「まだいないかなー。条件に辿り着ける人自体そんなに出てこないんじゃない?」
確かに女児ゲーやりながら自殺し続けるプレイヤーっていないかも。
「コピーから送られてくる素材も見慣れないものが増えてるね」
「プレイヤーも珍しいものから素材を集めると思いますので解放中の童話由来素材が増えます」
それもそうか。私も改変してなかったらそうすると思うし。
午前中のお散歩は人魚姫のエリアに行ってきた。改変済みで敵はいないけれど。
人魚姫は王子様が目覚めるまで傍にいればよかったのよ。未知との遭遇が恐ろしかったとしても。
「音ゲーのアバターならぱっきりした色遣いのほうが映えるよね。画面に映えるのは大事」
パステルカラーでも差し色や柄を上手く使えばいいと思うけど。
あとはなんだろう……あえての補色?
他の色で差し色を入れたらまとまったりしないかな?
「紬はそんなに悩むくらい朱鷺子が好きなのね」
「そりゃまあ家族だし……朱鷺ちゃんも鴻ちゃんもすごいからいつまで家族でいられるかわからないけど」
一緒にいられる残り時間は今まで過ごしてきた時間の半分もないだろうと思う。
本当の姉妹だって大人になってもずっと一緒にいられたりしないでしょ?
勿論実家が同じである限り顔を合わす機会はいくらでもあるだろう。
それでも朝から夜まで一緒にいられるような関係のまま大人になれるとは思えない。
「ママはずっと紬と一緒にいたいと思ってるよ」
「鴻ちゃんは義理堅いからね」
きっと鴻ちゃんをかばって怪我をした私をまだ気遣っているのだろう。
もうずいぶん昔の話なのに。
「……紬は魔女になるべくしてなっちゃった子だなあ」
どういうことだろう?
首をかしげてみてもAIは少し困ったようにへにゃんと笑うだけだ。
「大丈夫。私はずっと紬の味方だよ」
「紬さん、またおつかい頼んでもいいかな?」
休憩をかねてリビングに降りたところみーさんから声をかけられた。
珍しくみーさんがパソコンと睨めっこしている。
「いいけど、そんな難しい顔をしてどうしたの?」
「私の古い友人っぽい人からパパ経由で連絡があってね……会おうって話になったんだけど」
「なんかそれちょっと危なくない?」
「身元はしっかりしているみたいだけど10年以上前の友人だとなかなか迷う部分も多いのよ……ほら私も随分老けただろうし」
どこが。
私と鴻ちゃんの赤ちゃんの頃の写真で見るみーさんは今と全然変わってないように見えるのに。
「それでその……年相応かつ若く見える服をネットで探してたんだけど私には難しくて。いつも貴子さん任せだし」
「若く見える必要は全然ないからいつもの店に行って、落ち着いた感じで店員さんにコーディネートしてもらうのがいいよ」
母は店で現物見ないと絶対服を買わないけれど今は人混みに連れ出しにくいだろうしなあ。
みーさんが買う服の値段に怖気づくから私が付いていっても正常な判断ができないし。
大人向けとしては普通くらいの店でも女子中学生には荷が重いよ。
おつかいメモを受け取って最寄りのショッピングモールへ。
そういえばこの前来たときは嫌な思いをしたなあ……そう会うこともないと思いたいけれど。
あまり運が良くないんだよね私。
よりにもよってモールの入口で同級生の伊藤さんとかち合ってしまった。
私に気付いた伊藤さんは目を見開いで上から下まで舐めるような視線を投げてくる。
「……そんなふざけた格好しているってことは宮山さんよね?」
「そうだけど?」
仕方なく返事すると伊藤さんは手を伸ばし、がしっと私の肩を掴んできた。
「どういうことなの? 宮山さん、あなたちょっと異常よ?」
「なによいきなり」
「気付いてないの? 前会ってから数週間しか経ってないのにシルエットが変わるほど痩せてるじゃない!」
ああ確かに最近服のウエストが緩かったような。
でも風邪で寝込んでたせいだと思う。
「そんな骸骨みたいに痩せてるのに家の人はなにも言ってこないの? ご飯ちゃんと食べさせてもらってる?」
「がい、こつ?」
言われたことに実感がないのでまじまじと自分の腕を眺める。
元々肉付きが薄かったけれど年相応の肉がついていたはずの私の腕はかさかさとして骨が浮いていた。
え、どうして?
一体いつから?
そっと指を自分の頬へ伸ばす。
ここも私の知っている弾力はなくて肉が削げ落ちているような感触が伝わってくる。
「ご飯食べてるのに……どうして……」
「宮山さんのこと気に入らないけど学級委員として言うわ。すぐに病院に行って診察を受けて。夏休み終わっても行ってなかったら私許さないから」




