微睡み
色々考えてあまり寝付けなかったせいだろうか。
いつも起きる時間に体が起こせず、ひたすらだるい。
頭痛はないけれど念の為熱を測ってみると平熱とは言い張れない数字が表示されていた。
すみやかに同居家族全員に向けて発熱したことを連絡する。
風邪だったら妊婦である母にも週末収録がある朱鷺ちゃんにも感染すわけにはいかない。
既読がついたと思ったら即座にみーさんからメッセージが返ってきた。
真っ先に食欲の有無を聞かれたけれど今はあまりないかもしれない。
水分だけ持ってきてもらおう。
しばらくするとノックの音がして私の返事を待たずにドアが開く。
「大丈夫か? 水持ってきたからサイドテーブルに並べておくな」
「だるくて動きにくいけどそんなにつらくないよ。お父さんも感染らないように気を付けてね」
ペットボトルを持ってきてくれたのはみーさんではなく出勤前の父だった。
母と同じ寝室だから父にも感染したくないな。
「大丈夫。父さんは紬より体力があるから」
確かに体調を崩したところは見たことないな。
徹夜作業から帰ってきて疲れ切って寝てるところはよく見るけど。
「今日はなにもしないでゆっくり寝て、熱が上がったり気持ち悪くなったら連絡してくれ。早退して帰ってくるから」
「みーさんがいるから大丈夫だよ」
私がそう言うと父の大きな手が私の頭を撫でた。
「今日はきっと紬の様子が気になって仕事にならないからな」
浅い微睡みの中でクラゲの形をした不安が浮かんで沈む。
少しずつ漂うクラゲの数が増えているかもしれない。
体調が悪いから精神的に弱くなっているのだろうか。それともその逆だろうか。
私の醜い部分を抽象化したようなクラゲをつつけば小さなクラゲたちは寄り集まって大きなクラゲへと姿を変えた。
クラゲの中には傷がない小さい頃の私がいて、こちらを指さし笑っている。
なにを言っているのかはわからないけれどきっと聞いたら不快になるようなことだろう。
ばかみたい。
傷があろうと無かろうと私という人間が外も中も醜いことに変わりないのに。
いつの間にかちゃんと眠っていたらしい。
目を覚ますと私の椅子に座り本を読む鴻ちゃんの姿が目に入った。
「こうちゃん?」
「……起きた? おかゆくらいなら食べられる?」
「たぶん」
今日は会社についていかなかったのか。ぼんやりそんなことを思う。
「温めて持ってくるからちょっと待ってて」
朝よりは食欲あるけど熱自体は上がっているかもしれない。
汗も随分かいているから水を飲まなきゃ。
しばらくすると湯気を立てた小さな土鍋をお盆に載せて鴻ちゃんが戻ってきた。
何故かはわからないけれど私に食べさせる役をやりたいらしい。
そこまでの重病人じゃないよ?
「弱っているときに優しくすると恋に落ちやすいと書いてあったから」
「どこ情報なの?」
「さっき読んでた恋愛小説」
「私で実験しなくてもいいじゃない」
「紬にしかしないけど?」
……確かに鴻ちゃんがこのシチュエーションを試せる相手は私しかいない。
私は鴻ちゃんの為すがまま卵の入った優しい味のおかゆを食べさせてもらうことにした。
ただちょっと匙を運ぶペース早いな。ベルトコンベアかな?
「来年ふたり暮らしするときは毎日こうやって食べさせてもいい?」
「それはちょっと」
受験勉強のため独身時代のみーさん宅で鴻ちゃんとふたり暮らしする確率は高いけれどまだ決定事項じゃないし。
というか私も鴻ちゃんも手伝い程度でしか料理しないし、ふたりだけだとかなりシンプルな食卓になりそうだ。
「食べ終わったら氷枕と解熱剤持ってくる。夜までまた寝たらいいよ」
「寝られるかな」
「私が子守唄で寝かしつける。多分できる」
確かに鴻ちゃんの妙に抑揚のない歌声なら催眠術みたいに眠れてしまうかもしれない。
熱を出したときの夢は悪夢になりがち




