波紋と連鎖
花村佑月にとってトキコこと湖出朱鷺子は金の卵だ。
ゲーム会社の一社員でありながら芸能人のマネージャーのようなことを行い、金の卵が孵るまでの防波堤を自ら申し出るくらいには。
社内で花形とされているテクノビーツトリロジーとは違い花村が開発運営チームに所属するフィールグルーヴは歴史はあるものの落ち目の扱いをされている。
チームは違っても部署としては同じ音楽ゲームを扱う部署だ。あからさまに差をつけられたりはしない。
ただユーザー数や話題性でテクビほどの賑わいを見せることはない。
ポップで可愛らしいデザインに惹かれてフィグを始めた初心者が選民意識の高い一部の心無い上級者によってプレイの継続を諦めるなんて場面も幾度となく見てきた。
そういったユーザーを排除したところで新たな加害者は人知れず生まれていく。
かつて上級者に口出しされても続けてきた初心者が今度は加害者側へとなっていくのだ。
爆発的に普及した埋め込み型デバイスのアリアドネによってオンライン上の匿名性が失われたこの時代によくやると呆れているけれど。
停滞したフィグの世界で彗星のようにトキコは現れた。
花村が初めてトキコに会ったとき彼女はまだ小学2年生で予選大会で叩き出したスコアは代行ではないか、なんて疑いもした。
だがオンラインではなく自社会場にプレイヤーを集めて行う決勝大会のその場で彼女は初出場とは思えない素晴らしいプレイを周囲に見せつけた。
優勝こそ逃したがその日の配信の同時視聴数はそれまでの最高記録を大きく更新し、トレンドワードとして初めてテクビを上回った。
あの小さな女の子は次世代のフィグプレイヤーを作り上げる道になる。
花村はそう確信し、その日のうちに計画書を書き上げた。
トキコをフィグの顔として利用するために。
途中嬉しい誤算もあった。
会社の規模は小さくとも15年ほど前にエルムジカをヒットさせフルダイブVRゲーム分野ではフレバリームーンより先んじていたトードア社の有名ゲームクリエイターがトキコの父親だったからだ。
同じゲーム会社とはいえ分野が違いこれまで交流らしい交流もなかったがトキコという繋がりができたことにより一部の技術交換を行うことがかなった。
新たな技術によってこれまでより強い没頭感を得られ、新たな体感と話題性によりユーザー数も徐々に回復していく。
アリアドネではない汎用デバイスで勝ち上がる小さな女の子がまた見たいと翌年の決勝大会は配信前から昨年の同時視聴数を超えていた。
今年に入ってからテクビユーザーにもトキコを認知させるため新たに始めるテクビプロリーグのレギュラーゲストとしてトキコを推した。
実際トキコはテクビでもトップには届かずとも上位プレイヤーであり、フィグを蘇らせたトキコを別チームからとはいえ見ていたテクビスタッフから大きな反対の声は聞こえなかった。
なにせトキコの話題性は幼さだけではない。
小学生にして非常に整った美しい容姿をしている。
収録に付き添う年の離れた姉のようなあの母親の遺伝子ならば大人になっても美しさが損なわれることはほぼないだろう。
花村は自動振り分けボックスに紛れた一通のメールに気が付いた。
送られてきたのは先月の後半。
まだそれほど期間は空いていない。
内容をさらりを確認して自分の記憶を呼び起こす。
そういえばトキコが最近プレイ配信をしているゲームがそんな名前だったような気がする。
愛らしい見た目とは裏腹に内面は意外とドライなトキコが随分少女らしいゲームをすると驚いた記憶がある。
配信そのものはお盆休みにでもチェックしようと考えていたが他社がトキコへのコンタクトを求めるなら話は別だ。
トードア社よりも更に小さい新興のゲーム会社だから繋ぎを作る旨みは少ない。
ただフレバリームーンのユーザー割合の少ないキッズ層へコラボという形でアピールできないだろうか?
ます向こうがどういった意図でトキコへ連絡したいのか確認する必要があるが……
視界の片隅に動画配信サイトを開きトキコのチャンネルへアクセスする。
メール受信直前のアーカイブを見るか最初から順を追って見るか考え、配信時間の短い前者から確認することにした。
アーカイブを流し見しつつ配信日前後のプレイヤーによる話題の流れを確認すれば大まかになにが起きたのかを把握することができる。
フィグのユーザー満足度向上のために独自で話題収集ツールを持っているため花村にとって大した労力ではない。
流れ作業で名刺管理ソフトから樫谷苹果を呼び出して簡素なメッセージを送った。
取引先でもある広告代理店の社員で花村とは友人ではないが歳が近く気安く話せる相手だ。
赤いリボンを付けた奇妙な大根のキャラクターを偏愛する変わった人間だが仕事においては信頼できる。
さてなにか面白い案は出てくるか。
◆◆◆
樫谷苹果は取引先からいきなり送られてきたメッセージに困惑する。
広告代理店がアイディアを提供するのは仕事だからであり、広告の無料相談所という訳ではない。
ほぼ同年代の花村はそろそろ若手ではないはずだけど猪突猛進というかこういうところが前時代的だ。
「えっと、佐内さんがこういうの詳しかったかな」
「なんですか樫谷さん」
後輩である佐内は名前を呼ばれて思わず反応した。
「フレバリームーンの花村さんからなんか来たんだけど佐内さんは女児向けゲーム詳しかったよね?」
「ええまあ人並みに。でも花村さんと会いたくないです。あの人って人間を数字としか見てない節があるから話しにくくて」
「別に参考程度に聞きたいだけだから会わなくてもいいよ」
過去に色々無茶を通してきたせいか花村は微妙に嫌われている。
フレバリームーン自体の金払いが悪くないので表面上はにこやかに接することができるが樫谷も親しくなれないタイプだと内心感じていた。
「それで内容はなんです?」
「女児ゲーの会社からマネージメントしてるプレイヤーにコンタクトを取りたいと打診があったから、取り次ぐ代わりにコラボ提案して顧客獲得したいって。コラボ内容を考えろってことかな?」
「うっわ丸投げ」
「きっと忙しいんでしょう」
少々皮肉を込めて樫谷は言い放った。
花村本人を目の前にして同じように言っても全く気付かれないような気がするが。
「そもそも私はこのゲーム知らないし」
「なんてタイトルですか?」
「幻想乙女工房」
タイトルを聞いた瞬間あまりに身近なタイトルだったため佐内は目を見開いた。
同時にネット上の友人の名前が即座に脳内に浮かび上がる。
「知ってますやってます。多分コンタクト取りたいって言われてるの友人の友人くらいの子だと思います」
「へえ。世間って狭いのね」
佐内がプライベートで同人作家をやっていることを知っている樫谷はそれだけ顔が広いのだろうとさらりと流した。
「とりあえず見積もりを突っ返して案件になったらなにか聞きに行くかも。そのときはよろしくね幼女侍先生」
「……いきなりペンネームで呼ぶのやめましょう? 職場の先輩に同人を把握されてるのを突き付けられるのきついんで」
別に花山さんは悪い人ではないです。
集中すると必要な手順を省きがちになるだけで。




