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もうひとりのお母さん

「まだ夏休み始まってそんなに経ってないのにちょっと疲れた顔してない?」


 おやつを食べた後ぼんやりしていたらしい。

 みーさんが私の顔を覗き込み梅ジュースを出してくれた。


「大丈夫、なんでもないよ」


 ゲームを遊んでるときは忘れられるけれど、してないときは色々考えてしまう。

 朱鷺ちゃんの将来のこと、来年生まれてしまう赤ちゃんのこと。

 でもなんとなくこのもやもやを口に出してはいけない気がする。

 朱鷺ちゃんの将来に口を出す権利はないし、私には妹か弟ができてしまう。


「すっぱ!」


 クエン酸を摂っていると全力で主張する梅ジュースの酸っぱさに思わずむせた。

 これうちの母しか飲まない酸味強めの梅シロップだ。


「あ、引っかかった」


「みーさん……わざとはひどくない?」


「ごめんね。びっくりしたところで、もうひとりのママに悩み事を話す気にはなった?」


 小さい頃私はなんでもみーさんに話していた。

 母が忙しくてあまり私との時間をとれなかったこともあるし、一緒に居る時間が長いのがみーさんだったし。

 でもみーさんは朱鷺ちゃんや鴻ちゃんのママだから甘えてはいけないような気がして段々なんでもかんでも話さなくなった。


「娘がそんな顔してたら放っておけるわけないじゃない」


「……朱鷺ちゃんは?」


「別のゲームの配信するって言ってたからしばらくは降りてこないよ」


「じゃあちょっとだけ……ちょっとだけ聞いてもらいたいことがあるの」




「うん、朱鷺子の件は大体パパと同意見ね。まだ3年以上あるしその間に状況が変わるなんてよくあるから」


「その頃には朱鷺ちゃんが望むような世界になってるかもしれないと?」


「そこなのよ! パパも紬さんも客寄せパンダの是非を非にしてるじゃない。果たして本当にそれは非なのかしら?」


「だって朱鷺ちゃんの努力が無にされるような感じがして」


 みーさんはそれを聞いて首を傾げた。


「努力は努力として残るわよ? 朱鷺子が客寄せパンダになったとしても努力した過去は消えないし私は絶対忘れない。一番強い人を目指すなら正式な記録が残らない非公式でも目指せるのだし」


 その言いようにぎょっとする。

 ふわふわと癒し系のみーさんから非公式で一番強くなるなんて言葉が出てくるとは思わなかったから。


「朱鷺子の付き添いでプロリーグを現地観戦したけれど、頂上で戦うプレイヤーたちは確かに熱かったし、それを見て発奮するプレイヤーもいると思う。でも私は音楽ゲームを始めようなんて気持ちにはならなかった」


 それはそうかもしれない。

 私もすごいなあと思ったけれど、やりたいとか始めたいって気持ちは起きなかった。


「あのプレイヤーたちは既にいるプレイヤーを発奮させることでゲームに貢献しているの。勿論強くなって勝つことも求められていると思うけれど」


「ゲームに貢献?」


「簡単に言えば盛り上げ役よ。それで朱鷺子は最も効果的な盛り上げ役になれるだろうとメーカーから目星をつけられている。既にいるプレイヤーじゃなくて新しいプレイヤーを増やすためのね」


 そうだ新しいプレイヤーを増やせないゲームは先細りになる。

 プレイヤーが増やせずにサービス終了する女児ゲーをいくつも見てきた。

 新規のプレイヤーを増やそうと地道に布教していくプレイヤーの姿も。


「強さを求めるなら客寄せパンダになったって目指すことはできる。そして目指さなくても好きなゲームに新規を呼び込む貢献することができる。さて本当に客寄せパンダは非?」


「それで本当に新規に始める人が増えるなら非じゃないと思う……そう簡単に増やせるとは思えないけれど」


「そうね。好きなゲームにどのように関わってどう貢献するかは個人の判断よ。それが必ず成功するとは限らないけれどそれも含めて朱鷺子は自分で選べる子だって信じてる」


 私は強くてかっこいい朱鷺ちゃんをみんなに見てもらいたかったしそれが朱鷺ちゃんの正解だと思っていたけれど、そうじゃないのかもしれない。

 多かれ少なかれ好きなゲームに貢献出来たら嬉しいって気持ちがプレイヤーにあることを忘れてたみたい。



 私の気持ちがすとんと落ち着いたのを見計らって、みーさんは次の話題に移った。


「それで赤ちゃんの件だけどこれは全面的に貴子さんたちが悪い。紬さんがモヤモヤしてしまうのも仕方ない」


「でもおめでたいことだし嬉しいことでしょ?」


「それはそれ、これはこれ。紬さんはいっぱい怒っていい。自分の大事な時期にかぶせるなんて計画なし、って」


 怒っていいの?


「紬さんが上手く怒れないなら私が怒る。それで来年生まれたら私は我が家の受験生ふたりを優先する」


 その言葉だけで抱えていたモヤモヤがふっと軽くなった気がした。

 そうか、みーさんは私のことも娘だと思ってくれてるんだ。


「えーと……鴻子が登校してないから忘れがちだけど来年も登校はしなきゃだめなのよね?」


「うん、冬休みまでは登校必須だよ」


「じゃあ週末と長期休みだけでもいいから、ひとり暮らしかふたり暮らししてみる?」


「……どこで?」


 いや確かに病院の問題とかあるから赤ちゃんを動かすよりは受験生を動かしたほうが勉強の環境は作りやすいけれど。

 でも出費が重なる時期だし、母も育休に入るだろうし、私の為に部屋を借りるなんてしたくないはず。


「私が結婚前に住んでた部屋があってねー今もときどき掃除しに行ってるから埃まみれってことはないわ」


「住んでないのにずっと家賃払ってるの?」


「あー賃貸じゃないよ。私の持ち家……買ったのはうちの親だけど。銀座まで歩いていけるし良いところよ」


 そういえばご実家がそこそこ裕福だと聞いたことがある。


「多分ふたり暮らしになるわね。紬さんが行くって言ったら鴻子はついていくだろうし。ふたりとも親の目がなくても堕落するようなタイプじゃないから問題ないでしょ」


 それは買いかぶりかなあ。

 そんな立地の部屋に住んで受験勉強に集中できる自信がない。

 だって憧れの文房具屋さんとか、老舗の百貨店とか、美味しいパン屋さんとかに歩いて行けてしまうんだよ?

 自転車あったらもっと行動範囲広がっちゃうんだよ?

 博物館も美術館も気軽に行けてしまうのに私は節度を保てるだろうか?


 多分鴻ちゃんは私を止めてくれない気がするし。


「勉強に集中する自信ない」


「じゃあ別荘だと思って住めばいいよ。したいときに勉強して、したいときに遊んで、のびのびと過ごせる場所」


 物理的にこの家から離れる提案をされているのに不思議と疎外感はない。

 ああそうか、みーさんはちゃんと私を見てくれてる。

 父も母もあのとき私を見てなかった。いつも見てないわけじゃないし、あのときはたまたまだけど……見てほしいときに見てくれなかった。


「ありがとう、みーさん。まだ来年の話だし決められないけど選択肢が増えたから自分でももっと考えてみる」


 酸っぱすぎる梅シロップをもうひとくち。

 ぱちぱちと目が覚めて、ちょっとすっきりした。

昨日、第9回ネット小説大賞の二次選考結果が出てましたが、大変ありがたいことに応募していた「パースニップ」が二次選考を通過したようです。


「幻想乙女工房」は「パースニップ」から10数年後の話なのでふたつを繋ぐ話をどこかで書きたいですね。

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