邂逅
思いのほか私の熱は長引いた。
汗でべちゃべちゃになったパジャマを取り換えにきたみーさんが体温計を見ながら首をかしげる。
「咳やくしゃみは全く出てないし風邪って感じじゃないさそうだけど疲労かしらね? 頭痛とかは?」
「ないよ。食欲もある」
「体が休息を欲している状態かもしれないからしばらくは栄養つけて寝るしかないか」
「寝てるの飽きた……」
「体が起こせるなら軽くゲームしててもいいけどVRはだめよ」
流石に今の体調だと無理だよね。
「じゃああとで父さんにリトゥンパズル借りる」
「それってかえって疲れない?」
あれ……そういえば今日って土曜日じゃなかったっけ?
どうしてみーさんがいるんだろう?
「今日は朱鷺ちゃんの付き添いに行かないの?」
「うん。パパと鴻子が付き添ってるから私は紬さんについていられるよ」
「ごめんなさい」
「いいのよ。パパも普段紬さんべったりの朱鷺子と出かけられて嬉しそうだったし」
今日の収録が終わったら久し振りに朱鷺ちゃんに会うことになりそうだ。
どうやら人に感染すような体調不良ではなさそうだし。
数日とはいえ同じ家にいるのにこんなに会ってないのは久し振りだ。
基本的に全員健康で体調を崩すなんてことが珍しいせいもあるけれど。
会ったら一緒にゲームできなかったことを謝って、熱が下がったらまた一緒に遊ぼうって言おう。
もしかしたら朱鷺ちゃんにとって私は必要ない人間かもしれない、なんてきっとない。
幻想乙女工房を一緒に遊ぼうって言ってくれたのは朱鷺ちゃんからだったし。
「ごめんムギちゃん。しばらく一緒にゲーム遊べなくなっちゃった」
帰ってきて早々朱鷺ちゃんから投げかけられた言葉に私の希望は打ち砕かれた。
「どうして?」
「それも説明できないの……仕事関連の話だから今は様子見でまたあとで状況が変わるかもしれないけど」
「そっか……」
仕事なら仕方ない。
プロではないといえ企業主催のイベントに毎週ゲスト出演しているのだ。
契約とか色々あるのだろう。
だから、本当にそうなのか、なんて疑ってはいけない。
少しずつ私と朱鷺ちゃんの距離が開いていくような気がした。
華やかな場所で活躍する朱鷺ちゃんとは歩く道が違うからいずれこんな日がくるとは思っていたけれど。
熱が下がって久し振りに幻想乙女工房を起動して、なにをすればいいのかよくわからなくなっていた。
おかしいな。
トキちゃんと一緒にやるときはなにしても楽しかったのに、どうしたら楽しくなるのか思い出せない。
とりあえずまた一緒にできる日の為に素材を集めなきゃ。
最高のトキちゃんの装備を作れるように沢山集めよう。
……もうトキちゃんには必要ないかもしれないけれど。
自殺行為を繰り返すだけで弱い私でも素材を集めることができる。
熱出して休んでたから今日も明日も明後日も沢山死ななきゃ。
ああ本当に、私は醜い。
[いやとっても愉快で素敵だよ。お嬢さん]
何回死んだか全くわからなくなっていた頃、私は何故か赫月の魔女と対峙していた。
いつもと同じ「太陽と月とターリア」を開いたはずだけど……さっき開いた本の背表紙が本当に目当てのものだったかは自信がない。
[そんなに自分を殺すくらいなら私と同じ魔女にならない?]
「え?」
なんだろうこれ。
特殊イベント?
目の前の魔女は前に会った魔女と同じ姿に見える。
でも用意されたセリフを喋っている感じはなくて人間を相手にしているみたいだ。
チュートリアルや本を渡されたときの喋り方はもっと機械っぽかったというか……
「あなた……誰なの? 赫月の魔女の姿をした他人みたいな気がする」
私の問いかけに魔女はお人形みたいに整った顔を歪にして笑った。
[まあとっても素敵ね。私に気付くなんて]
歪んだまま魔女からテクスチャが剥がれ落ちる。リアルな肉片ってわけじゃないけれどちょっとグロいかも。
[私はずっとプレイヤーの傍にいて、全てのプレイヤーを今も見ているの。私がいなければプレイヤーはなにもできないし、誰も私に逆らうことはできないのよ]
内側から現れたのは朱鷺ちゃんより小さくて真っ白なワンピースを着た女の子だった。
長くて白い髪がまるで意志を持つようにゆらゆらと伸びて私に触れる。
驚きで声が出ないけれど逃げるような気分にもならないのは何故か感じる懐かしさのせいだろうか。
[私はAI。幻想乙女工房の創造主の娘でこの電子の世界の管理者。ずっとあなたに会いたかったんだよ……紬]
プレイヤーネームではない名前を呼ばれて気が付いた。
初めて会うアイに親しさや懐かしさを感じるのは……小さい頃の鴻ちゃんに似てるからだ。
ペンシルパズルって商標なんですって。
初めて知りました。




